それは、突然やって来た悪だった。


「一塊になって動くな!!」


いきなり叫んだ相澤先生。悍ましい殺気を感じ取って視線を向ければ、黒い靄がUSJ内に漂っていた。そこから出て来たのは、素人目でも異質だと判断できる人間だった。


「何だアリャ!? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

「動くな!あれは……ヴィランだ!!」

「ヴィラン…っ!?」


ピリ…と肌を突き刺す殺気。みんなが息を飲んだのがわかる。もちろん、私も。
それと同時にズキズキと頭が痛む。昔の記憶を呼び起こすまいと、血液が沸騰しているように熱くなる。


「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが…」

「オールマイト…?」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて…」


最近になってようやく言い慣れて来たある人物の名前に目つきが鋭くなっていくのがわかった。それと共に、一人静かに「ダイヤモンド」と呟く。その瞬間、髪の毛一本も違わずに光り輝くそれに変化した。
誰かが、それを見て綺麗だとため息をついているのが聞こえる。


「…上鳴、外との通信試しとけ」

「う、ウィッス!」

「…それから宝石、個性は解け。お前のは目立つ」

「アイツら、オールマイトが狙いです」

「んなもんわかってる。だがお前も十分狙われる可能性が高い、早くしろ」


子供を殺せば来るのかな?

そんな戯けたように笑うヴィランに、手から宝石の大鎌が形成されていく。無数の輝きを放つそれに、ヴィランの水色頭が顔を上げた。


「オールマイト狙いのやつが、私を狙わないわけないよね」


かなり遠くにいるが、視界の下にいるヴィランの一人と目があった気がした。顔に手を引っ付けてる気持ち悪いやつだ。たぶん、リーダー格の。


「あ、いたいた」

「ほぉ、あれが噂の宝石少女ですか」

「あれがいれば、生涯金に困ることないからね」

「捕らえましょうか」

「傷つけないように、な」

「ぶった斬る」

「チッ…おいお前ら、そこで動くなよ」

「イレイザーヘッド…っ」

「13号、生徒を頼む」

「は、はい…!」

「飯田、宝石を連れて応援呼んで来い」

「は、?」

「そんな、クラスメイトをおいてここを去るなんて、」

「待って、アイツら私狙いでしょ」

「なら尚更お前をここに居させる理由がないだろ。先に逃げろ」

「私が行ったら、確実についてくる。そうしたら私と飯田くんだけじゃ抑えきれない」

「飯田の速さなら大丈夫だ、逃げ切れる。お前だってそうだろ」


頼むぞ、飯田。
そんな言葉を残して階段を駆け下りて行った先生。呆然とする私たちに、先生はヴィランに立ち向かった。その光景が、昔私が捕まった時のクラスメイトによく似ている。


「っ、行くぞ宝石くん!!」

「ま、待って飯田くん…!」


何かを覚悟したように勢いよく飯田くんに腕を引かれた。その突如、あたりを黒い靄が覆っては視界を奪われる。


「させませんよ」


飯田くんが個性を発動させる直前、みんなの叫び声とともに丁寧な口調の落ち着いた声が耳に響いた。


「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴、オールマイトに、…」


飯田くんの腕を振りほどいて、ダイヤモンドの大鎌をこれでもかと振り上げた。完全に捉えたかと思ったその体はまるで霧のように何も切ることはなかった。


「息絶えて頂きたいと思ってのことでして」


私の方を振り返ったモヤが、ニヤリと笑ったような気がした。なにが、オールマイトを殺すだ。そんなこと私が許すとでも思っての発言なのだろうか。
そもそも、お前らなんかにあのバカは殺せない。


「宝石くん!!」

「だれが、オールマイトを殺すって?」

「…そうそう、もう一つ要件です。血の気の多い宝石少女を捉えて軍資金をと、思いましてね」

「その前に!俺達にやられることは考えてなかったか!?」


ドン…ッ
耳を塞ぎたくなるような爆発音は、爆豪くんだろうか。切島くんと二人してモヤに攻撃を仕掛けるも、それは私と同じように空を切って終わってしまった。

大鎌を手のひらで吸収して形を変える。ダイヤモンドを武士のような刀に変化させてはまっすぐモヤに向かって構えた。大鎌はただの威嚇に過ぎない。


「私が狙いでしょ?ヴィラン」

「…まさか、貴女から迎えてくださるとは。」

「他の生徒には手を出すな」

「それは難しいお願いですね」

「ダメだどきなさい!三人とも!」


ヒーロー13号が指先のコスチュームを解いて構えた。しかしそれを見計らっていたかのように、モヤが辺りを闇で覆った。しまったと思った時には全てが手遅れだった。


──散らして、嬲り、殺す


その瞬間、浮遊感に襲われて思わず刀を手放した。みんなが各々に叫ぶ中、モヤが私をまっすぐ見つめてまた嘲笑うようにこう言った。


「貴女は、特等席ですよ」


その言葉を最後に、私の視界は完全に黒となった。



:
:



