藍を哀して愛されて


ぱち。

ひどい倦怠感を抱えつつ、何度か瞬きをすればすっかりおなじみとなった天井が映った。ねむ、と小さく呟いては再び枕に顔を寄せる。体がだるい。特に腰が痛重くて体がベタベタする。
薄いタオルケットを足で蹴って引き剥がし、首を反対方向に向ければ、彫刻かと思うほどの美しい鎖骨が映った。そのまま視線を上げれば、これまた芸術のような顔があって、あまりの美しさに手を伸ばした。


「ノゼル、様…」


しかしいつものように呟いた声がわずかにかすれていて、それが昨日の情事を思い出させる。

その瞬間、ぬるりとした足の間。全身の血液が一気に冷え込むような恐怖に襲われた。


「っ、ひ、!」


起き上がって滑りのあるそこに手を這わせれば、明らかに私が分泌したものではない白濁が零れ落ちた。


「い、いやっ、」


お腹の上から子宮がある場所を押せば、ゴポ、と溢れ出てくるそれに頭が真っ白になる。
そうだ、昨日、ノゼル様に、生で、


「〜〜っ、やだ、うそ、!」
「、ん…なにを、騒いでいる、…?」
「ッ、ノゼル様…!」


もぞもぞと動いて目を開いたノゼル様に、キッと鋭い視線を向けた。なんてことをしてくれたんだ。中出しなんて、子供ができるかもしれないのに。私が産んで育てるだけの経済力がないのを知ってるはずなのに、勝手すぎる、責任を取るつもりもないのに、この方は…!!


「〜〜ッどうしてくれるんですか、!!」
「なんの、…あぁ、ソレか」
「それって…妊娠したらどうするおつもりですか!?最低です!!責任も取らないのに…!!」


最低、なんてかわいい言葉じゃ済まされないくらい怒りが湧き上がってくる。腹の奥底が煮え繰り返るようで、今すぐにでも胸ぐらを掴んで殴ってやりたい。


「……、なんの責任だ?」
「赤ちゃんです…!!私1人で育てるなんて到底…っ、」
「……もしできたら、産むのか?」
「〜〜っ、最低です!!なんの罪もない子を堕ろせと言うんですか!?」
「、そうか…」


そう言ったらほんの少し表情が緩んだノゼル様。許せない、ありえない、こんな状況で笑ってられるなんておかしい。


「なんで笑ってられるんですか!?責任とれるんですか!?必要なのはお金だけじゃないんですよ!?」
「なら、貴様は何を望む?」
「っ、そ、そりゃ、一緒に育ててくれる人がいないと、1人なんて私にはとても…っ」
「私がいるではないか」
「っは、ふざけたことを言うのもいい加減にしてください……!!」
「ふざけてなどいない。私がいると言っているんだ」


そんな簡単に。なにが私がいる、だ。言葉の意味をわかって言ってるのだろうか。
私の生活だってめちゃくちゃになるのに。もし妊娠なんてしたら、仕事もろくに入れなくなるし、親への仕送りだってできなくなるのに。そもそも周りがなんて言うか……、

そんなことを悶々と考えている時、なにを思ったのかノゼル様が私の腕を引いてベッドへと押し倒した。
ぼふ、と柔らかい布団が体を包んでノゼル様が私の髪の毛を優しく撫でて、それを抱きかかえるように腕を回した。

なんでこんなことをするのか。いっそのこと暴力だとか罵倒だとか、もっと酷くしてくれた方がずっとマシだ。
お願いやめて、愛されてるなんて勘違いさせるようなことしないで。


「っ、な、なんで、ひどいことばっかするのに、そんな目で私を見るんですか、!」
「どんな目だ…?」
「そんな、そんな…っ、」


愛しい人を見つめるような視線、やめて。
拒絶しないと、狂わされる。この人の気まぐれで私の人生がまるっとダメになってしまう。いやだって言わないと。ダメだって言わないと。


