センチメートルの祈り


「よく戦った、若い女性よ」


熱気が体を包んだ。
目を閉じた瞬間に、ふわりと体が浮いて、優しくて強い言葉が心に沁みこんだ。


「っ、魔法騎士団の、?」


ゆっくりと目を開けると、そこにはオレンジの髪の毛に、ひたいにはダイヤのマークを刻んだ、獅子のローブをまとった男性が。


「フエゴレオン・ヴァーミリオンだ。紅蓮の獅子王の団長をやっている」


ニッ、と笑った男性は、あの方と同じく魔法騎士団の団長で、王族のヴァーミリオン家の長男にあたる方だった。

そんな方に抱き抱えられているのにも驚いたが、この方の包容力というものが、緊張で支配されていた私の糸をプツンと切ってくれた。


「戦いも知らぬ女性が、よく戦った」
「っふ、ぅ、あ…」
「君の勇気ある行動は、あの少年の命を救った。君は、強い。」


ーー後は、我々に任せろ。


ボロ、ボロ、と涙が溢れた。
怖くて怖くて仕方がなかった。
死ぬのが、こんなに怖いだなんて知らなかった。


痛かった。苦しかった。もうどうしようもなかった。


「ヒック、ぅ、あ、りがとっ、ござっ、ひっく、」
「礼には及ばん」


こんなボロボロなのに、こんなにも強い人が、私を強いと言ってくれた。それだけで、どれほど救われたか。


立てるか?とゆっくりと地面に下ろしてくださった。あたりには、もう燃えかすと化したゾンビたちがいた。


「嬢ちゃん!!」
「!あなたはさっきの、」
「っ心臓が止まるかと思ったぞ…っ!!」


さっき一緒に逃げてくれていた男性が、ぎゅうぎゅうと押しつぶすかのように抱きしめてくれた。
おばあさんも、私の手をぎゅっと握って、涙を流しながらお礼を言ってくれた。


「礼なら後だ、早く我々の後ろへ」
「っはい、!」


その後、次々に襲って来るゾンビを燃え盛る炎で焼き尽くしていくフエゴレオン様。魔法騎士団団長とは、本当にすごかった。

もう流石の一言でしかない。


「あの方がいるなら、もう大丈夫だ」
「…そう、ですね、」


すごい。
きっと、あの方もフエゴレオン様と同じくらい強いのだろう。

ズキ。

何故か心臓が痛くなった。
たぶん、目に見えて押し付けられたあの方との差を感じたからだろうか。


私も王族だったら、こんな風に戦っていたのかもしれない。もしかしたら、あの方の隣で…。


わぁっと湧き上がる人々。あたりにゾンビはもう立っていなかった。


「すごい、…」
「嬢ちゃん、魔法騎士団は初めてか?」
「戦っているところは、初めて見ました」


ローブを身に纏う人は何回か見たことがあるが、こんなに間近で誰かが戦うところも初めて見た。
やはり、王族の魔力は私なんか比べる価値もないほど凄まじい。ものすごい魔力と、それを扱う力は同じ人間なのか?と思えるほど。


「いてて…」
「!どうかしましたか?」
「ははっ、ちょっと足捻ってな、」


しゃがみこんだ男性の足をじっと見つめた。見た所、骨折とかはしていなさそうだったけど、少し赤く腫れ上がっている。
腰に下げていたグリモワールを開いて、男性の足に手を添えた。


「『風回復魔法“癒しのそよ風”』」
「っ、嬢ちゃん、回復魔法が使えんのか…?」
「大怪我はさすがに魔力が足りなくて治せないですが、この程度なら」


ふわ、と穏やかな風が腫れた足へと染み込んでいく。途端に、赤みが引いていき、次第には見えなくなっていった。
魔力の消費が少ないけど、意外にもよく効くなんともエコロジーな魔法だ。
マスターのギックリ腰を治したくらいだから、このくらいの軽い捻挫なら治すことができる。


「まだ痛みますか?」
「いや、すげえ、ピンピンしてる…ありがとうな、嬢ちゃん」
「いえ、お互い様です」


ふぅ、と一息ついてグリモワールを腰のショルダーになおした。ドカン、ドカン、と向こうらへんでものすごい音が聞こえる。
激しい戦いなのかもしれない。フエゴレオン様は、無事だろうか。


