「オールマイト」

「!校長先生」

「眠っているのかい?」

「はは、疲れてしまったようで」


私の膝の上でスヤスヤ眠る宝石さん。柔らかな髪の毛を撫でれば、指先で踊るように毛先が揺れた。


「まさか、30年間も眠り続けていたあの宝石少女が今になって目を覚ますなんてね」

「…そうですね」

「前の校長から彼女のことはよく聞いているよ」

「どう言う風に聞いているのですか?」

「ヒーロー科が設置されて以来一番の事件の被害者だとね」

「……それは、否定できません」


インターン先のヒーロー事務所で起こった、ヒーローによる女子高生暴行事件。あまりに私利私欲な動機と、手の込んだやり口に当時は大騒ぎだった。雄英生であり体育祭で多くのファンを獲得した宝石さんが被害にあったと言うことでマスコミも大騒ぎしていた。

それからだった。インターン先の事務所と学校側が契約を結び、生徒の安全の確保とそれを害した場合は事務所を閉鎖するなんてめちゃくちゃな契約が結ばれるようになったのは。
今は少し変わっているらしいけどね。


「…これから、彼女をどうするおつもりですか?」

「それは、これからの職員会議で決めるのさ」


よいしょ、と机の上に腰掛ける根津校長。宝石さんの顔を覗き込むようにしては、困ったような笑みをこぼした。


「この子は、あのエンデヴァーのことを好いていたんだね」

「、そう、ですね、同級生でしたから、私たちは」

「こんなにも思いを寄せている男性が近くにいたのに、罪な少女だね」

「……先生、」

「いやはや、失敬。少々小言が漏れたよ」


ふるふると手を振り、申し訳ないの意を示すその姿に、ふぅ、と息を零した。
確かに、もうあれから30年も経っている。エンデヴァーも結婚し、子供までいる。私だって恋愛の一つや二つしてきたつもりだった。
だったのに。


(まさか、ここまで変わらぬ姿で目覚めるとは、)


宝石さんがあまりに変わらなさすぎたのだ。無邪気に笑うその姿の裏に隠された、大人が見え隠れする一番輝かしい姿で。
もう諦めたと、思っていたのに。


「……これは…犯罪ですか…………」

「HAHAHA、君もまだまだ若いんだね」

「笑い事じゃないんですよ…」


あぁ、もう、本当に。勘弁してくれないだろうか。あの頃の思いが鮮明に呼び起こされる。それに今この現状で、この子が頼れるのは私だけ。人に気を使う子だ、エンデヴァーにはきっと頼らないし、失恋したばかりのこの子の気持ち的にもきっと頼れない。


「ん…んぅ……スー…スー…、」

「……ふふ」

「さて、どこから犯罪にしようかな」

「シャレにならないので勘弁してください…」


さらりと撫でた髪の毛はあの宝石の色じゃない。指の間を透き通る柔らかい髪質にひどく懐かしさを感じた。
本当に、宝石さんがここにいるんだ。

その事実だけで舞い上がってしまいそうになる。たった今失恋をしたこの子は、そんなこと思いもしないだろうけど。

わずかに濡れた睫毛と赤く擦れた皮膚。手で拭ったら傷つくと言っても涙を止めるために何度も拭うその姿は痛々しかった。


「……これからは、素敵な人生を歩んでほしいものですね」

「おや?オールマイトが素敵な人生に導くんじゃないのかい?」

「…おじさんは身を引かなければなりませんからね」

「恋愛は年齢じゃないよ」

「………、私じゃ、彼女を生涯守ることができませんから」


あまりに年を取りすぎた。もうあの頃の力もなく、老いていくばかりの自分に、これから輝き続けるこの子はあまりに釣り合わない。
年月とは残酷なものだ。いくら思いが強くても、それをいとも簡単に壊してしまう。


「私が守れる限りは、守ります。ですが、これからも彼女を守ってくれる存在が必要です」


あの時代のことだけれど、この子は強い。きっと今の雄英の中に飛び込んでも遜色なくやっていけるだろう。それに人に守られることを嫌うこの子だ。こんなことを言ったらきっと怒るだろう。
それでも私は守りたいと思った。宝石だけじゃない魅力があるからこそ、私が守りたかった。