「**」
「っ、離れてください、!」
「私の側にいろ」
「意味がわかりません!どういうことですか、ッ」
「私が、嫌いか…?」
「ーーッ、」


優しく触れ合った唇に熱が篭る。なんでそんな事を聞くのに、こんな行為をするのかわからない。ほんのりと温かいそれはいつものノゼル様のものではないみたいだった。


「きっ…嫌いです!大嫌い!!貴方なんて、…っとにかく嫌いです、!!」
「聞こえないな」
「きら、やだ離して…っ、もう私で遊ばないでください、!!」
「私を、拒絶するな」


懇願するような声だった。恐る恐る目を開ければ、ひどく寂しそうで、悲しそうなノゼル様が私を見つめていた。前にも見た表情だった。


「貴様が欲しい」
「〜〜っ、欲しいって、なんですか、どう言う意味なんですかっ、ちゃんと言ってくれないとわかんないです、!!」


抱きしめて来る体を押しのけようと胸元に手をついた。しかしノゼル様の力に敵うわけもなく、しかもおもちゃを手放したくない子供のように縋り付いてきたから私自身あまり強く出れなくて。

この方は、よく「欲しい」と口にする。私は私のものだ、あなたの所有物になんてなるつもりは毛頭ないのに。


「……私の妻になれ、**」
「…………は、?」


全ての時間が止まったような感覚に陥った。息すらできなくて、思考回路がショートする。
耳を疑った。この人が言った言葉が何度もなんども頭の中でこだまする。


「なに、言って、」
「そうすれば、貴様は私のものだ」
「っ貴方何を言ってるんですか!?」


ドン、とほどよく筋肉のついた胸板を押した。その拍子で上体を上げて、のぜる様から離れるようにベッドの端へと体をズリ寄せた。


「貴方はご自分の立場をおわかりですか!?」
「わかっている」
「わかってないです……!!貴方は王族で騎士団長、私はただの下民で貴方とは何もかも違う!」
「だが私がそうしたいと思ったのだ」
「ッ勝手すぎます……!!」


くだらない冗談は言わない方だから、これが本気なのだと手を取るようにわかった。でもこの方が本気だとして、周りが許すはずがない。それに確かこの方は長男だ。王族の家を継ぐような方の正妻はもっと高位な女性に決まっている。


(……正妻は……?)
「**…?」


1つの単語に引っ掛かりを感じて、グッと押し黙った。正妻だなんて、何を思い上がっていたんだろう。私がこの方の正妻になれるわけがない。なるとすれば、当然側室だろう。いや、むしろそういう名目のセフレの方がきっと正しい。

ズキ……


「おい、どうかしたのか」
「……いえ、大丈夫です、」


それなら、と思ってしまった自分が浅ましくて憎たらしい。いやだめだ、こんなに酷いお方の側にいたら子供を孕ませるだけじゃなくてもっと酷いことになってしまう。早く拒絶しないと。離れないと。早く、言うんだ。


「**」
「ッ……、」
「顔色が悪いぞ」
「そんなこと、」
「……寝ておけ」


さら、と髪を撫でられ、やたら肌触りのいい布団をかけられる。いつの間にか、ノゼル様の匂いが自分のものになっていた。

冷たいのに、酷い人なのに、こんなにも優しいのはどうしてだろう。嫌いなはずのこの方を心の底から拒絶できないのはどうしてだろう。求められている現状に安心しきっているのは、どうしてだろう。


(もう、どうでもいいや、)


何も考えたくないし、どうにでもなってしまえばいい。もういいや、考えることに疲れた。


「そんなに、私が欲しいですか?」


頭を撫でる手がピタリと止まり、ノゼル様の瞳がまっすぐ私を見つめた。相変わらず、美しい人だ。 小さく開いた口が、ゆっくりと弧を描くのが動く芸術作品みたいで、トクンと心臓が音を立てた。


「あぁ」


ただのセックスフレンドに向ける視線にしては熱っぽいそれに、今は浸るように目を細めた。首に腕を回して顔を斜めに傾ければ、ノゼル様も私の腰へと腕を回す。


「好きです、ノゼル様」


真実かどうか自分でもわかっていないのに、そんな言葉が口からこぼれた。ノゼル様は、何も答えなかった。ただ、わたしが求めたキスには応えてくれた。


藍を哀して愛されて





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