エメラルド幻想


「あ、…」
「どうかされましたか?**様」
「……希望が、ある…」


恐怖に支配されつつあった王都。しかし、すぐに光のような希望を含んだ感情が流れ込んできた。


「魔法騎士団が、到着したのですね」


マナになって私の中に流れ込んでくる喜びや嬉しさ、大きな期待や希望を感じて、私の中の恐怖も少し和らいだ。


「うん、うん、…大丈夫そうですね」
「…**様には、何が見えるのですか…?」
「見えているのではなく、感じているのです。人々の感情を」


護衛の方に、「気持ち悪いですか?」と聞けば、「いいえ」と迷いなく返ってきた。
小さな時から、制御できなかったこの能力。しかし考えが一語一句わかることはできない。あくまで、なんとなくの感情を知ることができる。


「魔法騎士団は、すごいですね」
「はい、この国の要ですから」
「…私も、何かできればいいのですが…、」
「?今、なんとおっしゃいましたか?」
「…ふふ、空耳ですよ、きっと」


コンコン、と王室の前のドアをノックした。お父様の、誰だ、の声の後に続けて、**です、と言えばすぐに開く扉。


「**!!」
「お父様、ご無事でしたか」
「お前こそ無事だったか?」
「はい、護衛の方がついていてくれたので」


お父様の隣にべったりと張り付いて座る、二人の女性。お父様には、王都の声が聞こえないのでしょう。

ズキ、ズキ、とよくわからない痛みに心が支配される。お父様は、何をお考えなのか、私には到底理解しかねる。


「魔法帝はどこにおる!?」


娘の私にも姿を見せず、カーテンに仕切られた先には三人のシルエットが映る。なぜ、このような国の一大事に、お父様は…。


「こう言う非常時にこの国の王である余の側に控えることが、王国最強の魔道師の何よりも優先すべき責務であろうが!」


なぜ、国民のことを考えないのです。なぜ、自分のことばかり考えるのです。なぜ、何もしようとは思わないのです。


「**様、少し顔色が…」
「あぁ、…いえ、少し疲れてしまったので、…ここにいた方がいいですか…?」
「**様が望むのであれば、王宮内ならどこでも」
「…なら、少し自室に戻りたくて…」
「かしこまりました」


違う。
何かしようとしても、何もしていない私も同じだ。

願うだけで国民が救われる?違う。
信じるだけで戦っている彼らに安全の保障が得られる?違う。

何もしないことは、何も考えていないことと同じなのに。


私が怒っているのは、私自身だ。


「**様…」
「お父様、少し自室にいますね」
「そうか。護衛の者をきちんとつけるのだぞ」
「はい、お父様もご無理のなさらないよう……、っ!?」


あれ、…?
なんで、どうして…?


「**様っ、!?」


バン、と扉を開けて外に飛び出した。バルコニーから身を乗り出すように外を眺めたが、ここからでは煙が上がっていることしかわからない。


「どうされました、**様…っ!」
「……希望が、…消えた…?」


なぜ?魔法騎士団はあの場所にいるはずなのに。確かに先ほどまでは、希望だったのに。

微かに感じ取れる絶望がある。混乱が辺りを包んでいる中、新しい確かな絶望が、存在している。

なんとなくでしかわからない。
でも、なにか嫌な予感がする。


「……どうして、私には…」
「**様…、」


ヘナヘナとその場に座り込んで、自身をマナで包み込んだ。これは、逃げだ。これで少しだけ、外からのマナの流れを遮断できる。

唯一私が身につけた魔法のコントロールは、自分を守るために現実から逃げる方法だった。


「**様、お部屋に戻りましょう。冷たいお飲み物をご用意いたしますよ」
「…いりません、何も、喉を通しそうにないので、…」
「ここは日にも当たってとても暑いので、少し日陰に移動しましょう?**様。」
「…どうして、優しくしてくださるのですか…?」


私は王女。
国にどんなに危険なことがあっても、どんなに誰かが助けを求めても、それに背を向け、そして私は守られる。
私たち国を代表する王族がいなければ、そんな手間などかからないのに。

脳裏に移った、お父様のあの光景。
きっと、私もあの光景に変わりない、無意味な忌むべき存在なのに。


「どうして、こんな私なんかに、優しい言葉をかけてくださるのですか…?」


なぜ、なぜ。
いつ殺されるかわからない私たちなど、切り捨ててしまえばいいのに。

無力で価値のない私たちなど、守る意味なんて、無いはずなのに……、


「……貴方が、やさしいからですよ、**様」


マルクス様が、そう答えた。
その答えにハッと息を飲んだ。私が、やさしい?

……やさしいだけでは、何もできないのに。


「優しさで、この混乱を収める事などできないです」
「それは、私が貴方に忠誠を誓わない理由にはなりません」
「私なんかに忠誠を誓ったところで、…」
「**様」


私と視線を合わせるように跪いたマルクス様が、私の手をそっととった。
優しくなんて、しないでほしいのに。


「あまり、自分を卑下なさらないでください…貴方は、とても素敵な、美しい心を持った方ですから」


悔しい。
何もできない自分が悔しい。
優しさで人の命は救えないのに、私よりもやさしい人はたくさんいるのに、王女と言う理由で加護されることが、悔しい。

なにより、皆さんが与えてくれるやさしさが、心地よいと、甘えてしまっている私が、一番悔しい。


「っ、…マルクス様、」
「さぁ、**様、お部屋に戻りましょう。護衛達が皆心配しています」
「、はい…っ」



エメラルド幻想
またいつの間にか、恐怖が希望に変わっていた。



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