「梅雨ちゃん、授業の予習したー?」
「ええ。透ちゃんはした、っわ、」
「ひゃっ、ごめんなさいっ…!」
透ちゃんと食堂の帰り道、とんっ、と肩がぶつかってはバサバサと落ちたノートたち。あちゃー、と声をあげたのは透ちゃん。しかしそれ以上に気になったのは謎の幸福感が体を包んだこと。
「大丈夫よ、こちらこそごめんなさい。怪我は?」
「な、ないですっ!ありがとうございます!」
落ちたノートを拾っていると、透ちゃんがスススと移動してはぶつかった女の子にぴったりと張り付いた。「うわっ、」と驚く女の子に透ちゃんが一言。
「………なんかめっちゃ気持ちいい!」
目をパチクリとさせた女の子はその次には穏やかに微笑んだ。優しい笑顔はよく似合っている。
「たぶん、私の個性かもしれないです」
「あなたの個性?どんな個性なの?」
「マイナスイオンなんですが…一応癒しの効果もあるんです」
「はい」とノートを手渡せば、今も心地いいけれど触れたほうが心地よさがさらに伝わってきた。ケロ、と思わず頬が緩む。なるほど、これは癒し効果だわ。
「うわ〜っ、なんかすっごい気持ちいい!やばい!」
「本当ですか?うれしいです」
シルエット的に抱き締められているようだけど、特に動じない女の子。ハグされるのに慣れているらしい、ノートを器用に抱えては変わらず微笑んでいる。
「私もいいかしら?」
「はい、どうぞ」
それからあまりに葉隠さんが楽しそうな声をしているものだから、ついつい私も便乗したくなった。さほど変わらない身長の女の子に近づきその身に触れれば、なんとも言えない心地よさが体を包む。
「ケロ…確かに気持ちいいわね」
「お持ち帰りしたい!ほんとやばい!」
「わわわわっ、!」
ぐらりと女の子の体勢が傾く。慌てて元に戻そうと引っ張れば、ばさりと落ちる一枚のノート。
「透ちゃん、そんなに強く抱きしめたらびっくりしちゃうわよ」
「えっへへー、ごめんごめん」
「わ、ノート…っ!」
開かれたページには、眠っていたことを証明する細々としたガタガタのシャー芯の跡と、隅っこに描かれた可愛らしい蛙のイラストが。個性のこともあってか、蛙によく視線が写ってしまうから思わずじっとそれを見つめてしまった。
「あ、あの…そんなに見られると、恥ずかしいといいますか…」
「ごめんなさいね、あなたのノートだったの?」
はい、とノートの上に重ねれば、恥ずかしそうにお礼を言ってはにかむ女の子。ノートの表紙には「数学 1年C組 ****」と書かれていた。そしてその隅っこにはかわいいニワトリのイラストが。
動物のチョイスがなんとも絶妙でこれまた可愛らしい。
「ありがとうございます。つい描いちゃうんですよね」
「C組の**さんって言うの?」
「はい、お二人は…?」
「私たちA組なの」
「えっ、ひっ、ヒーロー科…っ!?」
その途端、**さんの目がキラキラと輝いた。うわぁ、すごいなぁ、とまるで芸能人でも見るかのような視線だ。なんだか癒し効果が強くなったように思える。すごくかわいい。
「ねぇ、お友達になろうよ!」
「い、いいんですか、?」
「いいっていいって〜!また**さんに会いたいし!」
「ヒーロー科のお友達…!すごくうれしいです!」
きゃっきゃとはしゃぐ**さんに頬が緩んだのを感じた。「**と呼んでください」と嬉しそうに言う彼女に透ちゃんがふふふと笑った。
「私も透でいいよー!あとタメでおっけ!」
「梅雨ちゃんって呼んで」
「透ちゃんに梅雨ちゃん…!うわぁ、感激だなぁ…。私、ヒーロー科の友達って初めて!」
「ホントー?じゃあ一番乗りだね!」
「クラスに来てくれたらまたいつでも紹介するわ」
「本当?うれしい!」
多分今までで一番癒し効果が強いように思える。感情でマイナスイオンの効果が左右されるのかもしれない。
彼女らしい個性とその性質に、私の精神も穏やかになるのがわかる。
「あ、私そろそろ先生のところに行かなくちゃ…」
「あ、ごめんごめん、引き止めちゃった」
「ううん、お話しできてすごくうれしかったよ」
「またお話ししましょう」
「うん!約束!」
「またね、梅雨ちゃん、透ちゃん!」、そう言って花が咲いたような笑顔を私たちに向けた後、くるりとスカートを翻して小走りでその場を去っていった。
途端に消え去るマイナスイオン。少し寂しいような気持ちもあるけど、それでも知り合えたことは大きな進歩だと思う。
「あぁ〜〜癒しがぁぁぁ〜」
「また会えるわよ、きっと」
「そうだねぇ〜」
姿は見えないけど項垂れてるであろう透ちゃんにいきましょうと声を掛ければ、次の瞬間には「はーい!」と元気な声が帰って来た。
なんたって次はヒーロー基礎学。くよくよなんてしてはいられないものね。
梅雨前線はゆっくりとおる。「梅雨ちゃんと、透ちゃん、か…」
「**ー、何ニヤついてんだ〜」