呼吸の死に場所


「ん…ぅ……」


身体がだるい。重い。けど、なんだかあったかい。

なんだろう、そう思ってゆっくりと目を開けれた。視界に映るのは、うちの家とはてんで違う真っ白い天井にぶら下がった、小ぶりのシャンデリアのようなものが。


(…無駄に、高そう……)


電気なんて蛍光灯があれば十分なのになぁ。そんなことを思いながら、ぱち、ぱち、と瞬きをした。

そんな時、やけにドスの効いた声が響いた。


「おい」
「あ、はい」
「………」
「…………………………え。」


聞いたことがあるような聞きたくなかったような声。
そんな声に視線を向ければ、知り合いのような知り合いと言っていいのか知り合いたくないような人が。

要約すると、ノゼル様がすぐそこにいた。


「っ!? なっ、ななななんでここにノゼル様が!?」
「私が貴様を運んでやったんだぞ」
「運んで、……?」


バサっと布団をめくって上体を上げた。慌ててキョロキョロと辺りに視線を配れば、やたら白くて、綺麗で、少し豪華なつくりの部屋の中にいた。その空間には私とノゼル様の2人だけで、後の人は見当たらない。

窓の外を見ると、すでに夕焼け雲がその赤みを無くしていっていて、薄い青が辺りを暗くしようとしていた。


「ここは…?」
「騎士団所有の医療棟だ」
「医療、とう…」


なんで、と思って頭を捻らせた。あれ、なんだか体がだるい。

そう言えば、王都が襲撃されたんだっけ、それで私、女の子を連れて帰ろうとして、それで魔法騎士団に助けられて、……………


「っ、フエゴレオン様は…ッ!?」


頭の中には一気にあの時の情景が流れ込んで来た。

そうだ、確か、敵にやられて、かなり危ない状態だった。グリモワールも欠け始めていた。あれからどれほど回復できたかは知らない。やれることはやったけど、必ずしも結果に繋がるなんてそんなことはない。


「………安心しろ、アイツがこんなところで死ぬわけがない」
「、そう…ですか、」


ノゼル様の言い方だと、たぶん、助かったんだと思う。
でも本当はどうなったかもっと詳しく聞きたかったけど、この方が教えてくれるとは思えなかった。

わずかにわだかまりを残しながら、自分を落ち着かせるために深呼吸をした。私が心配したところでフエゴレオン様が助かるわけじゃない、から。


「…なぜあの場にいた」
「え?」
「避難していたはずだろう」


感情の読めない視線が私をまっすぐ射抜く。
いつも通り冷たい視線が、じわじわと私の心に焦りを孕ませた。


「その…女の子を探していて、」
「あの子供はお前の親族かなにかか?」
「いえ…、違います、」
「ただあの母親に頼まれたから、わざわざあの場に飛び出たのか」
「、そう…なります、」


なんて心臓を痛くする言い方だろう。
言葉一つ一つが、爪で引っ掻かれるように痛みを感じた。


「…ただあの男に、一言言われただけで自分が強いとでも思ったのか」
「っ、…」


視線がぐらりと揺らいだ。

フエゴレオン様とは全く反対の言葉。
その言葉は、今の私にはあまりにも苦しすぎた。無視すればいいのに、受け流せばいいのに、この方の言葉はまっすぐ私に突き刺さって痛みを生み出す。

握りしめることすらできない手が震える。
あまりに苦しくて、息をすることさえ忘れそうで。


「そ、れは…」
「それになぜあの場で治療をしていた。貴様の目的は子供を探すことだろう」
「わたし、は…その、回復魔法が使えるから、」
「そんな下民の魔力で何ができる」
「ーーっ、」


なんて苦しい言葉なんだろう。
なんて痛い言葉なんだろう。

恵外界出身だからと、全てを否定されているようだった。心臓がぐちゃぐちゃに抉られているような感覚に陥って、目に涙が溜まった。

わかっている、こんな魔力じゃ、気休めにしかならないことを。私があの場にいたところで、戦闘の邪魔になったかもしれないことを。

何もできないことを、わかってたはずなのに。この方に突きつけられると、どうしようもなく苦しくなる。


「…ただ私に守られていればいいんだ、貴様は…、」


ほんのあの瞬間だけでも、この方に張り合いたいなんて、そんなバカなことを考えた自分が恨めしい。
そんなことできるはずもなかった。私が何かしたところで、本当は邪魔になっていたのかもしれない。

雫が頬を伝った。

お前のやること全てが無駄だ、そんな言葉に心が耐えきれなかった。痛い、苦しい、お願い誰か、私を助けて。


「…なぜ、貴様は、」
「フエゴレオンさま、…っ」
「ッ…」


あの方の温かい言葉が欲しかった。
砕けた心を温めて欲しかった。

怖い。ノゼル様が怖い。
この方といると、私が私で無くなるから、もう立ち上がれなくなりそうで、怖い。

もうこの方の言葉を聞きたくなかった。ズブズブと暗闇にはまっていくような恐怖があった。
でも弱い私は、この部屋から出ていくなんてできなくて。


「なぜあの男を名を呼ぶ……ッ!」


ガッ、と肩を掴まれた。
眉間にしわを寄せ、憤怒の形相で私を射抜いてくる。

もう心の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられなくなった。ぐわ、と頭に熱がこもって、口から出まかせに言葉を吐き捨てた。


