不透明な彼


「…本当に、中へ入るのですか?」
「、止めますか?」
「いえ…私にそのような権限はありませんから」


地下へ繋がる入り口の目の前。護衛の方が眉間にしわを寄せては口を噤んでいるが、私の顔をちらりと見てはその場に膝をついて頭を垂れた。


「ここまで送ってくださって、ありがとうございます」
「いえ…その、お気をつけて、**様」


ドレスのフレアをひとつまみしては膝を軽く曲げた。そしてそのまま扉に手をかけ、中に体を押入れた。

バタンッ、と音を立てれば、昨日と同じような静寂が。


「……うん、」


決めたんだ、目を逸らさないって。なのに、どうしてこんなにも震えるのか。
恐る恐る踏み出した階段が今にも崩れそうな気がして、恐ろしくなった。もう、逃げたくないのに。



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バカな……!!!何を言っている!?


地下から聞こえた叫び声に目を見開いた。この声は、ポイゾット様の声だった。

ドク、ドク、と心臓が強く鳴り始めた。震える足に喝を入れ、最後の階段を駆け下りていく。

ガン…ッ!!と鈍い金属音が辺りに響いた。急がないと、と焦る気持ちに足がついていけず、もつれ込むように最後の段を降りた。


「っ、何事ですか…!?」
「!?**様、なぜここへ、っ!?」


眼前に広がるのは団長たちの姿だけ。何も起こっていなかったの?そう錯覚してしまうほど、戦闘の跡が全くなかった。
ほんの少しの間、呆けて彼らと目を合わせた。しかし次の瞬間、体が強い力にぶつかりよろけた。


「っ、姫さん危ねェ…ッ!!」
「ッキャ、!」


ヤミさんの焦ったような声が耳に届いた。それと同時に強く後方へと腕を引かれ、体のバランスを崩して見えない何かに捕まった。


「なっ、なんですか一体、っひゃ、!」
「動いてはなりませんよ、**様」
「ポイゾット様…ッ!?」
「っ、アイツ、**様を人質に…ッ!」


スッ、と首元にひんやりとした見えない何かが当たる。硬くてまっすぐで、薄い。
きっとこれは刃物だ。頚動脈の上をぴったりと引っ付くそれに、思わず息が詰まった。


「ッ、」
「**様の様子がおかしい…?」
「…あらかた、刃物でも突きつけられてんだろ」
「なに…っ!?」


脈が強く打っているのがわかる。ヤミさんとシャーロット様の声が聞こえたが、恐怖でうまく言葉が入ってこなかった。

ピタリと止んだ喧騒が、逆にこの空間の静けさを顕著にした。


「…**様を解放するんだ、ポイゾット」
「ンフフフ…動いたら、どうなるかわかっていますね?」
「いッあ、!」


息の荒い声がすぐそばで聞こえた。それと同時にプツ…と剣先が首の皮膚を傷つける。
鋭い痛みに声を漏らしたその瞬間、あたり一面からおぞましいほどのマナが溢れ出し、建物を包んだ。


「ーーッ、!?」


ミシ…、とわずかに軋んだ建物。この人数の団長格の魔力が膨れ上がった瞬間だった。


「っ、ハッ、」


目の前が一瞬、真っ白になる。

悍しいほどの殺気を含んだマナ。それを全身に受けてしまい、声すら喉の奥に押し留められる。
全身の血液が流れ出たように指先の温度がなくなる。冷や汗が首を伝っていった。今にも気を失って倒れてしまいそうで、頭がくらくらして息の仕方さえ忘れてしまった。


「皆…魔力を抑えるんだ。**様が怖がっている」


ウィリアム様の言葉にチッと舌打ちをしたのはジャックさんだろうか。その瞬間、スゥ…と消えていく恐怖と抑えられていく魔力。


「ンフフフ…怖いですねぇ…、」
「ッは、ッゲホ…っ、ハァ…っ、」


ようやくまともに息を吐くことができて、全身の力がフッと抜けた。カクっと膝が折れるが、それを首の圧迫感が阻止するように体が持ち上げられる。


「おっと、倒れないでくださいよ、**様」
「っ、ポイゾット様、なぜ…ッ、」


ふふふ、とだけ答えた姿の見えない彼は、そのまま私の体を引きずって階段へと向かった。抵抗しようにもうまくいかず、ただされるがままに足が動く。
皮膚に触れている刃先が強く押し当てられ、傷つけられた皮膚に鋭い痛みが走る。

足がもつれて転けてしまいそう。でも皮膚に食い込む刃物が痛みと死への恐怖を突きつけてくる。


「**様ッ…!」
「よせマルクス!今のやつに魔法での攻撃は無意味だ…!」
「しかし…ッ」
「下手に攻撃して**様に当たったらどうする…!」


シャーロット様の片腕がマルクス様の動きを抑制した。
だめだ、足手纏いになってしまっている。ただ真実を知りに来ただけなのに、このまま何もでないどころか私のせいでポイゾット様を逃してしまう。

痛みや恐怖で頭がうまく働かない。は、は、と短い息を繰り返してはどうすればいいのか動かない頭で必死に考えた。


(…っ、ナイフが、じゃま…っ!)


