いわゆる感情の複合体


既視感のありすぎる外装、これでもかと見せつけるような高級感漂う迷子になりそうなくらい大きなお屋敷。
私とこの方の過ちの原点。

使用人らしき人物にジロジロと見られながら、王族様に腕を無理やり引っ張られ、過去に歩いた廊下を渡った。


(歩きにくい、…)


逃げないようにと腕を取られているのも、ひしひしと感じる視線も全てが嫌になる。
私が何をしたと言うのだ。


「下民」
「っ、?」
「入れ」


これもデジャブ。
酔いが覚めてきたところだったのに無理やり連れられて、こんな感じで部屋に押し込まれたんだっけ。

相変わらずの横暴さ。


「今日からここで暮らしてもらうぞ」
「………」


この家だったら絶対に客間とかあるはずなのに。ないわけがないのに。むしろ部屋が余ってそうな勢いなのに、どうして私がこの方の部屋で暮らすのか。
こう見えて節約主義?王族の考えることはやっぱり庶民にはわからない。


「不満そうな顔だな」
「…………いいえ。」


隅から隅まで不満です。余すところなく不満です。
逆に聞きたいけど、よく満足できると思いましたねこの王族様は。

改めて、キョロキョロと周りを見た。この前はロクに見てなかったけど、やはり王族の家はすごい。広くて、なんか高そうな絵が飾られていて、無駄な修飾が散りばめられている。

それでも、さっきより落ち着けているのは、周りの目がなくなったからか、この方と2人だけになったからだろうか。

…後者はない、か。


「まずはその身なりを綺麗にしろ」
「え、身なり…?」
「脱げ」


横暴という言葉を人にしたら、絶対にこの方になる。間違いない。

このデリカシーのなさはなんだ。今まで生きてきて、デリカシーというのを気にしたことがないのだろうか。


「あの、服は…」
「使用人が持ってくる」


その言葉と同時に、コンコンと4回の小気味良いノック音が響いた。ノックした本人が何かを言う前に、ノゼル様の「入れ」の一言。
失礼します、と入って来たスーツを着た男の人は、タオルと、フリルが程よくあしらわれた少し燻んだ淡いスモークブルーのドレスを持ってきた。…え?


「お召し物をご用意いたしました」
「掛けておけ」
「かしこまりました」
「え?え?」
「貴様はこっちだ」


ぱし、と手を取られた。
グイグイと抵抗の一つもさせない動きにされるがままだ。無言で進んだ先には部屋の中にある、またなにやら模様がすごい豪勢なドアが。
そして、「入れ」の一言。この人は横暴さを超える人はこの世にいないと感じた瞬間である。


「あの、…ここは…?」
「浴室だ」
「あぁ…浴室………え?」
「まずはその小汚い身なりを綺麗にしろと言っただろ」


女性に対してなんという言い方。

…いや、本当に、これはきっと怒ってもいいと思う。この方が王族でなければ一発入れても問題はないと思う。王族でなければ。

だがしかし、今日の一連の出来事のせいでボロボロになったのは確かだ。言い方は非常にアレであるけれど、ここはありがたくお風呂を頂戴しようかと思う。

…部屋の中に浴室とは。さすが王族。


「じゃあ、…お借りします、」
「さっさとしろ」


冷たいなぁ、。
心の中でそんな言葉を吐き捨てた。こんなにも言葉が捻くれている人もそうそういないのではないだろうか。

………たまに、やさしいのに。



:
:



「あの…、すいません、…」


小さな言葉が耳に入った。ようやく出たのか、とドアの方に視線を向ければ、半開きのドアの向こうからは片目だけ覗かせた下民が。


「その…服って、これしか…」


そう言って引っ張ってきたのは、先ほど使用人に持って来させた淡い青のドレス。
それがどうした、と一言言えば、聞こえない程度の声がなにやら反発した。


「何か言いたいことでもあるのか」
「……これ、着ないと、ダメですか…?」
「…他の色がいいのか?」
「そう言う意味ではなくて、」


はぁ、と小さくため息をついてソファから立ち上がり、下民がいる方へと足を進めれば、慌てたように扉を閉める下民。


「なんのつもりだ」
「っい、いやっ、ははは入って来るつもりですか!?」
「なにを当たり前なことを」
「わたしっ、今下着しかつけてなくて…っ、」
「貴様の体に興味はない。それに散々見せただろ「あああぁ!!もう!なんでそう言うことを言うんですか!!」


扉の向こうで騒ぐ下民に「黙れ」と言い放ち、押さえつけているであろう扉を無理やり開ければ、そこには下着姿にタオルだけを巻いた下民の姿が。

濡れた髪をそのままに、蒸気で蒸れた皮膚がほんのりと赤い。が、それ以上に顔が真っ赤に染まっていた。


「あっ、は、入って、ななななにしてっ、!」
「…さっさと着るぞ」
「もっ、もっとTシャツとかそんなんで、」
「私の屋敷にいるんだ。身なりくらいマシにしろ」


スタイルがいいとはお世辞にも言えない、ひどく白い貧相な体。その身体中に点々と張り付いた痕に、僅かながら優越感を覚えた。


「あ、あんまり、見ないでください…」


細い腕で体を隠しながら顔を真っ赤にさせ、目を強く瞑る下民。その姿を見るだけで、背筋がぞく、と熱を這わせた。
唆られる、というやつだろうか。

この女に出会ってから、知らない感情によく出会うようになった。


「の、ノゼルさま…?」
「………」
「っわ、えっ、!?」


女の顔と首に手を当て、無理やり上を向かせた。濡れた髪が指先を濡らした。

この女といると、体が勝手に動く。まるで操られているみたいに。気に食わない、と思うと同時に、なぜかそれが心地よかった。

わたしの体を押し返そうとする腕を無視して、顔を近づけ唇を落とした。


「っ、ん、ふ…っ」
「ん……、」


音もなく離れれば、震える体と潤んだ瞳が視界に入る。その表情は、悪くないと思った。
ぞく、ぞく、と体に熱が篭る。


「っき、きす、なんで…っ、」
「……後ろを向け。さっさと着るぞ」


うだうだとうるさく騒ぐ下民を無理やり後ろへ向かせ、無理やり服を押し付けた。
この期に及んで服がどうだと言うものだから、ならそのままでいるか?と一言聞けば黙ってドレスに足を入れた。


「高そう…」
「値段などいちいち気にするな」
「しますよ!!わたし貧乏なんですから!!」
「…なぜ威張る」


スルリと簡単に肌を滑るシルクが容易に女を彩る。
あとはチャックを上げれば、首元も隠せる服になり、女の身を包む。

金など捨てるほどある。
物に困ることもない。

が、なぜかただこの肌を隠すのがもったいないと感じた。そんな言葉、貧乏人しか使わない感性だと思っていたが。


「………」


ちゅ。


「っひぅ、」
「……ふ、…変な声だな」
「〜〜っ、な、なにするんですかっ、!」


うなじにキスをすれば、尚一層顔を赤らめる女があまりにおかしく笑えてくる。
ジジ…とチャックを閉めて正面を向かせれば、さっきとは違うまだましな身なりに満足した。


「髪の毛を乾かしたら食事にするぞ」
「…へ?」
「そのままじゃ風邪を引くだろ」


とぼけた表情にデコピンをかました。「ふげっ、」とまたよくわからない鳴き声をあげた女に背を向け、扉を開けた。

今日1日の憂いが、少し晴れたような気がした。



いわゆる感情の複合体
(……あんな風に笑うんだ、)





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