「思うようにいきませんね、何事も」

「それが人生というものさ」


ハハハハ、と軽快に笑った根津校長は、それではそろそろ、と机を飛び降りて颯爽と去っていった。

膝の上の眠り姫は私の気持ちなどつゆ知らず、スヤスヤと心地好さそうに眠っている。あの時代は、僕の代わりに轟君がいたのに。

もう一度、膝から流れる髪を掬った。指先を滑ってこぼれ落ちては、また掬う。こんなに指通りがいい髪の毛もそうそうないだろう。美しさに固執している彼女だったからこその美しさか。


「…宝石さん、」


あぁ、ここにいる。
ここに宝石さんがいるんだ。

眺めるしかできなかった宝石さんが、今私の膝の上で眠っている。息をしている。体温がある。
タイムスリップと言うべきか、まるで宝石さんが時代を超えて生き返ったようだ。


「ん…ゃ、ぎ…?」

「ごめんね、起こしちゃった?」

「んー…いま、何時、」

「えー、16時20分かな」

「……お腹、すいた、」

「食堂に行ってランチラッシュに作ってもらうかい?」

「……八木の、…ん〜…、」

「…宝石さん、ちょっと近いかな」


うとうとと視線を揺らす宝石さんが、まるで抱き枕を抱えるように腰に腕を回してお腹に顔を寄せた。かわいい。

じゃなくて。あまりに近い。
そう言えば昔から寝起きは良くなかったような気がする。バスの中でうたた寝をして轟君に引っ張り出されていた光景が思い浮かんだ。

話が逸れた。
つまり、おじさん、緊張しちゃうから。本気の相手にこんなことされたらさすがのおじさんもおじさんじゃなくなっちゃうから。ダメだ、語彙力が。


「やぎ、細い」

「まぁ、色々あったから、え、ちょ、宝石さん?」

「腹筋は割れてる、の…」


なんの戸惑いもなく服を捲った宝石さんが、私の腹を見て固まった。彼女の視線は、まっすぐ私の傷に向かっていた。


「なに、これ……、」

「昔の傷跡だよ、かなり強い相手でね」

「誰がやったの」


カランッ…

その瞬間、眼前が七色の光に彩られた。

彼女がダイヤモンドになったのだと気づくのに時間はかからなかった。


「…落ち着いて、宝石さん」

「なに、その傷。ただの傷じゃないよね。誰がやったの、そいつ、倒せたの?」

「私は大丈夫だから、宝石さん。とりあえず、個性を解こうか」


いつ見ても美しい。
瞳と髪の毛が無限の色に光り輝き、見る者の目を奪うほど。しかしかなり怒っているのだろう、私の服をつかんでいない方の手は、後方でダイヤでできた大鎌を握っていた。
彼女が普段から威嚇に使う武器だ。身の丈を越えるほどの大きさがあるそれを、売れば一生遊んで暮らせると冗談で言ったクラスメイトは元気だろうか。


「私は大丈夫だよ、宝石さん」

「答えになってない」

「…今行方を追っているところだ。またわかったら、宝石さんにも伝えるね」

「…そんなに、強い相手?」

「あぁ。でも大丈夫、次は必ず牢屋に打ち込むと決めているんだ」


ボフッ!
大丈夫だと力を示すようにマッスルフォームになれば、私の膝に座っていた宝石さんがわずかに跳ねた。きゃ、なんて可愛らしい声とともにカランと落ちた大鎌。いつものように笑って見せれば、少しキョトンとした顔をした後に笑みをこぼした。


「ふふ、いつもの八木だ」

「1日数時間はこの姿でいられるんだ」

「八木の個性、なんだかすごくややこしかったもんね」

「そうだね。あ、でも私の個性のことや本名は言わないでくれるか?」

「本名も?なんで?」

「オールマイトは秘密がいっぱいだからね」

「あははっ、変なの、昔から隠し事下手くそなくせに隠し事しようとするもんね」

「宝石さんが鋭すぎるんだよ…」


私がほんの少し腹痛を感じているのを誰よりも先に見つけては休まされるなんてことは多々あった。むしろ私ですら気づかない私のことをなぜか宝石さんは誰よりも先に気づいた。
人の目を伺って過ごしてきた幼少期があったからだろうか、その観察力は当時の私では計り知れない。


