やってくれたな、と苦笑いが隠せない。
**様も知らない、私とオーヴェンしか知らない秘密をこうも簡単にバラされるとは。
「…**様の魔法は、本当なのですか…?」
「…………」
どうしたものか、と頭を働かせるも、ここで真実を伝えてもいいものかと流石に悩んだ。不安そうな目で私を見るマルクスになんと言えばいいのかわからない。
当たり前だ。忠誠を尽くしている自分の心は、もしかしたら魔法で作り上げられた偽りのものかもしれないのだから。
(そんなことはないのだけれど、)
そう思う私ですら、どれほどあの方の魔法が影響しているかわからない。あの方の魔法は謎が多すぎるから、私といえど簡単に紐を解くことなんてできないというのに。
これは、他の団長も困惑しているだろうな、そう思って視線を周りに配った。だが、驚いているのはリルとマルクスとアスタ君だけのように思えた。
「…やっぱあの姫さん、とんでもねぇ魔法だったんだな」
「えぇ!?団長知ってたんスか!?」
「いや、あれだろ、ほら、フィーリング」
そんなアスタくんとヤミの会話がやけに耳に残った。
………え?気づいてたの?
「カカカ、通りで敵国のスペード王国の王子が本気で求婚するわけだ」
「しかし他者の忠誠心を操れる魔法か…あまりピンとこんな」
「どちらにせよ、私は**様に忠誠を誓うまでだ」
さも当たり前のように驚く様子すら見せない一部の団長達。そんな彼らの反応に驚いたのは私だった。目をパチパチと瞬かせたが、次に出た感情は笑いだった。
「…はは、頼もしい団長たちだね、」
ぽりぽりと額を掻いては心の中で白旗を上げた。きっと、ここにはいないウィリアムも同じ考えなのかもしれない。
「っ貴様ら!!操られているのかもしれんのだぞ!!」
「舐めるなクズが」
怒りを含んだノゼルの声に、ヒィ、と情けない声をあげたのはポイゾット、…と、アスタくん。いや、君はなんでなの。
「**様がどんな魔法だろうと、私は**様を信じている」
「カカカ、あの**嬢が俺らにそんな魔法を器用に使えるわけねぇしなァ」
「私たちが何年**様を見てきたと思っている」
「ボク**様好きだし〜、まぁ操られててもいっか!」
「く…少しでも疑ってしまった自分が憎い…!」
「大方、魔法使われたテメェはハナから姫さんに忠誠心のクソもなかったんだろうよ」
「ぐーぐぐぐーぐぐ、ぐーぐぐーぐーぐー」
「お前はなんか言えや!!」
それにだ、
そう付け加えたヤミが、アスタくんの首根っこを掴んで持ち上げた。ぐぇ、と潰れた虫のような声をあげては首を抑えるアスタくん。そんなヤミの行動に、そうかと自分の中で腑に落ちた。
「コイツがいるからな」
彼の魔法は、一切の魔法を無効化する。つまり、仮に**様が魔法をいくら使えど、アスタくんには無効なのだ。
「おい坊主、お前姫さんのことどう思ってる?」
「え?めっちゃいい人だと思います」
その言葉だけで十分だった。もっと他にあるだろ、と凄む団長達に、ケラケラ笑うヤミ。ほ、と安心したため息が肩の力を抜いた。
「それはそうと、」
ひと段落ついたところでまた次の感情が襲ってくる。
ポイゾットに向き合ったとたん、脳裏に映るのは涙を流した**様。
「ポイゾット、君は**様を泣かせたね?」
その声を拍子に、地面が軋むほどのマナが溢れかえった。私だけではない冷たく怒りを含ませたマナに、リルの魔法に少しヒビが入るほど。
ヒィ、また同じ2人が悲鳴をあげた。
:
:
王宮で治癒魔法の使える者に軽く治療をさせた。**様は何も言わず、視線を漂わせている。
そんな**様を再度抱き上げ、従者に扉をあけてもらう。久しぶりに入った**様のお部屋はやはり落ち着く匂いがした。
「**様、降ろしますね」
返事のない**様をベッドの上にそっと座らせる。体を小さく縮こませては未だ涙を流すその目に指を這わせれば、**様が怯えたように体を跳ねさせた。
「っ、ウィリアム、様…ッ、」
「**様…、」
傷が残るかもしれない、そう言われた弱々しい震える手を包み込んだ。冷えた手が硬く握り締められて色を無くしている。それを解くように指を絡ませ、ぎこちなく開かれた手を再度包み込むように重ねると、ようやく視線が私に向いた。
「〜〜っ、ごめん、なさい…ッ」
「、何に謝られているのですか?」
「わ、わたっ、魔法で、みなさんを…っ、」
「あの者の言うことは気にしなくて大丈夫です、誰も操られてなどいませんよ」
とめどなく流れるそれを拭うこともせず、ただひたすらに懺悔を繰り返す**様。まるで、罰を望んでいるかのようなその姿に胸が苦しくなった。
「どうして、そう言い切れるのですか…っ、操られているのかもしれないのですよ、本当は、私のことを恨んでいるのかもしれないのに…ッ」
「私は、**様を信じています」
「でもっ、でもそれはっ、魔法によるものかもしれないのに、ッ」
あいも変わらず、こんなに苦しそうなのに、どうしてこんなにも美しく涙を流すのだろうか。
**様の戸惑ったような感情が直接流れ込んでくる。その感情に触れただけで、私の心が締め付けられるような気分に陥った。
「…私が、**様を思う気持ちに、嘘があるとお思いなのですか、?」
「〜〜っ、少しでも、そう思ってしまう自分がいて、っ、それが嫌で嫌で、ッみなさんを信じきることができないのが、怖くて…ッ」
「…その言葉だけで、十分です」
なんで健気で、人間らしいお方なのだろう。下手に信じていると言われるよりも、ずっと信用できた言葉だった。
気がつけば**様の体に腕を回し、その身を抱きしめてベッドの上に横たわった。
「っ!?あ、あのっ、ウィリアム様…ッ!?」
「覚えていますか?昔、落ち込んでいた私に、**様が一緒にお昼寝をしようとベッドに倒れこんだことを」
仮面をグッと持ち上げ、ベッドの上に転がらせた。同じようにローブも脱いで、腕の中の**様と視線を絡ませた。
真っ赤なお顔で私を見つめる**様が可愛らしくて、それでいて美しくて、ずっとこのまま抱き留めていたくなってしまう。
「あの時、**様がいてくださったから、私は今ここにいます」
「ウィリアム様…、」
「たとえ私を信用できなくとも、私は貴方に命を差し出しましょう」
「なんで、そんな…」
大きな瞳から、ポタリと滴が零れた。その姿も美しいけれど、やはり**様には笑顔が一番似合っている。
濡れた瞼に唇を落とせば、ぎゅっと目を瞑る**様。ダメですよ、男性の前でそのような顔をしては。
「**様が私をこの傷ごと愛してくださっているように、私も**様を愛しているからですよ」
驚いたように目を見開くその表情に口角が緩んだ。コロコロと変わる表情から視線を逃すことができない。
「ーーっ、ウィリアムさま…っ、」
「……今は、その辛い気持ちを吐き出してください。私はずっと、**様のお側にいます」
私の服にしがみつき、幼子のように大声で泣きじゃくる**様を、そのまま腕の中に閉じ込めた。声に震える胸元が溶けるように熱い。
私達だけが永遠にこのまま2人きりになれたらいいのに、そんな馬鹿げたことを思った。
呼吸音と鼓動
(本当に、愛しています…、愛しているのです…っ)
わずかに力のこもった腕に、貴方は気づかない。