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「とりあえず、今日からこのクラスの一員になる宝石少女だ」
「学校の七不思議やってました、宝石少女です」
えぇ…とドン引くような声が上がった。まぁ仕方がないといえば、仕方がないけれど。
幸か不幸か、このクラスにしか私の結晶化から人間に変わる姿は見られてないし、轟の息子もいるから私から志願した。轟ジュニアを見ていないと、私のあの時の気持ちがぶり返してしまうから。
(…それにしても席、ちか。)
窓側の一番後ろに用意されている席に向かった。ポニーテールちゃんの後ろの席で、そして轟ジュニアの斜め後ろ。
なんの因縁か、とため息をついた。そう言えば、私とアイツも席が近かった。
「よろしくね、ポニーテールちゃん」
「よろしくお願いします!わたくし、八百万百と申しますの!」
「モモちゃん?かわいい名前ね、よろしく。私は少女」
あぁ、若いなぁ。
生きてる年数は同じだけど、私の方が生まれは30歳年上だからこのピチピチガールが可愛くて仕方ない。
少女さんって呼びます!と元気よくお嬢様感満載で答えられ、うんうんと頷いた。
イレイザーヘッドの「静かにしろ」の言葉で会話は終了したが、いかんせん新しい場所に飛び込むのは緊張からかハイになる。
(あの人でも、私より15歳年下なのか)
不思議な経験だ。まさか15歳も年下が担任で、同期の息子が同級生。
(……なにも、進んでなかったんだ、わたし)
八木たちにとっては30年も前のことだけど、私からすれば昨日のことだ。クソみたいなヒーローに宝石を飲まされて、あんなに苦しんで、寝て、起きただけ。
あの日の苦しみなんて昨日のことのように鮮明に覚えているし、正直言って恐怖はまだ収まってない。
でもそれ以上にそんな恐怖をぶっ飛ばすような出来事があったからなんとかやってってるわけで。
「じゃあこの問いを…早速だ、記念にやってみろ、宝石」
「………………なんですか、その問題は」
ナイーブ思考が黒板に攫われる。見たこともない公式がツラツラと並べられ、思わず顔が引きつった。
30年のブランクはなかなか大きいようだ。
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かなりヤバイ状況である。
「どうしよう…オールマイト…」
「そ、それは私にはどうにもできないなぁ…」
カリキュラムが全然違う。多分小学校からの授業内容が全く違うんだと思うけど、それが高校まで積み重なってしまって今日の授業内容が全くもってわからない。
仮眠室の机にもたれかかった。知らない公式がツラツラ並んでて本当にやばい。
ここに入ったからそこそこ勉強はできる方だが今の子たちはもはや化け物である。
ジェネレーションギャップは大きかった。
「難しいとは思うけど、私も教えれるところは教えるから、ね?」
「オールマイト、今の子たちが習ってる数学とか化学とか理解できるの?」
「……………………」
返答がないということは、そういうことなんだろう。
「先生、しっかり」
「ま、まぁ、少しずつ追いついて行けばいいと思うよっ、」
「補習はいや」
よいしょっ、と膝に手をついて立ち上がってはぐっと背伸びをした。「どこに行くんだい?」とえらく大人っぽくなった声にただ一言、「首席のとこに行く」と返した。
「首席の…?」
「うん。先生の時間もらうのはあれだし、首席の子に勉強教えてもらうのが一番効率いいからいってくる」
「……君は本当に変わらないね」
「、寝てただけだしね」
じゃあ行ってくる、とオールマイトに声をかけて仮眠室を後にした。ばたん、と扉が閉まったのを確認してから一息つく。
本当に、頭がついていきそうにない。
勉強だけじゃない。急激すぎる環境の変化が対応するのがもはや不可能に近いレベルだ。朝起きてもやっぱり夢じゃなかった。無駄に広いベッドを借りて、やたら豪華な朝食を食べて、それから今に至る。
怒涛のようにすぎる状況に、置いていかれてばかりだ。
(しっかりしなきゃ、)
不本意にも救われた命だ。生きると決めたからには、生き抜かないと。
「……成績トップって、誰だろ」
まずはクラスメイトとの交流を深めないと、ね。
:
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ピコンッ!
