命違えの茶番劇


「ミーナちゃん!」


止まりそうな足を必死に動かして、大声で呼びながらあたりを走った。
もう周りの人々はみんな避難し、誰一人として見当たらなかった。

少女の姿も、見当たらないまま。

もしかしたら他のところに避難しているかもしれない。魔法騎士団の近くにいるかもしれない。

最悪のことは考えなかった。考えたら最後、足が止まってしまうような気がして。


「ミーナちゃん!いたら返事をして!!」


止まってなんかられない。お母さんが待ってるんだから。
再度、名前を呼んだ。


おおおおおお……


人の声がする。…叫び声?でもそれだけじゃない音がぐちゃぐちゃと混ざり合っている。

…人がいるなら、行く価値がある。


走っている足をさらに加速させ、建物の合間を縫って広場に出た。


ドサッ、ベチョっ


「ひっ、!?」
「よォォしよくやった!!それでこそこの国を牽引する王族だ!!」
「「はいッッ!!」」


出たのはいいけれど、そこには想像もしてなかったのが目の前に転がり込んできた。


「ぞ、ゾンビッ…!?」


びっくりして思わず尻餅をついた。なに、なに、と頭が混乱する。
倒れてる…もう起き上がらないのかな、?


「ちょ、なんでこんなところにいるのよ!そこのあなた!!」
「ひっ、え、あ、あのっ、わたし、っ」
「ん?君はさっきの…」


声がした方に首を回せば、長髪の男が物凄い形相で魔力を練っていた。
その奥には、わたしを助けてくれたフエゴレオン様が。


「オレは…「『炎拘束魔法“レオ・パルマ”』」


その瞬間、ゴウ…とライオンの手の形をした炎が、男の体をみるみるうちに拘束した。

すごい、こんなことまでできるだなんて…。


「どうしてこんなところに来たんだ」
「っあ、お、女の子っ、ミーナという女の子を探しています!見ていませんか…っ?」
「女の子?」


その時、銀髪の綺麗な女の子が「あ、」と何か知っているように口を開いた。彼女が視線を示す先には水のドームのようなものが。
まさか、と思って走っていけば、その中には写真で見た少女が。


「あなたが、ミーナちゃん?」
「っ、は、はい…」
「怖がらないで、わたしはあなたのお母さんから、ミーナちゃんを探して来てって言われたの」
「ママから…?」


ひどく怯えていたが、魔法騎士団が守ってくれたようだ。
無事でよかった、とやっと安堵の溜息が。


「一緒に帰ろっか、ママがすごく心配していたよ」
「〜〜っ、ママ…!」


そう呟いた途端、くしゃりと歪んだ表情。ポロポロと涙が溢れて、ママ、ママ、と涙をこぼした。


「君は、また強くなったようだな」
「…あなたの言葉のおかげですよ、フエゴレオン様」


告げられた言葉に、くるりと視線を向けた。包み込んでくれるような優しい笑顔が心を救ってくれる。この方の言葉は、偉大だ。


「逆境をも超えられるオマエに足りなかった物…それは正しき心だ…!」

「罪を償え…!」


フエゴレオン様の言葉に、犯人の男が視線を下げた。
私には私の戦いがあって、あの犯人にも、あの人の戦いがあったのかもしれない。それが正しいか正しくないかだけで。
これであの人が、ちゃんと罪を認め、償ってくれればいいのだが。