「〜〜ッ、フエゴレオン様は、ノゼル様と違ってお優しい方です…!」
「どうせヤツも本心で言ったわけではない」
「フエゴレオン様は、そんなどうでもいいこと言いませんッ」


ボロボロと目から溢れ出すように涙が零れ落ちた。

私を助けてくれたフエゴレオン様のことまで悪く言われているようで、嫌だった。
あの方は、どうでもいいことは言わない。

たった一瞬だったけど、あの方は優しくて強い方だとわかるほど、大きな方だったから。


「だからなんだ、私も貴様が強いなどとほざけばいいのか?」
「〜〜ッあなたに言われても、嬉しくないです…!!」


人を見下すあなたに言われた言葉なんて、何の価値もない、!


酷いことを言った自覚はある。それでも言わないと、むしゃくしゃしてどうにかなりそうだったから。


「なぜ貴様はそうヤツに固執する…!」
「言ったところで、あなたにはどうせわかりません…っ」
「そんなにあの男がいいのか」
「少なくとも、あなたよりはフエゴレオン様は私を見てくれます、」
「ーーっ、私とヤツを比較するな……っ!」


ドサ、とベッドに体を押し付けられた。
鋭い視線がまっすぐ私を射抜くが、もう悔しくなって思いっきり見返してやった。

体の上に乗られ、胸元に突かれた手が胸郭を圧迫する。
ぐぐ…とその指先が皮膚に食い込んで痛みを生じた。


「っ、お、脅しですか、怖くないです、そんなの、」
「…黙れ」


うまく動かない頭が意味のわからない言葉を発している。
もう自分で何を言ってるのかわからなくて、ただの意地だった。

今にも人を殺しそうな、そんな雰囲気に余計に息が詰まった。


私だって、言うときは言うんだ。

こんな人に涙を流すなんて、悔しくて仕方がない。
こんな、人を見下すことが当たり前の人になんて、屈しない。


「あなたは、フエゴレオン様と全部が違う、フエゴレオン様はこんなことしませんっ、」
「黙れと言っているだろ」
「それに、フエゴレオン様は…んっ、」


刹那、胸ぐらを持ち上げられ、上体が浮いた。

唇に降ってきたのは、あつい熱。


「ん、ふ、ッやめてください、!」
「アイツの名を呼ぶな…!」
「なに言って、ッんん…!?」


再三降ってくる熱。

何て傲慢で、身勝手で、欲だらけの醜いキスなんだ。こんな人に体を二度も許してしまったなんて。もう触れられることすら嫌だ。

嫌悪感で、必死に体を引き離そうと胸を押した。
しかし強い力には到底かなわず、ただ息がしづらくなっていくだけ。


「ん、んん、!!」
「…っ、は、」
「っやめてください、!」


一瞬離れた隙に、顔を背けて体を押した。
ベッドに逃げるように顔を押し付けて、もう絶対にしないと、意思を示す。

触れた唇を服で拭った。
キスをされたことも全て消えてなくなればいいのに。


「**、」
「っもうやめてください、!触らないで…!!」
「私は、どうすればいい、」


肩を掴まれ、またも仰向けにベッドに押し付けられた。
天井を背景に写るノゼル様の表情が何と情けなく、弱々しいことか。あんな傲慢な人が、何でこんな顔をするんだ。

もうなにもわからない。何でこんなに悲しそうな顔をするんだ。悲しいのはこっちなのに。どうすればいいなんて、私に助けを求めないで。
そんなすがりつくような手で、触れないで。


「っなにが、したいんですか、あなたは…!」
「…貴様が欲しい」
「ーーっ、」
「私以外に目を向けるな」


わからない。なに一つとしてわからない。

その言葉の真意も、行動の理由も、全てが理解できない。

私が欲しいの?
求めているのは体だけ?
なんで欲しいの?
私はどうすればいいの?


「私の名を呼べ、**…」


どうしてそんなに名前にこだわる、言葉にこだわる、

その顔の意味はなに、もう訳がわからない。


「ノゼル、さま、」


涙が零れてこめかみの方へと伝っていった。それを追いかけるようにノゼル様の手が涙の跡を辿る。

さっきとは全然違う、やさしい手つき。

嫌なんだ。私はこの方を拒絶したいんだ。そうだ、そうに決まってる。だから触れられる度に、こんなにも胸が苦しいんだ。


「**、」


満足そうにわずかに微笑むその表情に、もう考えることを放棄した。



呼吸の死に場所





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