「オールマイト」

「、どうしたんだい、宝石さん」

「読んでみただけ。結局オールマイトにしたんだね、ヒーローネーム」

「宝石さんは保留だったかな?」

「うん。決まってない」


私とエンデヴァーが提案した名前を一蹴してた記憶が微かに思い起こされる。「ダサい」一辺倒だったのはかなり傷ついたけど。

シュウ…とわずかに煙を出していつもの宝石さんの姿に戻るのを見届けては、自分も徐々にマッスルフォームを解除していく。血を吐き出さないように口の中にとどめては、最後にそれをゴクリと飲み込んだ。


「あ、そうだ。私、どこで生活すればいいの?」

「うーん…前の家は既に売り払ってしまっているからなぁ…」

「え、そうなの」

「ごめん…買い取ろうとしたんだが…」

「いやそこまではいいよ。私1人しかいなかったし」

「荷物は私の家に置いてあるよ。移動させておいた」

「そうなの?じゃあやぎ…、オールマイトの家で生活する」

「んブッ…!!」


飲み込んだ血をまた吹き出すかと思ったがそれどころでない。
今、この少女はなんと言った??


「オールマイト、どこで生活してるの?」

「ちょ、っちょっと待つんだ宝石さん…!」

「え、なに?どうしたの?」

「わっわたっ、私の家!?君は女の子なんだよ!?こんなおじさんの家で生活するなんてそそそそんな、」

「大丈夫だって〜、私、家事はちゃんとするよ?」


私が!!大丈夫じゃ!!!なくて!!!!
仮にも相手は15歳の高校一年生…!!いくら同級生だったからと言って…いやいや同級生なら尚更だ!!
一人暮らしの30も離れた男の家に女子高生が生活をするものではない…っ!!!


「君は!30年眠っていたとしても!女子高生なんだ!」

「あー、私今45なのか〜。いや、今年で46?」

「そうじゃなっ、そうじゃなくて…!!」

「いいじゃん、私、今頼れるの八木しかいないしさ〜」

「全く君は…っ!!そういうことをさらっと…!!」


わかっている。明るく言って誤魔化そうとしているが、本当は頼る人がいなくて怯えているのを。
轟くんに頼れない現状、彼女を安心させてあげられるのは私しかいないということもわかっている。

だが、私とて執拗すぎる思いを彼女に抱いているから下心がないわけではない。当然抑えることはできるが、それとこれとは話が別だ。

あぁ、だからそんなに困った顔をしないでくれるか、おじさんその顔に弱いんだ。


「私、また1人…?」

「うっ…、」

「まだこの時代のことよくわからないし、知ってる人がいてくれたら、安心するんだけどなぁ、」

「うぅ…っ、」


じんわりじんわりと言葉の弓矢が心臓にぶっ刺さっていく。
あぁ、本当に、この子は自分の魅せ方をわかっている。どういう表情で、どういう態度を取れば、相手がどんな反応を示すのかわかりきっている。今の彼女の悲しげな顔と声は私の否定的な言葉をいとも簡単に攫っていってしまう。


「八木、だめ…?」

「………………」

「………………」

「き、期間限定なら……、」

「うん、ありがとう、オールマイト」


完敗だ。勝てるわけがない。
こんな美人な上に好意を寄せている少女に首を傾げられながら「だめ?」なんて言われてだめだと言える男を連れてきてほしい。


「じゃあ帰ろっか」

「今からかい?」

「うん。ここにいても今日は暇だし。」

「それもそうか…」

「八木」

「ん?なんだい?」

「……、ありがとう」


それは、どういう意味のありがとうなのだろうか。単に住む場所を提供しただけの言葉には到底思えなかった。


「…オールマイトって呼んでね、宝石少女」

「なにそれ、キモい」

「……宝石さん」


やはり彼女は一筋縄ではいかない。


単純世界に広がるカラフル
「……八木ん家ひっろ…!!!」



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