まだ本能が正直すぎて


ぱち。


昔から、寝起きはいい方だった。
起きた瞬間、体温がばっと上がって、すぐに覚醒するタイプ。
だから、割とすぐに頭も働き出すんだけど、なぜか今は絶賛思考停止中だ。


(…ここ、どこだっけ)


豪華すぎる部屋の作り。そこらから漂う気品溢れるよくわからないお花のいい香り。そういえば、ノゼル様のお部屋に泊まらせていただいているんだっけ。

ぐ、と身を縮めて伸びをする。身動きのし辛さが尋常じゃない。ソファーで寝たのかなぁ、背中があったかいなぁ、なんて呑気に考えている私、ちょっと周りを見て。


「……ッ!?!?」


ふと視線を下げた。
人の腕が背中側から私の体に巻きついている。首とお腹にしっかりと。
昨日、あの方のお部屋にいた。だから、この腕の持ち主は、間違いなくあの方で………。

ちょ、ちょっと待って…!


(ち、ちかいっ、ちかすぎるっ…!)


途端に暴れ出す心臓。
なんとか脱出を試みようと身動いでみたものの、まるで私を逃すまいと余計にきつくなる締め付け。動いた拍子にさらりと首をくすぐったのは、色素の薄い綺麗な髪の毛だった。

微かに聞こえる寝息に耳がおかしくなりそう。足も器用に絡め取られており、ぴったりと密着している体。ノゼル様の体温と溶け合っているような、そんな淫らな妄想をしてしまった。


(〜〜っ、は、はずかし…ッ)


ぎゅう、と目を強く瞑って体を固くした。この緊張から早く逃れたくて、ドキドキするのが嫌で、苦しくて、無理矢理にでも離れてしまおうかとも思った。

想像とは全然違って思ってたよりも逞しい腕だったから、こんなところで男性らしさを感じてしまい、キュンと締め付けられた心臓に嫌気がさした。だめだだめだ、心臓落ち着け、うるさい。もうすこしだけこのままなんて、そんなの思ってない、思ってないんだ、ただ寝起きでパニックになって、勘違いしてるだけなんだ。


「っ、ノゼルさま、あの…っ」
「ん……スー…スー……」
「………熟睡ですか」


意を決して声をかけてみたが、案の定深い眠りについているノゼル様。どうしたものか、と小さくため息をついた。

色の白い腕が首の下を通っている。この腕に抱かれたのか、と思わず子宮が疼いた。
人差し指でツ…となぞってみては、女性みたいなキメの細かい肌が少し羨ましくなった。きっと私とは正反対な生活だから、こんなに綺麗でいられるんだろう。


「……どうして、抱いたりなんか、したんですか…、」


なにもかも、違うのだ。

この方が、なにを思っているのかわからない。どうして私なのか。ただの気まぐれか。


──…貴様が、欲しい


「欲しいって、なんですか…」


白い腕に手を這わせた。縋るように額を寄せれば、自然と唇が腕に触れた。滑らかな腕に唇が滑るようで。女性みたいだといえば、きっと怒るだろう。


(私は、この方をどう思っているんだろう、)


たとえノゼル様だったとは言え、欲しいと男性に言われた。
普通なら、恋愛とかそういう意味で捉える、と、思う。でもノゼル様が、私を恋愛的な意味で欲しいだなんてそんなことはまずありえない。
でもそういうニュアンスの言葉を言われたからには私も意識してしまう。不本意、だとしてもだ。


(ノゼル様は、…恐ろしいけど、たまに、)


── ゆっくり休め……**


本当に、ずるい人だ。基本ひどい態度なのにたまにやさしくするから、いいようにかき乱される。遊んでいるだけなら、早々に伝えて欲しいものだ。
気づいたらダメな気持ちに、気づいてしまいそうになるから。


「んん…ふぁぁ、」


酸素を深く吸ったとともに、声が伴うあくびが出た。
ぐちゃぐちゃと考えていたら、気づかぬうちに瞼が重くなっていたらしい。呼吸がスローテンポになっていって、背中の暖かい体温に心地よさを感じた。

ノゼル様も起きていないし、まぁいいか。

そんなことを最後に、ゆっくりと目を閉じた。


:
:


「………熟睡ですか」


女の声にうっすらと意識が覚醒した。心地よい抱き枕が声を発したようだ。
ため息のようにゆっくりと息を吐き出した。そろそろ起きるか、と重い瞼を上げた瞬間、腕をくすぐる指の感覚と、か細く消えそうな声が耳を刺激した。


