鳴り止まぬ循環


るんるんるん、と王都内をお散歩中、見しれた後ろ姿に思わず駆け寄った。


「ポイゾット様!」
「おや、**様ではありませんか」
「ごきげんよう、お仕事中ですか?」
「…ンフフフ、いや、少しぶらりと散歩をしていたところですよ」
「ご一緒しても…?」
「もちろんです」


ほ、と胸をなでおろし、護衛の方にポイゾット様がいるから大丈夫だ、との趣旨を伝えてその場を退かせた。


「ポイゾット様もお散歩をするのですね、少し意外でした」
「そうですか?気分転換にはちょうど良いので、よくしていますよ」


ポイゾット様とはよく二人でいたずらをしたものだ。主に今の団長たちに。
透明になれる彼の魔法で、背後から思いっきり抱きついて驚かせる、なんていたずらが昔は私の中でブームだった。
今思えば、なんと言う迷惑行為を、と思うが、あれはあれで楽しかった。


「ンフフ…**様もこんなに大きくなられて…」
「ふふ、子供の成長は早いと言いますからね」


昔はよくいたずらをしましたね、そういうと、ンフフフと笑ってポイゾット様もそうですねと答えた。
私がいたずらしたのに、私よりもたくさん怒られたポイゾット様。あとでそのことを謝ったら、また笑顔でいいですよ、と許してくれる。


「ポイゾット様といると、なんだかすごく気持ちが楽です」
「どういうことですか?」
「うーん、なぜかは分からないのですが、ポイゾット様は読めない、というか…」
「読めない、ですか?」


普段過ごしている中で、人の感情たるものが私の中によく流れ込んでくる。でもなぜか、ポイゾット様の隣にいても、感情が流れてくることはなかった。

なんでだろう、と思いながらも、特に気にすることもなく、私がみんなと変わりない普通の人間だってことを再確認させてくれるから、ポイゾット様といると、気持ちが楽になった。


「いつも誰かの感情が流れ込んできては結構疲れてしまうのですが、ポイゾット様は何故か感情が入ってこないんです。それがすごく楽で。」
「…そうですか、それならいつでも私の隣に来てもいいですよ」
「ふふ、ありがとうございます」


穏やかなお日様がぽかぽかと空気を温める。
心地よいなぁ、なんて思いながら足を進めていたら、ふと思い立ったようにポイゾット様が口を開いた。


「そういえば、**様はグリモワールを常時携帯していないのですね」
「え?グリモワールですか?」


持ち歩く人がほとんどでしょう?とポイゾット様自身のグリモワールを指差しながら不思議そうにそう言った。
確かに、私はグリモワールを常に持っていない。それどころか、今の今まで開いたことすらない。


「私のは…自室にあるんです、ずっと」
「どうして、持たないのですか?」
「うーん、なんとなく、としか言いようがなくて…」


愛の魔法のグリモワール。
私はそれをあまり好きになることができなかった。


「…クローバー王国でもらったグリモワールは、裏表紙に三ツ葉のクローバーが刻まれた模様でしょう?ですが私のは、たった一つの葉しかなくて…」
「一つだけ…?そのようなのは初めて聞きますねぇ」
「最初見たとき、ハート王国のものかと思ってとてもびっくりしたのを覚えています」


あの時の衝撃は忘れられない。
もしかしたら自分はハート王国の人間だったのか、とお父様に泣きついた。
そして、これまた動揺したお父様は慌ててその場にユリウス様を呼び出し、なぜかユリウス様に、「どうなっているのだ!」と問い詰めていた。お門違いも甚だしかったけれど。


「ユリウス様に見せたら、一ツ葉のクローバーですよと言ってくださったんです」
「ンフフ…それは是非見て見たいですねぇ」
「いつでも見にきていいですよ!」


ユリウス様も見たことがないと言っていた一ツ葉。四ツ葉は珍しいとよく聞くけれど、ユリウス様で初めて見たと言うならば私が知る由もない。
なんにせよ、やはりハート王国のそれによく似ていたから、持ち歩くと言う意識はハナからなかった。
魔法も、自ら使いたいとは思わなかったし。


「**様は魔法は使われないのですか?」
「…はい、あまり使いたくないんです」


憂いを悟られまいと、いつものように笑ってみせた。
愛の魔法、なんて、響きは素敵だ。でも実態は、人の感情を知ることができる、というキレイなものではない。
使いこなしたいとも思わなかった。魔法で全てが決まるこの世界で、私は魔法を捨てた。


「ユリウス様からは、使いこなすようにと言われているのですがね」


どうしても嫌で。
そう重ねて言えば、視線をふと下げたポイゾット様。その時、ほんの一瞬だけ、不穏な感情が流れ込んだ。


「っ…?」


本当に一瞬だった。
次の瞬間にはいつもと変わらない空気が辺りを包んだ。

なんだったんだろう、そう眉を顰めたが、答えが出るはずもない。
気のせいか、自分にそう言い聞かせ、さっきと同じように口を緩めてポイゾット様に視線を向けた。

ポイゾット様は、まだ斜め下を向いていた。


「…もしかしたら、**様が知らないところで使っているかもしれませんよ」
「え…?」


淡々と告げられた言葉。
あまりに含んだ言い方に、動揺してしまう。笑っているはずなのに、声色が全くもって感情を宿していなかった。
思わず足を止めてポイゾット様を見つめた。

私たちに距離ができる。
私に遅れて足を止めたポイゾット様が、「どうかされました?」と普段と変わらない様子で私に声をかけた。


「あの、…それは一体どういう、」
「**様!」
「っ!?」


遠い後方からの大きな呼び声。
慌てて声の方向に体を向ければ、箒に跨った先ほど別れた護衛が大急ぎでこちらに向かっていた。


「**様、お話中申し訳ありません」
「だ、大丈夫です。それよりもどうかなさったのですか?」
「魔法帝が**様に、今すぐ騎士団本部地下に来ることはできないか、と仰られています。いかがいたしましょう」
「ユリウス様が?…わかりました、今すぐ向かいます」


正直、ホッとした。
なぜかさっき消えたはずの不穏な感情がまたじわじわと、今度はポイゾット様がいるところから、私に侵食していたところだったから。
ドク、ドク、と強く脈打つ心臓を悟られまいと、くるりと振り返って笑顔を見せた。
あれ、なんでだろうか。
急に、ポイゾット様が怖く感じた。


「…そういう事なので、申し訳ありませんがお先に失礼させていただきます」
「ンフフフ…魔法帝の呼び出しなら仕方がないですね。それでは、またグリモワールを見に部屋にお邪魔するかもしれませんが、その時はどうかよろしくお願いしますね」
「はい、お待ちしていますね」


うん、気のせいだ。きっと。
そういう時もあるんだろう。たまたま、今日は私のマナの調子が悪いからかもしれないし。

護衛の方が跨った箒に腰を下ろし、その背中に捕まった。
ニコニコとした笑顔で私を見送るポイゾット様。
心の中にわだかまりを残しつつ、その視線から逃げるように護衛の方を向いた。


「**様?」
「は、はい?」
「どうかなさりましたか?」
「…いいえ、そんな事ないですよ。」


嫌なことから目を背けて、考えないようにする癖は、まだ治っていなかった。



鳴り止まぬ循環
「…馬鹿な王女だ」



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