涙は解れてもういない


バンッッ!!

勢いよくドアが開いたかと思えば、ドアの前には汗を流した**様が立っていた。

荒い息もそのまま、彼女は迷いなくベッドに寝転ぶフエゴレオンへと駆け寄った。

彼女の、悲壮な感情が流れ込んでくる。


「どうして…どうしてあなたが…っ!」
「**様…」


両膝をつき、フエゴレオンの腕に手を添えて美しすぎる涙を流す**様。
まるで最愛の人を失ったかのような姿で、彼女の涙が溢れる度に、彼女の悲しみや苦しさ、無力感、痛み…他にも表せられない苦悩が溢れ出ている。


そんな**様に近づき、側で膝をついた。ぽん、ぽん、とゆっくりと背中を叩きながら、彼女が落ち着くのを待った。


「…ユリウス様、」
「大丈夫ですか、**様」
「っなんで、!」


フエゴレオンを離した片方の手が、私の服を掴んだ。ぎゅう、と力強く握り締められた服がわずかにしわを寄せる。

**様は、わずかに開いた口を、すぐに閉じた。でも彼女のマナがなんとなく彼女の言いたいことを教えてくれる。


『なんで、あなたがいなかったのですか』


これはほんの少しの憤怒だ。でも、それを自責の念が覆っていく。体を震わせ、涙をこぼし、悲しみや怒りでぐちゃぐちゃになった表情。そんな彼女の感情の矛先は、いつも自分に向いていた。


「…私に、回復魔法が、使えたら、なんて……そんな考えは無意味なのはわかっているんです」
「……**様、」
「国王でもなんでもない、ただ守られるだけの私が、何かできたなんて思いません、……」
「………」


混ざり合っている感情なのに、いつも彼女はその感情も含めて全てが美しかった。
誰かを慈しむことができる、国の王女である彼女が、自分の地位におごることなく、むしろ自分の地位を恨んでいる。

人の心を救う彼女の愛は、彼女を救おうとはしない。


「私は、…どうしてこんな、無力なのでしょうか」


昔よりは、自分を大切にしようとしている。
それでも、まだまだ彼女は自分を自分で傷つける。見えないナイフで、何度もなんども。

彼女が救われることなんて、あるのだろうか。


「顔をお上げください、**様」
「……申し訳ありません、服が、」
「気にしないでください。……大丈夫ですよ、フエゴレオンなら」
「……はい、…」


彼女はいつも心で戦っている。
ほんとうに、王妃様によく似ている。


「あの熱血男がこんな簡単に死ぬはずはありません。信じましょう、獅子王が目覚めるのを」
「…っ、はい、!」


クル、と再びフエゴレオンに向き合った**様は、自身の額を彼の胸にトン、と乗せた。
彼の手を離さないまま、優しく微笑んだのだ。


「待っていますね、フエゴレオン様。だから、今は少し、おやすみなさい…」


そう言って、ゆっくりと立ち上がった**様は、凛と前を向いた。
悲しみを抱え込んで、必死に強く前を立とうとする彼女は、なんと美しく、儚いことか。


「私も、信じます。彼が目覚めることを」


これだから、彼女からは目が離せない。強く生きようと必死に自分と戦う、儚くて脆くて美しい彼女から。


「はい、信じましょう」


部屋中の**様のマナが、一気に明るくなる。彼女の、マナを操れる力が、故意にできるようになれば、彼女は一体どうするのだろうか。

彼女が人の心を操ることができる力を手に入れた時、彼女は、何を願うのだろうか。


(愛、の魔法か……、)


なんと彼女に似合って、それでいて彼女にふさわしくない魔法属性なんだ。


(運命とは、時に味方し、時に残酷すぎる)


彼女の魔法が吉と出るか、凶と出るか。


「失礼します、**様、今よろしいでしょうか?」
「はい!どうかしましたか?」
「実は、子供たちから、**様へ、と…」
「え?」


入ってきた護衛の一人が抱えているのはカゴいっぱいに入った花やお菓子、手紙や人形が入っていた。


「これは…」
「その、…**様が悲しんでいるから、と子供たちがたった今集めてきたもののようで…」


彼女のマナは、王都くらいならすっぽりと覆ってしまう。きっとさっきの悲壮を含んだマナが溢れ出てしまったのだろう。
**様が王都の人々の感情を汲み取れると同じように、王都の人々も、**様の感情を知ることができる。


「こんなにたくさん…お礼をしに行かなければなりませんね」
「子供達が、**様は僕達が守ります、と声高々に言っていましたよ」
「ふふ、とても頼もしいですね。ユリウス様!あの、外に出ても…?」
「大丈夫ですよ、**様。お気をつけて、行ってらっしゃい」


カゴを護衛から受け取った**様が、にこりと微笑んだ。「ありがとうございます、行ってきます」そう言ってドレスを揺らして護衛とともに部屋を去っていった。

パタン、と閉じるドア。
ふぅ、と息をついたマルクスも、ゆるゆると笑っていた。


「彼女は、ほんとうに国王に相応しい器の持ち主ですね」
「…そうだね」


きっとそう言ったら、当の本人はいやいや私なんて、と言うのだろうけど。



涙は解れてもういない
(**さまーっ!)
(**さま、もう元気?)
(うん、みんなのおかげよ)
(あそぼ!**さま!)
(ええ、もちろん、いっしょに遊びましょう)



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