琥珀片のゆらぎ
今日はゆっくりしていきなさい。
そのありがたいお言葉は2秒で断った。
ここでゆっくりできるわけもなく、それに私には買い出しという仕事が残っている。
「マスターも心配していますし、」
「貴様の店には連絡済みだ」
「え?いつのまに?」
「当分は帰らないと伝えてある」
「……いやいやいやいや、私もうなんともないですし、」
「短くても半月は帰らないと言ってある」
「半月!?!?」
なぜですか!?
そう声を大にして叫んだが、ノゼル様はすーんといつも通り無視をした。
ちょっと!ここ!大事なところです!
「ずっとここにいるんですか!?」
「……それは後で話す、」
「なんっ、〜〜っ、」
ここでなぜと問い詰めてもきっと答えてはくれない。ちら、と魔法帝に視線を向けたノゼル様。
魔法帝がいたら、言いにくいことでもあるのだろうか。
その視線に気づいた魔法帝はさらにニコニコとして、じゃあお邪魔虫は帰るよ、なんて声高らかに言った。
「あ、あの、わざわざこんなところまでありがとうございました、」
「…心配事があったらノゼルに聞きなさい、きっと一生懸命応えてくれるよ」
「…え?」
「…魔法帝…、」
「はっはっは、じゃあね」
え?え?
頭にハテナマークが飛び交った。ものすごく意味がわからない。
心配事?ノゼル様に聞く?
そー、っとノゼル様に視線を向けた。あいも変わらず澄ました顔で私を見ようとしない。
…無理だ。
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飄々とした態度で部屋を出て行った魔法帝。全て分かっている、そうと言いたげな雰囲気に思わず眉間にシワが寄った。
相変わらず掴めない人だ。
小さくため息が零れた。
「あの、半月帰らないって、どうしてですか、?」
私、どこか体が悪いんですか?
そう不安げに私を見つめる視線。
本当は下民の言うように、もうなんの異常もなく帰れる。もう時間が遅いといっても、少なくとも明日には帰れる、…が。
「奴らの残党がいるかもしれない」
「え、ノゼル様、ここにいていいんですか…?」
「…まだ魔力が完全に回復していないだろう」
「でも家には帰れるほどあります」
「……そんな下民の魔力で帰ったら、家に着く頃には倒れるだろう」
「…心配してくださるのですか…?」
期待するような、少し呆れるような、そんな読めない視線に口を噤んだ。
意思に反して肯定してしまいそうな声を抑えて、違う、とだけ呟いた。
「貴様に倒れられては後味が悪いだけだ。心配などしていない」
「…、そうですか、…」
下民の視線がふらふらと揺れた。
自分でもよくわからない。心配などしていない、はずだ。第一、私がこんな下民などを心配する意味がわからない。
体を重ねたから情が移ったか?それだけじゃないなにかがあるが、それを知ろうという気にはなれなかった。
知ってしまえば、禁忌に触れるような気がして。
「…帰るぞ」
「え?帰れるのですか?」
「私の屋敷にだ」
「……なんでですか!?」
意味がわからないです、と騒ぐ此奴を無視して、屋敷の使用人に連絡をした。
『使用人のトーヤでございます。いかがいたしましたが、ノゼル様』
「客人を連れて帰る。部屋は私の部屋でいい」
『かしこまりました』
さて、と振り返って下民を見た。馬鹿のように口を開けてこちらを見ている姿はなんと愚かしいか。
「…何見ている」
「え、あの、部屋…?」
あれ?聞き間違い?
そんなことをぶつぶつと呟きながら首をかしげる下民。「部屋がどうした」、と聞けば、「誰の部屋で寝るんですか?」などと馬鹿みたいな質問をしてきた。
「さっきの会話、聞いていなかったのか?馬鹿だな」
「いや、聞いていました。めちゃくちゃに聞いていましたが……え?」
困惑した顔で笑顔を作ろうとする下民に呆れながらも、「行くぞ」と一声かければまた間抜け面で「はい、」と答えた。
「………って、いや、やっぱり無理です…!」
「グズグズするな」
「だっ、だだだだっておかしいですッ!なんで私がノゼル様のお屋敷に…っ!?」
「私が来いと言ったんだ、さっさとしろ」
「横暴…っ!」
ギャアギャア騒ぎ始めた下民。必死に喚いている姿はなんとも愚かしいが、このままでは夜も更けるばかりだ。
なぜ私がこんな手間を、と内心苛立ちつつ、無理やり下民の腕を引っ張ってベッドから引きずり降ろした。
「いたいいたいいたいッ!」
「もう一度言う」
「っ…」
下民の喉元に手を添え、鼻先が触れるほどの距離まで顔を近づけた。それだけで息の仕方を忘れたようにゴクリと喉がなる。
震えた視線を絡みとるように見つめた。わずかに恐怖を孕ませた視線にひどく満足した。
「貴様に拒否権はない」
だがまだ足りない。
満たされることを知らないように、もっと欲しいとがめつく求めてしまう。
こんなに強欲だったのか、と思わずわらってしまうほど。
「私と来い、**」
琥珀片のゆらぎ
(なんて、勝手な人…)