そう心の中で叫ぶと同時に、手を首まで持って行き、透明で見えないがそこにあるはずのものを思いっきり掴んだ。
その瞬間、うお、と驚く声が背後から聞こえ、進んでいた足がピタリと止まる。


「っ**様…っ!?」


肉が裂ける痛みに眉を顰めたが、とにかく無我夢中でそのナイフを自分から引き離すべく腕に力を入れて押した。ぼたぼたと地面が赤く染まっていく。
抵抗するようにまた私の首へと戻ろうとするそれを力一杯押して耐えた。


「チッ…、その腕を離してくれませんかね、**様」
「ーーッ、お断りしますっ、!」


血が腕を伝って服を汚し、剣の刃先を辿ってはポタリポタリと地面に落ちた。
増悪する痛み。しかしそれが頭をどんどんクリアにして、現実に引き戻してくれた。

そうだ、私は、全てを知りに来たんだ。


「あなたにはっ、全てを話す義務があります…ッ!」


踏ん張った足が血液で滑る。
小さな舌打ちと共にさらに強くなる力。きっと両手でナイフを支えだしたのだろう。流石に私の力とポイゾット様の力に大きな差があるため、じわじわと首元を離れたはずのナイフがまた手のひら越しに私の首を圧迫し始めた。


「っぐ…!」
「ンフフ…非力なあなたの力じゃ無意味ですよ!」
「おのれ…!**様を離せ!!」
「こんな好カード、離すわけないじゃないですか」
「ックソ、ただでさえ今の奴に魔法攻撃は使えぬというのに…!」


ンフフフ…と特徴的な笑い声がすぐそばから聞こえる。
確かに、ポイゾット様の透過魔法は、一定時間他の魔法攻撃を一切透過する。誰の魔法も通じないのだ。


「離せって、…」


でもそれは、『普通の』魔法の攻撃による話。


「言ってんだろ!!!」


ガンッ!!


「きゃっ、!」
「なに…!?」


背中からの衝撃に状態が大きく傾く。その反動で右腕に鋭い痛みが走り、膝が折れて地面に倒れた。

カランッ…と銀色の剣が地面に転がる。背後では姿を現したポイゾット様と、大剣を構えたアスタくんが。
彼の魔法は、全ての魔法を無効化する反魔法。いくらポイゾット様の透過魔法でも、魔法自体を無効化してしまえばいなんの意味もなさなかった。


「すいません大丈夫ですか姫さまーー!!!!!」
「アスタくんっ、」
「**様、こちらです」
「ユリウス様…!」


怪我をしていない方の腕をぐっと掴まれ、強く前方に体を引かれる。
それと同時に体を襲った浮遊感。背中と膝裏に回された腕が力強く私を抱き寄せた。


「もう大丈夫ですよ」
「ーーっ、ユリウス様…ッ」
「傷はあとでオーヴェンのところで治療してもらいましょう」
「ご、っごめんなさッ…わたし、足手まといに…っ、」


恐怖から解放され、ようやくついた一息とともに涙が溢れた。怖くて怖くて仕方なくて、ただ無我夢中でユリウス様の首に腕を回した。
口から懺悔の言葉が流れ出ていくたびに、ユリウス様がポンポンと肩を叩いてくれた。
ユリウス様の服のファーを涙で濡らしてしまっては濡れた繊維の先がまた頬を冷やす。そして痛みを伴いながら流れ出る血液も同じように繊維を汚していく。

う、うわぁぁぁああ!!!


叫び声に視線を向けた。そこにはリル様の絵画魔法に捕縛されるポイゾット様がいた。


「タイトルは、『溺れる団長』ですね!」


一瞬で起こった出来事に何も言えなかった。ただ荒い息がゆっくりといつも通りに戻っていくのを感じながら、乾いた喉の痛みを潤そうと唾を飲み込む。
そしたらまたピリ…と鋭い殺気が辺りを支配した。殺気の出所に視線を向ければ、岩や瓦礫を足場に魔法を構えた団長たちが。


「奴の魔法は一切の『魔法』を透過する…ならば物体を利用して攻撃するまでだ。建造物など下の者共に造り直させればいい」
「カッ!団長とガチでヤり合うチャンス潰しちまったぜぇ…。アイツ…見た目も裂き応えあったのになァ〜」
「男のクセに逃亡だけでは飽き足らず、**様を人質にとるとは…情けの無い奴だ。裏切り者以前に団長失格だな」
「皆…そのぐらいにしておこう。何者かに魔法で操られている可能性もある」
「いやぁ、わざわざみんながいるところで言ってよかった。私だと加減が出来なくて**様を傷つけてしまうからねぇ」
「あ、はは…頼もしいを通り越して恐ろしいです…」
「どうかしましたか?**様?」
「いえ、なんでもないです」


ほ、と安堵の息をつく。にっこり笑顔のユリウス様に苦笑しつつ、一声かけてゆっくりと地面に降ろしてもらう。汚してしまったお洋服を弁償しなければ。


不透明な彼



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