「……どうして、抱いたりなんか、したんですか…、」
「………」
「…欲しいって、なんですか…」


下民の言葉に、ほんの一瞬息が詰まる。しかしその瞬間、下民が頭を下げたかと思うと腕に柔らかく暖かいものが触れ、熱い息が腕に吐かれた。
一瞬の熱を持ったそこは、次第に下民の熱に溶けていく。

言葉に答えることはできなかった。「理由がない」というのが一番正しいのかもしれない。この質問に答えることができるなら苦労しない。

私自身、答えが見つからずに混乱しているのだから。


(欲しい、か…)


理由はない。ただこの言葉が一番しっくりときた。
壊れやすく、脆い。なのに最後の抵抗だというように、手の届くところにいようとしないこの下民を手に入れたくなった。
目の前で囲い込んで、誰の目にも触れさせないように、私以外の名前を呼ばないように、私以外に触れられないように、独り占めしたくなった。
ただ、それだけだ。


(狂っているな、)


そんな自分の思考に呆れ笑ってしまう。こんなに欲深い人間だっただろうか。

ふぁぁ、と大きなあくびが聞こえた。また寝るのか、と呑気な下民に小さなため息をついた。
次第に深くなっていく呼吸。わずかに腕を動かしたが、そのリズムが崩れることはなかった。


「………」


このまま寝かせてやってもいい。幸いにも私は今日は非番で、加えてまだ7時。早くに起きる必要も、まだゆっくりと眠る時間もあった。だがそれでは面白くない。

下民が起きないようにゆっくりと腕を動かした。ほんの悪戯心というやつだ。どんな反応をするのかと思うと口元がわずかに緩んだ。


「ッフガ…っ!?」
「…っクク、」
「っへ、はに、!?へッ!?」


眠っている下民の鼻をつまみ上げればこの反応。豚だな、と一言添えてみればまた腹の中から笑いがこみ上げてくる。


「なんて声だ、」
「は、はにゃひてくだひゃい…っ!?」
「女でその声は…ッふは、」
「〜〜ッ、笑いしゅぎでしゅ…っ!!」


ジタバタと暴れる下民をようやく解放してやれば、勢いよく起き上がってはこちらを忌々しげに睨んできた。
つられて起き上がると、顔を真っ赤にさせた下民が猿のように喚いた。


「朝からなにするんですかッ!」
「貴様が呑気に寝ていたから起こしただけだ」
「起こし方…ッ!!!」


口をへの字に曲げ、シーツをこれでもかと握りしめている下民。あたかも怒りに震えていると言いたげだが、そんな反応がまた愉快であると同時に、先ほどの反応を思い返してはまた笑いが堪えきれず飛び出た。


「まさかあのようなはしたない声を出すとは、ッくく…」
「わ、笑いすぎです!誰のせいだと思っているんですかッ!」
「ふ…っ、はは…、」
「〜〜っ、私は怒っているんですよ!ノゼル様ッ!」


笑いがこみ上げて止まらない。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。

ひときしり笑った後、一息ついて下民に視線を向ければ、顔を赤らめながら目を釣り上げて私から視線を外していた。小さな子供が拗ねたような態度で、ガキだな、と私よりも小ぶりな頭に手が伸びた。


「わ、わわっ…!」
「顔を洗って食事をとるぞ」


くしゃ、と髪を撫でれば、ようやく私に視線を向けた下民。豆鉄砲を食らった鳩のようにきょとんと口を開くその表情に満足し、そのまま前髪を上に持ち上げ額を晒し、反対の手をベッドについて前屈みになる。

ちゅ、


「ッ!?」


わざとリップ音を鳴らせば、またも額を抑えて顔を真っ赤にさせる下民。羞恥に震える体にクスリと笑みが零れた。


「な、なにしてっ、」
「さっさと行くぞ」
「〜〜っ…」


もう!

そんな怒りを示す声が聞こえたが、慌ててついてきた横顔が恥ずかしいと物語っている。


「顔、真っ赤だな」
「ノゼル様のせいです…っ!」
「ふ…そうだな」


この下民といると、笑っている時間が増えていた。そんな些細なことに気づくまで、後××××………




まだ本能が正直すぎて
「……ノゼル様、いつのまに前髪を…?」
「貴様が知る必要はない」
(………神隠しかな…?)





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