数十年ぶりにオールマイトから一件のメールが来た。
何の用だと通知された表示を押した瞬間、脳裏に入って来た文字が思考を停止させ、体を動かす。
サイドキックに「外へ出る」と一言告げ、薄い羽織を掴んでは車に飛び乗った。


『宝石さんが目を覚ましたよ』


その言葉を冒頭に、事の経緯が綴られたメール。なんでも、突然結晶化が解け、目を覚ましたらしい。可笑しな話だが、オールマイトがそう言うのならば事実なんだろう。


(宝石…、)


もう30年も前のことだ。拗れた恋心はとうの昔に風化した。何より俺はもう結婚して子供までいる。今更30年前の恋愛事を掘り起こすつもりはない。

それでも、こんなにも動悸が激しく謎の緊張感に包まれているのは、何年経ったとしても過去の想い人は特別な存在であるからだろう。

キッ…とブレーキを踏んで車を停めた。懐かしの母校は、改装工事によって幾分綺麗になっていた。
警備員に証明書を提示すれば、慌てた様子で頭を下げ、難なく門を通り過ぎることができた。


『あの部屋にいるから』


そう書かれたメールをもとに、幾度となく向かったあの部屋に足を進めた。途中、俺の顔を見ては噂するような声が聞こえたが、それにいちいち構っている暇はない。
ドク、ドク、と心臓がうるさく主張する中、曇りガラスが張られた保健室のドアを二度ノックした。


「誰だい」

「…俺だ、……轟だ」


ノックしたときに、左手の薬指にはめられた銀色のそれがやけに視界に入った。
入んな、の言葉とともにドアを開け奥へと進んでいけば、視界に飛び込んできたのは痩せ細った骸骨のようなオールマイト、随分とシワの寄ったリカバリーガール、そして30年前と変わらぬ姿をした宝石だった。


「…っ、轟、」

「……宝石か」


あまりにあの時と変わらぬ姿で、こいつの時間は本当に止まっていたのだと思い知らされる。
少し情けない表情で俺を見つめるその視線は、昔とは違って弱々しく見えた。


「…目を、覚ましたんだな」

「あ、うん…、なんでか、わからないけど、」


部屋の中には三人の他にイレイザーヘッドと根津学校長までいた。

ジ、と宝石の目を見れば僅かに潤んでいるようにも見え、まさかあの宝石が涙を流したのかと目を見開く。


「…泣いたのか?」

「っ、いや、その…、」


戸惑ったような視線が宙に浮いた。こんなにもわかりやすいやつだったか?と疑問に思ったが、俺が30年の時を過ごして来たのに対し、こいつは30年眠り続けていたのだから16の少女には変わりなかった。
大人になると、わからなかったものもわかるようになるものだな。


「え、っと…その、久しぶりだね、元気だった?」

「、まぁ、変わりない」

「そっか、安心した」


宝石が手に力を込めてシーツを握っていた。その表情には戸惑いや悲観が混ざっているようで、涙に耐えているように感じた。
あの頃は、こんな表情に気づくことさえなかったのに。


「…痩せ我慢をするな」

「え?っうわ、!」


ズンズンと足を進め、低い位置にある頭を乱暴に撫でた。あの頃も、優しくできないことにもどかしさを感じていたが、それでもこうすればうるさいとしかめ面で涙を流し、最後には嬉しそうな表情をする宝石に満足していた。


「泣きたければ泣けばいいだろ。あの時から何度そう言ったと思っている」


30年経っても変わらないな。

安心していた。あの頃と全く同じ姿だったから、きっと同じように涙を流すのだろうと、そう思っていた。


「…へへ、そうだね、…変わってないよ、私は」


なのに、宝石は笑った。目に涙を溜めて、それでも下手くそな笑みを浮かべて俺を見た。

この表情は、俺が嫌いなものだった。宝石がよくオールマイトにしていたものだったから。我慢して笑みを作るそれが、昔はひどく腹立たしかった。


「…、宝石、「轟は、」

「……結婚したんだね、おめでとう」


頭に乗せていた手を持ってはそれを見つめる宝石。その視線の先には、シルバーリングが光っていた。

心臓が嫌な音を立てた。何かを壊してしまったように感じて、思考が止まった。


「……あぁ」

「さっき、轟のこと親父だって言うイケメンくんに会ったよ」

「…息子の焦凍だ」

「轟からあんなイケメンな息子ができるなんて。きっと奥さんは美人さんだね」

「…あぁ」


こいつは、誰だ。

こんな風に笑うやつだっただろうか。姿形は変わらないのに、まるで別人のように感じた。


「あ、そうだ、えっと…根津校長?私ってもう一回学校通えるんですか?」

「、そうだね、そういう風に手配するよ」

「良かったー!もう一回入試とか絶対無理ですし!」


何事もなかったかのように手を離され、置き去りにされたそれが宙に浮いた。明るい声で無邪気に笑う宝石がひどく遠い存在に思える。


「ここ、改装工事したんですよね?八木に校内を案内してもらってもいいですか?」

「え、私かい?」

「先生やってるんでしょ?あ、それともお仕事?」

「いや、今日の授業はもうないけど…」

「じゃあいいでしょ?行こ!ね?」


俺を避けるように立ち上がった宝石が、オールマイトの手を取ってはスカートを翻した。俺を一切見ずに通り過ぎた後ろ姿は、やはりあの時と変わらず余計に苦しくなる。


「……私は変わってないよ」

「、宝石…」

「…………」

「変わったのは、轟の、私を見る目だよ」

「っ…、」


行こ、とドアが開く音がした。無意識に伸ばした手を遮るようにバタンと閉まるドア。宙に放り出された左手が自分のものではないかのように動かない。


「…とんだ茶番だな」

「コラ、イレイザー」


長い年月の中で、宝石はひどく変わってしまった、そう感じた。なのに、あいつは俺の方が変わったと言う。俺の、宝石を見る目が変わったと。

30年も経ったんだ。確かに俺は変わったのかもしれない。それでも、宝石は変わったように感じた。


──結婚したんだね、おめでとう


こんなにも辛い祝福の言葉は、初めてだった。
宝石の言い方から全く祝福しているように思えなかったからか、俺が一番想いを寄せていたあの頃の宝石に言われたからか。


愛も哀も変わらない
(きっと、これは、後者だ)



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