穏やかな空気が流れる。
これで、やっと、終わったんだ。全部。

この国に、平和が戻って来たんだ。


「お姉ちゃん、なんだか嬉しそう、」
「…うん、そうだね、嬉しいのかな」


帰ろっか


そう口を開いた途端、ミーナちゃんが「え…?」と向こうのほうを見て呟いた。
とっさにそちらを向けば、黒い何かに飲まれていく、フエゴレオン様の姿が。


「…え、」


どぷ…

そんな水のような音を立てて、フエゴレオン様は姿を消した。まるで地面に飲み込まれるように。


「兄上ーーーーッ!!!」


たった一瞬で、フエゴレオン様がいなくなった。
なんて魔法なんだ。あんなピンポイントな空間魔法を発動できる使い手なんて。
もう私には未知の世界だった。

高らかに犯人が笑う声と、フエゴレオン様の弟と思われる方が叫んでいた。

かくいう私は、今の状況についていけず、そしてなによりフエゴレオン様がいなくなったことに対する絶対的な不安が体を支配した。


「あの人、どこ行っちゃったの…?」
「……」


ミーナちゃんの問いには、答えられなかった。まさに私が聞きたいことだったから。
敵の罠にはまったのだろうか。まさか、どこか遠いところに連れていかれたのだろうか。


「…あんなに強い方だから、…きっと大丈夫よ」


に、と笑ってみせた。きっと不器用な笑顔だろう。
自分に言い聞かせるように心の中で何度も繰り返した。大丈夫、大丈夫と。


大剣の少年が声を荒げて剣をふるった。その途端、一つのゾンビの中に、動く者が。
そのゾンビは空中で魔法を発動させ、建物の上へと降り立った。


何を言っているのか上手く聞き取れなかったけれど、最後の言葉だけはなんとなくわかってしまった。


ーーだがもう…終わったようだ…


ドサッ…


その言葉と同時に、黒い空間から落ちて来た人は、オレンジ色の髪の毛を持っていた。


「あ…兄上えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


間違い無く、あの方なのか。
なぜ倒れているのか。
血のようなものが見えた。
まさか、敵にやられて…?あんな強い方が…っ、?


「お姉ちゃん、何があったの…?」
「そんな、ウソだ、きっと、何かの間違いだ、…」


ここで待ってて、とミーナちゃんに告げ、彼らがいる方へと走っていった。

寝てるだけだ、なんてありもしないことを願いながら側によっていけば、片腕をなくしたフエゴレオン様がそこにはいた。


「っ、」


まさか、もう、死んでしまっているのかもしれない。
そんな、ウソだ、なんでこんな状態に…


ビィィーーっ、


は、と音がした方を見れば、銀髪の女性が自分の服を破り、それを当て布に止血をしていた。
ちらりとフエゴレオン様の足元を見たら、そこにはグリモワールが形していた。


「っ、生きているのですかっ、?」
「まだ、…!!マズイ…!グリモワールが崩れ出して…」


まだ、生きてる


「代わります!」


すぐさま跪いてグリモワールを開いた。
パラリと貢を捲っては自身が使える最高位の回復魔法のページを開いた。


「『風回復魔法“姫癒の息吹”』…!」
「!あなた、回復魔法が…」
「応急処置になるかすら危ういですが…っ、今は魔力をください…!私の魔力じゃ到底間に合いません…ッ」
「っわかったわ、!」


ブワ…
かなり濃い魔力が体の中に流れ込んでくる。すごい、さすが王族だ。あぁ、羨ましい。こんな魔力があれば、この方を助けることができたかもしれないのに。


「…こんな時ほど、王族だったらな、と思う時はありませんね、」


嘲笑の矛先はきっと自分自身だ。


ドガァッ!!

凄まじい音とともに、銀髪の女性が「レオポルド!!」と叫んだ。
敵にやられたのかもしれないが、今こちらにしか集中ができない。
効果は“癒しのその風”よりも圧倒的にあるが、大量の魔力を消費する上に、緻密なマナのコントロールが必要のこの魔法。少し気を抜けばすぐに消えてしまう。


「…正しき心だぁ……!?」

「オレはいつだって自分の心に正直に生きてるぜ…!?あの世でほざいてな、フエゴレオン・ヴァーミリオン……!!」


私の最高位の魔法だからといって、こんな状況じゃたかが知れている。良くて止血くらいだ、現状から悪化させないようにするので精一杯。

人を助けるのはこんなにも難しいのに、人が死んでしまうのはこんなにも簡単なんて。


「っ、絶対に、死なせません…!」


死なせてたまるか。
こんな素敵な人が、死んじゃダメなんだ。

もっと高度な回復魔法が使える人に繋ぐまでは、絶対に死なせない。

もっと、緻密にコントロールを、もっとマナの流れを感じて、もっと、もっと、


絶対に死なせない…!!



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