最果てに君を請う


ぽた、ぽた、と汗が頬を伝い、地面へと流れ落ちた。

回復魔法とはよくいったものだ。実際は生命活動を維持させるだけでも必死なのに。


「あなた…大丈夫なの、?」


銀髪の少女にそう言われるのも無理はない。身体中の魔力が魔法に使われているのだ。この少女が手を止めれば、私の魔力はすぐに底がつくだろう。

それでも、なんとかしなければならないから。


「大丈夫、です…っ」


大剣の少年が叫んでいる声すら遠く離れていくよう。
肩口にかざしている手が無意識に震える。息すらままならない。

ずっと持久走を走っているかのようで、苦しくて止めてしまいたいと思ってしまうほど。


はぁ…、はぁ…、はぁ……、


本当に、こんな一般人の割には良くやってるんじゃないの、と褒めたくなる。
周りからひしひしと感じる殺気で気を失いそうになるけど、それどころじゃないからなんとか保てていた。


しかし次の瞬間、あたりの空気がぐっと冷たく冷え込んだ。


「っ、」
「わ、ちょっと、大丈夫!?」
「だ、大丈夫、です…っ」


感じたこともないような冷たい魔力。
体全身を突き刺されているような感覚に、思わず一瞬意識が遠のいた。

ガク、と足が崩れ、地面に尻餅をついた。最後の気力で魔法が途切れなかったのは幸いだけど、


(ッ…だめだ、震える…っ、)


魔力だけで人を殺しそうな、そんな冷たさがあり、さすがにこれには堪えた。

図太い神経だとか、強い精神だとか、そんなのを嘲笑うかのような冷酷な殺気は、戦闘のせの字も知らない私には意識を保つのですらギリギリ。


(だめだ、コントロールが…っ、)


恐怖が身を包む。
震えを抑えようと唇を噛み締めたが、それすらも震えた。

ぽた、ぽた、と汗なのか涙なのかわからない雫が滴り落ちる。

だめだ、私が手を止めたらフエゴレオン様が死んでしまうのに。そんなの分かっているのに、気持ちに反して体は震え、集中力が削ぎ落とされる。


「あなた、もう限界じゃ、」


わかってる。限界なんてもうとっくに超えてしまっていることに。
ここで及第点も良いところだ。
私自身の魔力もほとんどない。コントロールだってあやふやで、止まりかけた血がまたわずかに流れ出している。
気休めの回復もいいところだ。


だけど、


「っは、…まだ…大丈夫、です…っ」


こんなとこで意地はって、あの方の隣に並べるだなんて、そんなこと微塵も思ってない。
むしろこんな泥臭い私なんて、あの方は嫌うかもしれない。

それでも、ここであきらめたら、もう胸張って立てなくなりそうだから。


ほんと、意味がわからないくらいあの方と張り合いたいんだ。きっと。

下民のくせにと蔑むあの方に、ここまでできるんだって、証明したいんだ。


「っはは、…すごい魔力の量ですね…」
「…当たり前じゃない、私は王族よ」


途端、ブワッと供給される魔力の量が膨れ上がった。
やっぱり下民と王族は違う。何もかも、違う。

わずかにあの方に似た少女が、バツの悪そうに顔をしかめた。なんとなく似てて、おかしいや。


「っ、『水創成魔法“海竜の巣”』!!」
「ーーッ…!?」


増えたと思ったら、今度は一気に魔力の供給が細くなった。
頭からつま先までの張り巡らされたなけなしの魔力が、一気に魔法となって流れ出す。
体が一気に温度を無くしたように寒気を感じた。実際、指先が微かに動くだけで、体が動かない。

頭が溶けるように熱く、体が氷漬けにされたように冷えて、目の前がクラクラした。


「大丈夫!?」
「っ、は、い…っ」


すごい水音と共に、閉鎖空間の中にいるような感じがしたが、私にはそれどころではない。
ほんの少し気が遠のいた瞬間、また血が漏れ出したのだ。

だめだ、集中しないと…っ、!


すぐそこでは二人の魔法騎士団が命がけで戦っている。この少女だって、私に魔力を供給しながらその二人を守っているのだ。

私が頑張らなくてどうする…!


「…その闘争本能、恐れ入ったよ…」


治療に集中しているのに、やけに敵の声が耳の中に通った。

思わず無意識に顔を上げたその時、見たこともない風創成魔法の刃が二人の魔法騎士団の体を貫いた。


「…では……止めといこうか…」


ドサ…と倒れる二人。
その時だけやけに働く頭が、あの二人の死を直感した。


「だめっ、」
「やめてぇぇーーっ!!!!」


敵の魔法がやけにゆっくり見えた。
見ていることしかできない私は、ただ呆然と目の前の光景を眺めていた。

だめ、二人が、…死んで…………



最果てに君を請う
ドン…ッ
地鳴りのような音の後に、懐かしい魔力を感じた。





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