「…これが、事実なのです…」
「ッ私は信じません!」
「あっ、**様ッ!」
うそだ、うそだ、フエゴレオン様が、そんな、うそだ。
部屋を飛び出して医療棟に向かおうと駆け出した。
しかし、焦る私の手を護衛の一人が掴んだ。
「っ放してください!」
「今はまだ、危険ですから、どうか落ち着いてください、**様」
「フエゴレオン様に一大事なのですよ…すぐに医療棟に向かわせてください!」
「もう少し、!魔法帝と連絡が取れるまではお待ちください…っ!」
フエゴレオン様が、いつ目覚めるかわからない状態にある、そう聞いた。
彼は魔法帝を目指す、紅蓮の獅子王の騎士団長なのだ。そんな強い彼が、やられるわけがない。
そんなわけ、ないのに。
「〜〜っ、フエゴレオン様…っ!」
ボロボロと、涙がこぼれた。
彼がそんなはずない、そう信じているのに、涙が溢れて止まらない。
止まれ、止まれ、こんなの、肯定しているみたじゃないか、止まれ、止まれ…っ!
『もちろんです、**様』
ちゃんと帰ってくるって、言ったのに…っ、!!
「**様…、」
「どうして…っ、!」
苦しくて、うまく息ができない。フエゴレオン様といた日々が、脳裏に移った。
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「がおーっ!」
「…うわぁー!ライオンだー!」
「フエゴレオン様、**ライオンが食べちゃうぞー!」
「なんだとーっ!?それは逃げなければ!!」
小さい頃から、ずっと遊んでもらっていた。こんなガキンチョの私にも、一生懸命関わってくれた。
「うるさい!!近づくな!!あっちいけ!!」
加護され、甘やかされ、誰一人として私をみてくれる人なんていない。見ているのは私の地位だと決めつけ、死んでやる!とバカみたいに騒ぎ立てていた日のことだった。
「どうせ私のこと笑ってるんだろ!地位しかないやつだって、中身も何もないやつだって!!」
「**様、落ち着いてください、そんなことないですよ」
「うるさいうるさいうるさい!!どうせ女は国王になれっこないんだ!!どうせ私なんていらないんだ!」
キッチンで奪った小さなナイフを片手に、ブンブンと屋上で振り回した。
どうせ女は国王にはなれない。
政略結婚の道具にされる。
そんな話がどこかで聞こえて、意味がわからなくて調べてみたら、つまりただ家を豊かにする道具でしかないことを知った。
「政略結婚なんてするもんか!!そんなのするくらいだったら死んでやる!!」
ただの、子供の喚きだった。
利益を得ようとするような大人達の薄汚い笑顔に心が毒されていたのだろう。
お父様も、そんな見え透いた言葉に気づくこともなくもてはやされた。
脈略のない嫌な気持ちが、爆発した瞬間だったんだ。敬語じゃない言葉を使って、自分だってこんなことができるんだって、反抗するんだって、証明したかったんだ。
そんなぐちゃぐちゃな私を救ってくれたのが、フエゴレオン様だった。
「………」
「ふ…フエゴレオン様、?」
「く、来るなっ、あっちいけ!」
まっすぐ向かって来るフエゴレオン様。怖くて、むしゃくしゃして、ナイフを振り回したらあっち行くだろうと思って、目を瞑りながら振り回した。
「あっちいけ!あっちいけ!ナイフで刺しちゃうぞ!」
ザッ、ザッ。
足が止まった音がした。思わず目を開けたら、目の前にはフエゴレオン様が。びっくりして反射的にナイフを振ったら、ブチブチ、と肉を裂くような感触が皮膚に伝わった。
「っ、あ、」
「**様」
「ーーっ、!?待って、だめです…っ!」
次の瞬間、フエゴレオン様はナイフの刃の部分を握り締めたのだ。
ぽた、ぽた、としだいに流れ出す血液。勢いよくナイフを離した。
このままでは、どんどん血がでちゃう。フエゴレオン様が、もっと傷ついてしまう。
そう焦っていた瞬間、ずごしっっ!!と強烈な刺激が頭に降ってきた。
「っっっいったぁぁぁぁ!!!!!」
「……………フエゴレオン様ァァァァァァッ!?!?」
「何をしているのですか貴方…っ、そのお方はこの国の王女様なのですよ!?!?」
「そんなこと関係ない!!」
「ええ〜っ、!?」
降ってきたのはフエゴレオン様のチョップ。これがまたものすごく痛くて、頭を抑えたまましゃがみ込んだ。
「〜〜っ、いたい、」
「**様」
「ッ、」
怒られる。怒鳴られる。あきれられる。やだ。こわい。ごめんなさい。
そう頭を抱えて下を向いた。ふるふると体が震える。こわい、やだ、こわい。
「痛いでしょう?」
「……え、?」
「傷つけられるのは、痛いでしょう?」
「っ、う、ん…」
「ですが、傷つける方も、痛いのです」
「え、…あ、…」
そう言って、フエゴレオン様はチョップした手を私に見せた。そこはちょっとだけど、赤くなっていた。
「私は、**様が傷つくと痛いです」
「どういう、ことですか、…?」
「大切な人が傷つくと、心が痛いのです」
「たいせつな、ひと…」
わたしが、?
そう聞くと、フエゴレオン様は迷いなく頷いた。もちろん、と言いたげに。
「こころも、痛くなるのですか…?」
「、私がナイフで傷ついたとき、**様はどう感じましたか?」
そこで、ふ、と思い浮かんだ。
苦しかった。
泣きそうになった。
ごめんなさいってなった。
傷ついて、きっと痛いだろうなって、
「私も、痛かった、…」
「それと、同じです」
ぽろ、と涙が一筋、目からあふれ出た。それを、あまりにも優しい手つきのフエゴレオン様がぬぐってくださった。
ほんとうに、優しい手つきで。
「自分を大切にしないことは、どこかで誰かの心を傷つけているのです。**様は、人を傷つける人が国王になれると思いますか?」
「なれ、ない…」
「なら、**様はこれからどうしますか?」
なんて、心の温かい人なんだろうか。
こんな私に、真正面から向き合ってくれたのは、フエゴレオン様が初めてだった。
「っじぶんをっ、大切にずるっ…!」
「よくできました、**様」
ボロボロと涙がこぼれて、ズルズルと鼻をすすった。
あまりにも温かい彼の心が、私の冷え切った心を温めてくれたようだった。
「フエゴレオンさまっ、」
「どうかしましたか?**様」
「ーーっ、ごめんなざいっっ、!!」
ぐちゃぐちゃの顔で彼に抱きついた。そしたら、私よりもずっと背の高いフエゴレオン様が、優しく優しく包み込むように抱きしめ返してくれた。
傷つけてごめんなさい
傷つけさせてごめんなさい
いっぱいいっぱいごめんなさいがある。けど、それだけじゃなかった。
「ありがどうございまじだっ、!!」
ゲホゲホと彼のお腹に向かって咳をしたが、そんなことを気にする余裕なんてなかった。
いっぱいいっぱいのごめんなさいとありがとう。
彼は、自分を大切にすることがどれほど大事なのか、教えてくれた。
フエゴレオン様は、ただ強いだけじゃない。心に熱いものを秘め、他人に厳しい分、充分すぎるほど自分にも厳しい、それでいて優しさを忘れない。
彼は、そんな大きくて温かい人なのだ。
だから、だからこそ、そんな彼を、何がなんでも失いたくないのに。
火のないところの影のころ
(魔法帝と連絡が取れました!**様、すぐに向かいましょう…っ!)
(!!っ、はい、!)