水葬のステラ・マリス


「今日は、何処へ行っていたのですか?」


にっこり。


口角はきっちりと上がっているけれど、目も細くなっているけれど、声も雰囲気も全くもって笑っていないマルクス様。

ぶわっと汗が噴き出した。おかしいな、今は夏のはずなのに、どうして寒いのだろうか。

ふよふよ、と視線をあちこちに泳がせた。できる限りマルクス様と視線を合わせないようにこっちも必死なのだ。


「護衛を一人としてつけず、ましてや風邪まで持って帰ってきたんです」


淡々と、かつニッコリと。
ちらりとその目を見た瞬間、ヒッ、と背筋が凍って息が詰まった。


ーーもう一度聞きます、黒の暴牛に遊びに行っていたのですか?


全然違う質問が来たっ、!しかもその通り過ぎるっ、!

えっとですね…、と返事をしようとしたけれど、声の代わりに飛び出たのは、情けない情けない、ハックシュン!のくしゃみだった。


「っ自分一人で外出してはいけないとあれほど言ったではありませんか!!」
「ひっ、一人じゃないです、!」
「黒の暴牛に行くたびにどうして怪我をしたり風邪をひいて帰ってくるのですか!!」
「ふふふふふ不可抗力です〜〜っ!!」


正座をしている足がジンジンとして来たが、今崩すわけにはいかない。いや、マルクス様の圧力のせいで崩せない。(自分で言うのも何だが、私を正座させることができるのはマルクス様だけだ。)

雷が落ちたように私にお説教を始めるマルクス様。怒ると結構怖い。ユリウス様よりはマシだけど、怒られ慣れていない私からしたらやっぱりものすごく怖い。


「平界に行っていたでしょう…!!」
「ば、場所は知りませんっ」
「大体あなたは王女としての自覚はおありですか!?」
「た、たまの息抜き〜…なんちゃって、」


プチッ

あ、何かが切れた。


「今日の夕食は抜きです」
「えっ、そ、そんな殺生な…っ」
「反省の意図が全く見られません。反省するまでご飯抜きです」
「反省してますっ、」
「ならば、今後一切無断で王宮を抜け出したりしませんね?」
「…………しません」
「ダウト」
「うっ、」


だって、と唇を尖らせてみた。
たまのワガママだって、いいじゃないか、なんて思ってるからきっと本当に反省していないんだと思う。


「大体、どうして黒の暴牛に行きたがるのです」
「だ、だって、楽しくて、ついですね、」
「あそこは王都から一番遠いから行くときは護衛をつけるようにとあれほど言ったではありませんか!!」
「で、でもっ、ヤミさんとかいましたしっ、」
「あの方が護衛をきちんとすると思っているのですか!?」


はい!
とは答えられなかった。しかも実際、団長クラスの護衛は誰一人としてつけずに平界の温泉に行ったから、さらに怒っているのだと思う。

基本私には、中級魔道士以上をお側につけるのが護衛の原則だから、実力があっても下級魔道士しかいないあのメンバーだと尚更だ。


「昔誘拐されかけた時のことをもうお忘れですか!?」
「お、覚えてますっ、」
「だったら、これからはいつでもどこでも護衛をつけてくださいね!!」


王宮内でも!!
と声を大にしていうマルクス様。

わかっている、彼が一番誘拐されたことを引きずっていることに。だからここまで心配してくださるんだ。

まだ若かったマルクス様に、あの事件はさぞ重かっただろう。


「……はい、」


なんにせよ、怒られちゃった。
しかもずっと護衛付き。

私だって、一人でのんびりお散歩とかしたいし、一人になりたい時とかもあるけど、それでも護衛の方がつく。
護衛の方が嫌なわけじゃない。ただ、一人にさせてほしい、と拗ねてしまうことだってあるのだ。


「はぁ………わかってませんね、きっと」
「うっ、」


ギク。

笑顔を浮かべようにも頬が引きつった。やれやれ、と言った感じで腰に手を当てるマルクス様。

もう何回も繰り返すうちに呆れてしまったのだろうか。
いや、そりゃ呆れてしまうのもむりはない。


「……そんな顔をさせたいわけではないんです」
「ふにゅっ、!」


むに、とほっぺたを両手で挟まれた。
頬が真ん中によってさぞ変な顔をしているだろう。
恐る恐る片膝をついているマルクス様に視線を向ければ、なんだかばつが悪そうな、眉を下げて笑っていた。


「できることなら、**様にはもっと自由に外に出てもらいたいのですが、今のご時世では難しいのです」


わかっていただけますか?

マルクス様は、私を納得させる天才だと思う。この方の言葉で私が納得しなかったことなんてわがままを除いてほとんどない。
どうしようもない敬愛の心が流れ込んでくるから、私としても納得せざるを得なくて。


「……はい、」


この方はわかっている。私がまた同じように王宮を抜け出すことを。
わかっていて、同じように怒るのだ。


いつか私が勝手に王宮を抜け出して、もし私がまた誘拐されたら、マルクス様は一番自分を責めるのだろう。


「マルクス様、…」
「はい、どうかしましたか?」
「……ただいまです、」


私が抜け出して帰ってから、他の誰よりも一番安堵の表情をするマルクス様。
ごめんなさいと、ありがとうを込めて、ただいまといった。

マルクス様は少し目を見開いて、頬の手を離して私の手を取った。


「おかえりなさい、**様」



水葬のステラ・マリス
「おや?**様、どこで風邪をもらって来たのですか?」
「ひっ、ユリウスさまっ…!?」
「ちょっとお話ししましょうか、**様」
「たたたた助けてくださいマルクス様っ、!」
「自業自得です」



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