ミルククラウンの幸福


時刻は午後3時。

コンコン、と小刻みに鳴ったノック音。その音に「はい」と返事をすれば、「**です」と可愛らしいご機嫌そうな声がドアの向こうから響いた。


「**様…?」
「ごきげんよう、マルクス様。お忙しい時に申し訳ありません」


ドアを開けた先には、それはそれは可愛らしいエプロン姿の**様が。
珍しい客人に思わず目が点になった。


「大丈夫ですよ、それよりどうかしたのですか?」


なんてとぼけた様な質問をしてみた。
視線の先には、美味しそうな匂いを漂わせたクッキーがカゴいっぱいにあるというのに。
あぁ、もしや、と期待半分でその顔を覗けば、クスクスと笑って小さくカゴを持ち上げた。


「お仕事お疲れ様です、クッキーを焼いてみたのですが、おひとついかがですか?」
「一つだけですか?」
「ふふ、三つでも四つでもいくらでも」


ちょうど休憩を取ろうとしていたところで、紅茶を用意している。
その趣旨を告げれば、よかった、と嬉しそうに呟いた**様。


「良ければ中で紅茶を飲みなら休憩しませんか?」
「お邪魔してもいいのですか?」
「もちろんです。あまり綺麗とは言えませんが…」


ギィ…と中を開け、**様を誘導した。中は書類やらなんやらでごちゃごちゃとしているが、まぁ酷すぎるということはない。

**様を席に誘導し、準備していた紅茶にさらに二つのティーカップをテーブルに置いた。


「朝から作っていたのですか?」
「はい、今日は予定も何もなかったので」


プレーン、チョコ、紅茶、ゴマ、コーヒーにレーズンまで、軽く10種類以上あるクッキーがカゴいっぱいに詰められていた。
一体これほど作るまでどのくらい時間がかかったのだろうか。


「出来上がったのがちょうどさっきで…マルクスさんは紅茶をしているところかな?と思ってお茶受けにと持ってきちゃいました」
「…私が、一番ですか?」
「はいっ」


あぁ、ダメだ、純粋に嬉しすぎた。
楽しそうに目を細める**様があまりに可愛らしくて、気をつけていないと敬愛以上の気持ちを抱いてしまう。

ここに誰もいなかったら頭を抱えていただろう。それほどまでに、嬉しかった。


「…ありがとうございます、**様」
「どういたしまして。いつもお疲れのマルクス様へのささやかな恩返しです」


持参していたであろうトングで数個つまんではお皿に乗せていく**様。
どれにしようかな、なんて選んでいる様だが、目についたものは全て皿に乗せている。そんなお茶目なところもまた可愛らしい。


「最近お忙しそうですね…」
「この前の王都襲撃からいろいろなことがありましたからね」
「、そうですね…本当にお忙しそうで、」


困ったように笑いながら、ス…と視線を下げる**様。
長年仕えてきたからわかる。
また、何もできないと自分を責めている瞬間だ。


「…**様」
「はい?」


なのに、それを悟られまいとすぐに表情も声も明るくする。
なんて健気でやさしいんだろう。隠したところで、全て伝わって入るけれど。


「、食べましょうか」
「ふふ、はい。食べましょう」


たっぷりのミルクの中に、ちょうどよく蒸らされた紅茶を注いだ。コポコポと可愛らしい水音が響く。


「ダージリンで良かったですか?」
「マルクスさんの淹れる紅茶はどれでも好きです」
「勿体無いお言葉です」


差し出した紅茶と角砂糖。ありがとうございます、なんて王女らしからぬお礼を述べられ、ポト、と1つ角砂糖を沈ませた。

いつもは2つ入れるのに、珍しい。


「お一つでよろしいのですか?」
「う、…その、…この前シルヴァ家のお茶会に参加させてもらった時に…私だけストレートティーを飲めなくて…」


ストレートで飲めるように練習です、と小声で恥ずかしそうに言う**様。
かわいいなぁ、と思わず笑みがこぼれた。


「それでは一緒に練習しましょうか」
「はいっ」


それもまずは角砂糖を1つ減らすところから、と言うのがさらに可愛らしいと感じた。
かわいい、かわいい、という心の声が漏れたかのように、笑わないでください、なんて言われた。

多分にやけて相当気持ち悪い顔になっていただろう。


「それではいただきましょうか」
「ふふ、いただきますっ」
「いただきます」


プレーンと言っていたものを1つつまんで口に運んだ。
食感のいい程よい甘さのそれはなんとも舌が喜ばせる。
感想も出ないほどやさしく美味しいそれを1つ飲み込むまで何も言えなかった。


「マルクスさんのおいしいが、顔を見ているだけで伝わってきます」
「おいしいです、本当に」


仕事の休憩中に、王女と2人きりでテーブルを囲んで、焼きたての手作りクッキーと淹れたての紅茶を堪能できるだなんて。
なんて贅沢な。
仕事の休憩中に紅茶を飲んでいた自分に盛大な拍手を送りたい。


「!紅茶も、飲めます!」
「本当ですか?良かったです」


角砂糖1つでどれほど味が変わるかはわからないが、**様が嬉しそうならもうそれで全てが丸く収まる。

ニコニコと紅茶を堪能する**様。
生きてて良かった、とさえ思えるほどの可愛さだ。


「素敵な午後ですね、マルクス様」
「はい、いい1日になりそうです」


ミルククラウンの幸福



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