昨日オールマイトに買ってもらったスマホが画面を点灯させた。時刻は夜の1時前。こんな遅くに誰だろう、と机から離れて画面を覗けば、そこには知らないアドレスが表示されていた。
(誰だろ、えーっと…enjiba-0808@、…えんじばー、…)
「…え?うそ、轟?」
元クラスメイトでライバルで私の初恋の人、轟の誕生日は8月8日で、名前はもれなく『炎司』だ。しかも彼のヒーロー名は『エンデヴァー』。これは炎司とエンデヴァーをかけて『エンジバー』にしているのだろうか。だとしたらめちゃくちゃダサいメールアドレスだ。
うそでしょ、と思いつつメールを開ければ、そこにはまったくもって大したことのない内容と、その最後に『轟』と書いてあった。
2回目だけど、メールアドレスがダサすぎる。
──
From:轟炎司
件名:なし
『最近どうだ。 轟』
──
──
To:轟炎司
件名:Re:
『メールアドレスダサすぎてめっちゃ笑ってる』
──
反射的にそう返せば、すぐさまピコンという通知とともに届く新着メール。そこにはバーコードリーダーの画像が載っていて、LINEを登録しろ、と付け加えて載っていた。
「……ねぇー!オールマイトー!」
その内容を見て、スマホを片手にパタパタと部屋の外に出た。健康的な生活を心がけていた彼は、ヒーローになってからかすっかり生活リズムがめちゃくちゃで、今の時間も明日の授業のカンペをいそいそと作っているだろうと思ってその部屋に突撃する。
バンッ、と勢いよくドアを開ければ、お願いだからノックしてくれ、と小言が返ってきた。それもため息付きで。
「ねぇ、らいんってなに?」
「え?線のことかい?」
「轟がメールくれた。LINE登録しろって」
「、あぁ、アプリのLINEか」
そう言ってスマホの画面を見せれば、貸してとスマホを手に取り、慣れた手つきでスマホをいじりだしたオールマイト。画面をちらりと見れば、緑色のアプリをスイスイと指をスライドさせて何かをしていた。
「これがLINEと言って、言わばメールの簡単なやつだ。今エンデヴァーの友達登録をしたから、ここからトークを送れるよ」
「…とりあえずなんか文字送ればいいの?」
「うん」
まさか45のおじさんにスマホの使い方を教えてもらうとは。まぁ30年も経っているんだから使い方がさっぱりなのは仕方ないけど、現役(?)JKとしてはなんとも言えない気持ちになる。
「登録、した、っと」
「…エンデヴァー既読早いね」
「なにそれ」
「もうこれを読んだっていう印だ。この文字が出ただろう?」
「ふーん…あ、『笑うな』ってきた」
「笑う…?」
「うん。さっき轟のメールアドレス見て笑ってたの。ていうか私のスマホに2人のメールアドレス追加したのってオールマイト?」
「うん、勝手にごめんね」
「んーん。びっくりしただけ」
よいしょ、とオールマイトが座るソファーの隣にぴったりと腰掛け、肩を背もたれにスマホを操作した。「もう寝たほうがいい」と正論を言われたが、新しい機能を知ったJKはこれからアプリをいじり倒すのが本能というもので。
「もうちょっと」
「だめ。明日も学校あるだろ?」
「大丈夫だよ」
「とにかくダメ」
「八木は私のお母さんか」
「オールマイト、だよ。ほら宝石さん、寝室戻ろう」
む、と唇を尖らせて渋々その場を立つ。子供扱いやめてよ、そんな小言を漏らしながら部屋を出て行く私はやはり子供だ。
おやすみ、そう言ったオールマイトに聞こえるか聞こえないかくらいの声で、おやすみと返した。
『轟って相変わらずネーミングセンスないよね』
『そんなことはない』
『えんじばーって何、めっちゃ笑った』
『やかましい』
『それより早く寝ろ』
『メール送ってきた張本人がよく言うよ…』
『でもオールマイトにも言われた。そろそろ寝るね』
『あぁ。またな』
こんな何気無い、『またな』の言葉に期待してしまうあたり、本当に私はまだガキンチョだ。結婚っていう壁が大きすぎてわからないから、まだ私のことを見てくれるんじゃないかなんて変な期待をしてしまう。失恋したのに未練がましい。
のそのそと布団の中に潜り込み、充電をつなげた。もっと、起きていたいな。もっともっと、繋がっていたいのに。
『おやすみ、またね』
そんな気持ちとは全く反対の文字を打った。LINE、これは便利だ。会話みたいにポンポン話せるし、それに顔を見られないから、表情から心を読まれることもない。
本当に、便利だ。
(全部、夢だったらいいのに)
一層の事、あれから起きずに永遠に七不思議として過ごすことができたらよかったのに。
失恋とは不思議なもので、全ての世界が色をなくして自分1人取り残されたような気分になる。記憶の中に写し出される赤が、もう灰色にしか見えなかった。
触れた肩から伝わる熱
(……また、泣いているんだね)