滲み出した言ノ葉


「ウィリアム様?」
「!**様ですか、おはようございます」
「御機嫌よう、ウィリアム様。今日はどちらに?」
「フエゴレオンのお見舞いに行くところですよ」
「そうなんですか!実は私もそうなんですが、もしよければご一緒しても、?」
「もちろんです、**様」


子供達と一緒に摘んだたくさんのお花をまとめ、フエゴレオン様のところにお見舞いに行こうと弾んでいたとき、後ろ姿に見えたのはウィリアム様だった。


「綺麗な花ですね」
「はい!子供達と選びながら摘みました」


色とりどりに咲く季節の花をあれがいいこれがいいと外を駆け回って摘みあげた世界で一つだけの花束だ。
子供達が、お見舞いにあげてくださいとお願いした時は思わず涙が出そうになってしまった。


「フエゴレオンもきっと喜びますね」
「ふふ、そうならば嬉しい限りですね」


ギィ…と部屋の扉を開けてくださったので、ぺこりと一礼をしてから先に入らさせてもらった。
こちらにも聞こえてきそうな大きな寝息に、彼らしいと思わず笑みがこぼれた。


「今すぐにでも、起きてしまいそうですね」
「そうですね」


うんしょ、うんしょとすでにあった花瓶を取ろうと花束を片手に持ち直した時、すぐ横から伸びてきた手がそれをとった。


「こちらに水を入れたらいいですか?」
「わっ、ありがとうございます、はい、お願いします」


すぐそこにある蛇口へとか瓶の口を持って行き、きゅ、と蛇口が音を立てると同時に水が勢いよく注がれていく。

ウィリアム様はやはりお優しいなぁ、そんなことを思いながら再度蛇口が捻られるのを待った。


「どうぞ、**様」
「ありがとうございます」


差し出された花瓶に花をゆっくりと入れる。大きな花瓶だったから、私が持ってきたお花もやすやすと中に入ってくれた。


「よしっ、いい感じですっ」
「そうですね」


コト、とベッドサイドに花束を飾り、フエゴレオン様のお顔を見つめた。


「…本当に、眠っているようです…」


スル、と頬を撫でた。昔、彼が私によくしてくれる仕草だったが、時を得るごとにそれすらもなくなってしまったのが今では悲しく感じる。


「フエゴレオンの事です、きっと次に起きた時、もっと強くなるために力を蓄えているのでしょう」
「…ふふ、それもそうですね」
「だから**様、そのような憂いた顔はしないでください」
「えっ、?」


スル…と私がフエゴレオン様にしたのと同じように、ウィリアム様が私の頬を撫でた。太すぎない、綺麗な指が目尻を優しく抑える。


「あなたに、涙は似合いません」


その瞬間、ぽろ、と反対の目から雫が零れた。自分が泣いていたことにも気づかないなんて、と少し驚いたが、ウィリアム様が私の涙を拭えば拭うほど、不思議と涙が溢れてきた。


「っ、あれ、わっ、わたし、…っ」
「いけません、**様、そんなに擦っては目が傷つきます」


なんで涙なんて、と思っていても、心の中の憂いの存在には気づいてた。気づいて、隠していたのに。ここにきて溢れ出てしまうとは。

涙を止めようとゴシゴシと目を拭ったら、その手をウィリアム様がゆっくりととった。
優しすぎる手つきでわたしの涙を拭うものだから、その手に甘えてしまいそうになってまた涙が落ちる。


「何か、悩みでもあるのですか?」
「い、いえ、そんなのは…」
「こんなに悲しい涙を流されているのに…?」
「ちがっ、違うんです、これは、その…」
「**様」


ちゅ。

可愛らしいリップ音とともに、額に柔らかい感触が。

ゆっくり離れていったウィリアム様を見て、キスをされたと知るのに時間はかからなかった。


「〜〜っ、ウィリアム様、えっ、い、いまっ、!?」
「**様、心の内をお聞かせください。私は、あなたの支えになりたいのです」


額に、キスを、されたっ、。

なのに、ウィリアム様は、いたって普通、。
こんなに焦っている、私が変なのでしょうか、でも、いや、でも、キスなんて、初めてされてっ、


「涙が、止まりましたね」
「っあ、…」


顔に熱がこもる。
私だけが焦って、ウィリアム様はいたっていつもと変わらない口調だ。
額へのキスに、そんなに意味はないのかも、しれない…。

どき、どきと高鳴る心臓。
でもウィリアム様はいつも通りだから、私もいつも通りにならないと、と小さく深呼吸をした。


「ふぅ…」
「落ち着きましたか?」
「ーーっ、ウィリアム様のせいですよ…」
「ふふ、それは失礼しました」


ぎゅう、と手を握り締めた。

王都襲撃事件があってから、ずっと考えていたことがある。


「彼ら…白夜の魔眼の方々が、…この国を恨んでいる、そう聞きました」
「……」
「確かにこの国は、王族貴族が差別をしている場面を見かけることもあります。それでも私は、この国の綺麗なところしか知りません」


この国を恨んでいるということは、きっと過去に、私が知らないうちに、この国が彼らに何かをしたのかもしれない。

復讐心にかられてしまうほどの、何かを。


「…私は、王女であるのに、…この国のことを何も知らないのだと思って…」


綺麗なところしかないと決めつけ、暗い何かがあるだなんて思いもしなかった。けれど、きっとそうでない。
この国には、知るべきことがまだたくさんある。


「もし、全てを知っていたら、…いや、少しでも何か知っていれば、このようなことが起こらずに済んだのではないかと、思いました」
「、**様…」


起こったことは仕方がない。もう取り返しのつかないことだから。
私がたらればを並べたところで、フエゴレオン様が目を覚ますとは限らない。


「…なんて、守ってもらうだけの私では、何もできないのでしょうけど…」
「そんなこと、ありません」


あまりに凛と強く返ってきた言葉。
パッとウィリアム様に目を向ければ、彼は片膝をついて、私の手を取った。


「あなたが、誰かを思いやり、言葉をかけてくださるから、私たちはあなたを心から守ろうとできるのです」
「ーー…言葉だけでは、なにも、…」
「あなたの言葉は、私たちの力になる。私は、**様とユリウス様以上に、敬愛し、忠誠を誓った方は他にはおりません。」


この方の、ユリウス様への尊敬はずっと感じてきた。どれほど彼に救われたのか、私は知っている。
そんなユリウス様と、同じだなんて。


「ウィリアム様…」
「焦らなくても良いのです、**様。あなたは、心の強い方だ。きっと、この国を平和に導けます」


私が、あなたの道をお守りします。

そう言って、ウィリアム様が私の指先に唇を落とした。その仕草だけで、また顔に熱がこもったが、ウィリアム様の言葉があまりに心を優しく包み込んだから、また涙が零れそうになった。


「…ありがとうございます、ウィリアム様、」
「**様、顔、真っ赤ですよ」
「っ、もう、そんなことないですっ、」


なんて私は恵まれたのだろうか。こんなに心強いものはない。
ぎゅ、と彼の手をわずかに握り締めたら、同じように優しく握り締められた。

大丈夫、私はまだ、前に進める。



滲み出した言ノ葉
『あなたがこの傷を憎むなら、わたしがあなたのこの傷ごと全てを愛します』

あの日の言葉が、どれほど心を救ってくれたか



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