「あの!すいません!5歳くらいの小さな女の子は見ませんでしたかっ、!?」


突如、響いた声。大きなお腹を抱えた女性が、涙を目に溜めながら叫んでいた。
なんだなんだと騒ぐ周囲に、その女性は苦しそうに女の子の名前を大声で呼んでいた。


「この混乱の中じゃ…誰も助けれねぇよな…」
「……」


もう時期にこの混乱は収まるだろう。近くにゾンビもいないし、魔法騎士団もどこかで戦っている。
でも戦えない私たちは、動くことすらできないのだ。


「お願い、返事をして…っ!」


悲痛なお母さんの叫び。
もうすぐすれば、また魔法騎士団が来てくれるかもしれない。それまで、待てば、


ーー君は、強い。


「あの、どうかしましたか?」


気づけば、女性の元に走っていた。

下民がなんだ、王族がなんだ、そんなの、今はどうだっていい。
あの燃えるような人が言ってくれたんだ。心なら、もっと強くなれる。きっと私には、まだできることがある。


「ミーナが、私の娘が、このくらいの背で、ワンピースを着た女の子が見当たらなくて…っ、」


そう言いながら胸元のロケットをパカリと開いた女性。その中には家族写真と思われるものが。


「この女の子ですか?」
「っはい、そうです、!」


じっとロケットの写真を見つめた。可愛らしい女の子だ。きっと、この子も今頃、お母さんとはぐれて寂しい思いをしているだろう。


「私が、探してきます」


だめだ、体が震える。
大丈夫だと思ってたのにな。情けない。
強いって言われたところで、魔法がやすやすと使えるようになったわけではないし、怖いものは怖い。


「っ、本当ですか…ッ、」
「はい、だからお母さんはここで待っててください」


でも、ここでじっと待つのもできない。何かできることがあるなら、なんだってしたい。諦めたくない。


「お願いします…っ、!どうか、どうかミーナを…っ」
「任せてください、お母さん」
「っ嬢ちゃん正気か!?どこに敵がいるかわかんねぇんだぞ!?」
「だからって、ここで立ち止まるなんてできないです」


下民だけど、魔力は少ないけど、攻撃魔法なんて使えないけど、それでも何か私にできるなら、なんだってしたい。
何かできるのになにもしないなんて、そんなの嫌です。


そう言ったら、下民だったのか、と驚いた様子を見せるおじさん。
蔑まれるのだって笑われるのだって、今まで散々されてきた。笑うなら笑えばいい。私は前に進む。


「ま、待ちな嬢ちゃん!!」
「っ!?」


振り向かずに走り出そうとしたら、ガッと腕を掴まれた。その瞬間、体の中に漲ってくる暖かい魔力。
え、と目を見開いておじさんを見れば、眉を下げて、少し悔しそうに笑っていた。


「俺の魔力、持ってってくれ。さっきの礼だ」
「おじさん、…」
「お姉ちゃん、ぼくも、」
「え?」


小さな手に握られたかと思えば、そこには先ほど助けた小さな男の子が。
ふわ、と体に流れ込む魔力。さっき使った魔力がみるみるうちに回復していく。


「私のでよければ、持ってってくれんか…?」
「っわたしのも、お願いしますっ…!」


体を暖かく包んでいく魔力。
すっかり魔力も回復したけど、それよりも分け与えてくれる気持ちの方が何よりも嬉しかった。
自分がしたことは、間違いじゃない、そう思わせてくれるから。


「っ、ありがとうございます…行ってきます!」
「気をつけて」
「お姉ちゃん、絶対帰ってきてね、」
「うん、ありがとう」
「どうか無事でな、お嬢さん、」
「娘を…よろしくおねがいします、!」


今度はもう振り向かずに走り出した。
もう大丈夫。前だけ向ける。

あの方もどこかで戦っているのかもしれない。
だから私も、自分の中の恐怖と、戦ってみようと思えた。



センチメートルの祈り





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