ハートフルボッコストーリー


コンコンッ

「っ!?」
「……誰だ」
「私だよ、ユリウスだよ」
「!魔法帝、」
「魔法帝!?」


またもノゼル様に流されている時、刻みのいいノック音の後にまさかまさかの高貴なお方が病室を訪ねてきた。

混乱で頭が破裂しそうだ。嘘でしょ、と軽く絶望した。なんでこんなところに魔法帝が…。


「入ってもいいかい?」
「わ、私ッ、出て行った方がいいですか…!?」
「なぜ貴様が出るんだ」


ありえないでしょう、普通に考えて。
なんで魔法帝が私を訪ねるんだ。…いや、ありえないでしょう。

はっはっは、と笑い声の後、入るよ、とゆっくりとドアが開いた。

ドアの向こうには、穏やかに笑みを浮かべる男性が。


「やぁ、君が**さんかね?」
「………は、初めましてッ…!!」
「馬鹿か貴様は」


うそ、うそでしょ。
初めて見た、魔法帝。しかもこんな近くに。お願い誰か頬っぺたをつねって下さい。


(しっ、心臓が止まる…ッ!)


息すらしてはいけないと謎の使命感から息を止めていたら、魔法帝がまたも穏やかに笑って緊張しなくてもいいよと言った。
優しい方なのかもしれない。まぁ緊張しないなんて無理なんですが。


「今回は、フエゴレオンのために尽力してくれたそうだね」
「!え、あ、…その…」


ありがとう、そう言う魔法帝に、素直に喜べなかった。


『そんな下民の魔力で何ができる』


ノゼル様の言葉が頭の中でぐるぐる回る。私のしたことは、余計だったって、そう思わせる。

こんな私が魔法を使わなくたって、別になにも変わらなかったって。


「っその、私っ、余計なことを、」
「…まったく…、いくら照れ性だからって、あれは言い過ぎだよ、ノゼル」
「………」


もしかしたら、私が魔法を使わない方が良かったのかもしれない。
だって、私はただの一般人で、魔法もろくに使えなくて、それでいて魔力に乏しい下民で。

もう、なにをすれば良かったのかがわからない。
なにもしなければ良かった、そう思いたくないのに、それが正しいのが辛い、悔しい、苦しい。

粋がったところで、何かが変わるわけないんだ。


「**さん」
「ッ、あ、えっと…」


ばくばくと、心臓が痛い音を立てる。
本当に息ができなくなってきて、身体中が小刻みに震えた。
頭の中でいろんな言葉が錯綜して意識が途絶えそう。

苦しい、悔しい、辛い。


「オーヴェン…国一番の回復魔道士が言っていたよ、良くここまでの出血で済んだ、と」
「で、もそれは…別に、私がしたからって、」
「君のおかげだよ、**さん」


涙が出そうになる。
お願いだから、慰めるような言葉を言わないでほしい。
もっと、もっと惨めになる気がして。


「…っ、ありがとう、ございます…」


思ってもない言葉がスルリと出てきた。
悔しい、なにもできなかったのが、悔しい。
自分が惨めで、恥ずかしい。


「…全く、信じていないようだね」
「いえ、その…ありがとうございます…えっと、その…」
「魔法帝が言ってるのだぞ、素直に喜べ」
「〜〜っ、」


あなたが言った言葉のせいですよ!!


声を大にして叫んでやりたかったが、もちろんそんな度胸は皆無だ。
なにこの人、矛盾するにもほどがある…!!
さっきまでのひどい言いようはなにさ、信じられない…!!


(ばか!あほ!ひとでなし!変な前髪!)
「…貴様、今なにを考えた」
「っな、なななななにも考えてませんっ、」
「はっはっは、仲がいいんだね」
「良くないです…!/良くないです」
「息ぴったりだね」
「真似をするな」
「してませんっ…!」


でも、

そう続けた魔法帝。ゆっくりと私に近づいてきて、その大きな手のひらで私の頭を撫でた。
包み込まれるような手のひらだった。すごく大きくて、暖かい。


「っ、…」
「私はなにも嘘はついてないよ。ただ事実を述べただけだ」


フエゴレオンのために、この国のために、ありがとう


ぽろ、と涙が零れた。
こんなに暖かい言葉があるだろうか。
さっきまで冷え切っていた心が、じわりじわりと溶かされていくようで。

国のトップに、ありがとうと言われた。
こんな下民がだよ?
居酒屋でバイトするしかない魔法もろくに使えない私が、魔法帝に感謝されたんだよ?

こんなに光栄なことはない。


「っひくっ、ふぇ…ッ、あ、りがどっ、ヒック、ございまず…っ、うぅ…」
「はは、泣かせてしまったかな」
「…汚い泣き方だ」
「こら」


うるさい、変な前髪。
頭の中でそう呟いたが、きっとバレていないだろう。

溢れ出てくる涙で息が苦しい。
でもさっきとは違う、なんだか嫌いになれない苦しさだった。

今日は泣いてばかりだ。
嫌な涙もあったけど、あったかい涙もあった。

がんばって、良かったのかな、そんな都合のいいことを考えては、自分を笑った。


「ところで**さん、この本は君のものかね?」
「……え。」


さっきまでの穏やかな声とは一変、ニコニコと楽しそうな声で見せてきたのは、私が恥を忍んで買った例のあの本で。


「そんなカラダで脱げるわけ?カラダでカレを撃ち落とせ、究極のバスト・ヒップアップ法を「うわぁぁぁぁあああ!!!!」


無礼は承知、魔法帝の腕から例のあの本を取り上げた。
なんでこの人がこれを持っているんだ…っ!?
いやほんとに!まじで!!


「誰か撃ち落としたい彼でもいるのかな?」
「いっ、いいいいませんっ、いませんよそんな…!!」


やばい、だめだ、ノゼル様の顔が見れない。
いや、本当に、なにしでかしてくれたんだ魔法帝…っ!

なんだこの羞恥プレイは、もう、ほんと、まじで、なにこれ…ッ!?


「おや?彼氏はいないのかな?」
「いっ、いませんよっ、!恋なんてしたことないのに…ッ!」


あぁあぁあああぁなんでこんなこと口走ってるんだ私…!!
どうでもいい情報じゃないか…ッ!!
無駄なこと言わないで口!!


「じゃあ、その首元にたくさんあるのは誰がつけたのかな?」
「………」


え、首?

そう思って下を見て見れば、今朝着ていたはずのタートルネックではなく、医療棟のパジャマたるもので。

首を隠しているものはなに一つとしてなかった。


「〜〜っ!?!?」
「ははは、なかなか独占欲の強そうな彼だねぇ。君もそう思わないかい?ノゼル」
「……どうなんでしょうね」


死にたい。
恥ずかしすぎて土に埋まって死にたい。
その独占欲が強そうな彼が目の前にいるんですよ魔法帝。

ちら、とその魔法帝の顔をのぞいて見た。
ニッコリと笑って私とノゼル様を交互に見ていた。


「その“彼”のために素敵な体になれるといいね!」
「…セクハラです、魔法帝…」



ハートフルボッコストーリー
この方はきっと確信犯。





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