次に目を開けた時は、目の前で化け物が私を凝視している光景だった。


「っひ、!」

「あ、オヒメサマのログインだ」

「ヴィラン…ッ!!」


すぐさまダイヤで二本の短剣を生成しては手のひらで握りしめた。水色の髪色のヴィランはその気持ち悪い表情で私を嘲笑っては、黒の化け物に人差し指で指した。


「脳無、分身だ」

「逃げろ宝石!!」

「っせんせ、!」


脳無と呼ばれた化け物に押しつぶされるように相澤先生が地面に伏していた。私が立ち尽くしている場所も含め、辺りには相澤先生のものと思われる真っ赤な血液が所々に散らばっている。

水色に指示された脳無が残像を作ったかのように分裂した。まさか、分身と言っていたが、そんなことが可能なのか、そういう個性の持ち主なのか。

増えた方の脳無が私をギョロリとデカイ目で見つめてきた。見た目の気持ち悪さから吐き気を催すが、そうこう言っている場合ではない。


「その女を捕まえろ。殺すなよ」

「ッ、だれがお前らなんかに…!!」

「ほら、余所見すんなって、じゃないとすぐ捕まるぜ?」

「っ、チッ…!」

「その先生みたいに、な」


飛びかかってきた脳無を間一髪ジャンプして避ける。宝石になってる今が一番質量的なことで身軽だから、十数メートルほど飛び上がっては脳無とやらの背後に着地した。


「無駄だ」

「はや、ッ」


しかし着地と同時にまた脳無が襲ってくるから呼吸を整える暇すらない。それどころかどんなに体勢が崩れていてもすぐに襲ってくる。


「鬼ごっこ、スタートだ」

「宝石!逃げろ!!」

「〜〜ッ、くそ、!」


カラン…ッ
手すりに足をかければ、宝石と金属がぶつかって甲高い音を鳴らした。
近くにある手すりや建物を利用して縦横無尽にUSJ内を駆け巡り、スピードのある脳無をギリギリのところで避けまくる。

カラン、キン…と鋭い音が響いた後すぐに、脳無が着地をする度に地面を抉るから鈍い音が響く。
ギリギリの攻防の中、私の焦りは積もりに積もっていく。


(っこいつ、まだ本気じゃない…!!)

「へぇ、速いんだ、宝石少女ってのは」

「っきゃ、!」

「まだ速くなるかな?」


ガラス張りの天井から足を離した瞬間、そこらにヒビを作りながら後数センチというところまで迫られる。
慌てて宝石の壁を作ってみたが、さも気にしないようにそれを丸々水難エリアに放り込まれた。


「宝石さん!!こっちだ!!」

「っみどりやくん、!」


バチバチ、とオールマイトのように力を貯める緑谷くんに近づいた。私の後ろをぴったりマークする脳無が恐ろしくて仕方ない。
助けてほしい一心で駆け寄ったが、通りすがりに水色が軽快な口調で私に聞こえるように脳無にこう告げた。


「脳無、宝石以外の邪魔するやつは、殺せ」

「ッ……!」

「宝石さん!?」


緑谷くんの直前で方向を変え、後を追ってくる脳無に真正面から向き合った。これ以上私の後ろには行かせられない。緑谷くん以外にも、梅雨ちゃんや峰田くんがいるから。


「宝石!やめろ!!」

「捕まえろ、脳無」


先生の声をぼんやりと聞きつつ、地面を這うように宝石を広げ、そのまま飛び込んでくる脳無を宝石ごと覆った。


キン…ッ

ありったけの宝石を纏わせ、脳無をそれで覆った。自分も巻き込まれるように下半身だけ宝石に捕まったが、それでも結晶化する事で脳無の動きを完全に止めた。

光り輝く石の中でピクリとも動かない脳無を見て、ようやくほっと息をつく。


「捕獲、完了。」


足先の温度が感じられない。一度に宝石を使いすぎたからわずかに結晶化してしまったようだ。
無理やり下半身にまとわりつく宝石を引き剥がして人化すれば、戻りきれていない足先がガチガチと震えた。
当分はこのまま人の形でいたい、けど。


「まさか、そんな、嘘だろ…脳無が、宝石に、」

「っ、宝石さん…!!」


駆け寄ってくる緑谷くんに笑みを見せつつ、大丈夫だよ、と一声かけた。本当は、ハイリスクハイリターンのまるごと宝石漬けはあまりしたくないけど、状況が状況じゃ仕方ない。


「なんでこんなことしたの?!」

「ごめん、でもこれで一匹捕らえた」


じんわりと戻って行く足先の感覚にほっとする。結晶化の恐怖を知っている分、もう時間に取り残されないように必死になってしまう。
心配そうにわたしを見つめる緑谷くんに、もう一度大丈夫と伝えた。納得していなさそうな顔だけど。


「まぁ、いいや、分身だし…あと30秒で消える運命だからな…」


それよりも、

また水色と目が合った。こっちに来る。


「緑谷くん、ちょっと離れててもらえる?」

「何か、するつもり?」

「近くにいたら、服が溶けるよ」


カルカンサイト。
奴が触れなければ発動できない個性なら、触れたら手がただれてしまう個性で対応しようじゃないか。


喪失を宿す青



prev - next






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -