夜色を編む


ふあー、…


「**様、眠そうですね」
「えへへ…子どもたちはかなり元気ですから…」


子どもの体力は底なしだ。おにごっこにかくれんぼにおままごとに花の冠つくり。この短時間でよくここまで遊び尽くせたと思う。


「今日の夜は何かありましたっけー…」
「ノゼル様の魔法理学のお勉強があります」
「………っ忘れてたっ、!?」


わーわーっ、どどどどうしよう、っ!えっとえっと、宿題は終わってるし今回テストは…ないですね、予習は…昨日終わらせて、

……あ、大丈夫、かもしれないです。


「昨日の私、よく頑張ってくれました…」
「時間まで、少し休まれますか?」
「そうします。ノゼル様の授業で寝てしまうだなんてとんでもないですからね」
「お食事は授業後にしますか?」
「うーん、軽くつまめるものだけでいいです、あまりお腹が空いてなくて…」
「かしこまりました。料理長に伝えておきます」


それぞれ月に2回、ノゼル様とフエゴレオン様、ウィリアム様、シャーロット様が直々に私に講義をしてくださる。
とてもお忙しいはずなのに、とお父様に抗議したら、赤の他人など言語道断と言って聞かなかった。

ぼふっ、とベッドに沈み込む。
自室は、あまり好きではない。広すぎる。贅沢な悩みであるのは自覚しているけれど、ひとりぼっちを意識させられるこの空間がどうも好きになれない。
とはいえ、今日1日で溜まった疲れから睡魔はすぐに襲ってくる。次第にうとうとと瞼が重くなり、あとはそのまま目を閉じた。



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ノックをしても返事がなかったため申し訳ないが部屋に入らせてもらった。そこにはベッドに沈む、**様の姿が。

今日はあのようなことがあったから、**様も疲れていたのだろう。しかし時間は時間だ。起こそうと、ベッドに近づきその顔を覗き込んだ。


「………なぜ、泣いておられるのです」


閉じられた瞳からは涙がこぼれ落ちていた。布団に沈んでいくそれを止めようと指先で拭う。

それに起きたのか、うっすらと目が開き其の手を見つめる**様。


「おはようございます、**さ「フエゴレオン、さま……」


のっそりと動いた手が、私の手を掴んで、手繰り寄せるようにそこに唇を這わせた。柔らかい唇が手に触れた途端、ぞく、と背中に何かが走ると同時に、心臓が急に燃えるように熱を持つ。

この涙は、奴を思ってなのか。


「……**様、」
「んー、…スー…スー……」
「………」
「ッふべっ、!?」


空いていた片手で両頬を掴むように挟み込めば、変な声を出して目をパッと開ける**様。恐る恐ると言ったように視線を私に向ければ、数秒固まった後に勢いよく上体を起こした。


「おはようございます、**様」
「〜〜っ、ノゼル様ッ!?わっ、え、えっ、いいいいいまっ、いま何時ですかッ!?」
「20時5分です」
「もももももうしわけありませんっ、!私寝てて…ッ!すぐに用意しま……っわ、」


勢いよくベッドから立ち上がった**様。しかしその瞬間、ふらりとその上体が傾く。

反射的にその身を抱きしめるように支えた。まだ頭が働いていない**様は、私の服を握りしめたままされるがままにベッドに座った。


「急に立つと立ちくらみを起こすとあれほど言ったではありませんか」
「も、申し訳ありません…」


華奢な体。少し力を入れてしまえば折れてしまいそうだ。
そっとその身を離して地面に跪いた。申し訳なさそうに私を見つめる**様が、小さく口を開いた。


「申し訳ありません、その、疲れたので授業まで寝ておこうと…」
「子どもたちと遊んでいたみたいですね」
「はい、子供の体力についていくのに精一杯で…」


手を差し伸べ、ゆっくりと立ち上がらせる。ありがとうございます、という小さな声にお辞儀で返事をした。どこまでも丁寧なお方だ。国王だったらこうはいかない。


「えっと、ファイルは…」
「こちらですか?」
「あっ、そうです。ありがとうございます」


誰に対しても丁寧な態度を崩さないそんな完璧な彼女が最初は偽善者だと内心蔑んでいたが、実は誰よりも人間らしく王女なりの葛藤をしていたと気づいた。

素直に守られればいいものを、と何度言ったところで、彼女はそれをよしとはしなかった。


「…324ページから始めます」
「はい。今日もよろしくお願いします」


運命との抗い方を探し続ける**様が哀れだと思いつつも、なぜか目を離せない。
彼女は、人の心を掴んで離さない。魔法の有無に関係せずに。


「ノゼル様、この理論値の使い方なのですが、こちらの式に当てはめようにもなかなかうまくいかなくて…」
「…それはここを分解して使用するのです」
「どうするのですか?」
「この値を………」


ここまで勉強熱心な王族はいない。みな魔法を極めることに努力を尽くしているが、**様は魔法をコントロールする力を身につけることはしなかった。

その代わりの、勉学らしい。


「なるほど!わかりました!」
「では同じように解いていってください」
「はいっ」


笑顔を絶やさない彼女だ。フエゴレオンのことで泣いていた先程からは想像もできない。
きっといつもいろんな感情や運命と戦い、勝つことも負けることもなく全て受け入れ、抱え込んでいるのだろう。

なんて哀れで脆く、それでいて強いのだ。


「解けました!ノゼル様!」
「……よく、できました」


ぽん、と思わずその頭に手を置いてしまった。
少し驚いた表情をしていたが、出した手を引っ込めるわけにもいかずそのままになんとなく頭を撫でた。


「…ふふ、」
「…なんですかその顔は」
「撫でられるの、好きなんです、わたし」
「……そうですか」
「っあ、もうちょっとだけ、」
「……次の問題が解けて、……わたしの気が向いたら、撫でてあげます」
「!」


そんな必死に自分と戦う王女の憂いた表情は見たくない。
だからフエゴレオン、さっさと目覚めて、彼女の前に姿を見せろ。いつまでも、王女を悲しませるな。



夜色を編む
(ノゼル様…っ、問題が難しすぎて解けません…っ!)
(……頑張ってください)


撫でるのが恥ずかしいのは内緒



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