リカバリーガールが保健室で治療する中、僕は部屋の外で携帯電話を握りしめていた。ロック画面を解除されたディスプレイには、治療されているクラスメイトが送った一つの住所が書かれたメール。

呆然と立ち尽くす中、保健室のドアの曇りガラスに影ができ、その瞬間ガラリと開いた。


「…入ってきな、八木」

「っ宝石さんは…っ!?」


彼女の表情は暗かった。眉間にしわを寄せ、僕と目を合わそうとしない。その表情で、全てを悟ってしまった。


「結晶化って言うのかい、これはこの子の個性の特徴そのものだからね。治す治さないの話じゃないんだよ」


独特の匂いのする保健室。僕はよく怪我をするから利用する方だったけど、なぜかそこは僕の知らない空間のようだった。

真っ白いベッドと、ささやかな花柄の布団に包まれているのは、顔の色をなくして、今にも止まりそうなくらいゆっくりと息をする女の子。


「、や…ぎ……?」

「ッ…宝石さん、」


ゆっくりと目を開けては、七色に輝く宝石を纏った瞳と視線が絡み合う。綺麗すぎるその瞳を見つめているのが苦しくて、思わず自分から目を逸らした。


「やぎ、あのね、足、動かないの、」


なんで?
そう尋ねる彼女の言葉に心臓が抉られる。
助け出して背中におぶった時、普段肌色であるはずの彼女の足は結晶化が進み、もう人間のそれであるとは言えなかった。
じわじわと足先から硬化して言っているようだ。動かないと言った彼女は、それを理解しているのだろうか。


「やぎ、」

「…宝石さん、ごめん、僕がもっと速く、」

「たすけてくれて、ありがと」


その瞬間、僕の瞳から溢れんばかりの涙が落ちていった。


「っ、ありがとうって、なんだよ…ッ!!」


助けられてないじゃないか。今にも死にそうな顔をして、結局君は結晶化してしまう。もう二度と、目を覚まさないのかもしれない。そんな状況なのに、どうしてありがとうなんて思っているのか。


「僕は…ッ、僕は何一つとして、君を助けることができてないじゃないか、ッ!!」


決して大きくない部屋に響いた言葉。それでも宝石さんは、なぜか嬉しそうに目を細めていた。


「泣かない、で…」

「宝石さんッ…、」


ゆっくりと伸びて来た腕は、僕に届くことなく宙で止まった。歯を噛み締めて強く目を瞑ったら、とめどなく流れ出す涙が頬を伝って落ちて、宝石さんの指先を濡らしていった。

もう指先が人の肌の色をしていない。七色に輝く星のような無機質なそれを、涙が弾かれるように床へと落ちていく。


「わたし、たぶん、もう起きない、よ…」

「宝石さん、なんで君が…ッ」


温度のない手を握りしめた。幾度となく握ったそれは、今までで一番冷たかった。


「や、ぎ…」

「宝石さ、」

「やっぱ、八木は、ヒーロー…だね…」


やめてくれ。クラスメイトを、大切な人を、たった一人助けることができない奴が、なんでヒーローなんだ。
遅かったじゃないか、間に合わなかったじゃないか、なんでこんな僕をヒーローだなんて言うんだ。

大好きな君を、助けられなくて、なんでヒーローなんだ。


「や…ぎ、…」

「宝石さんっ、…僕は、僕は君が…ッ」

「轟に、言って欲しいことがあるの…」


耳に入った一人の男の名前に、僕は息を飲んだ。
轟、宝石さんは確かにそう言った。クラストップの成績で、宝石さんとは仲が悪そうで、実は互いに想い合っている二人。
向こうはどう思っているのかわからないけど、僕のライバルだった。


「轟くん、に…?」

「……ばーか、」


そう言葉を告げる表情は、僕には見せてくれない顔だ。轟くんだけに見せる、宝石さんの表情を、僕は今見ている。宝石さんが、僕を通り越して轟くんを見ているから。

心臓をナイフで切り刻まれているような痛みと、苦しさに襲われる。
ついさっきまで僕は君に告白しようとしていたのに。最後の最後だから、君に想いだけ伝えてしまいたかったのに。


「それと、…ね、…」


宝石さんの手から力が抜ける。
落とさないように握りしめたが、何故かその手は僕の手を離れようとしているみたいだった。
ピシ、ピシ、と宝石が彼女の体を蝕む音がかすかに聞こえる。
僕は呼吸の仕方さえ忘れたように、ただ彼女の言葉を待っていた。


「……すき、」


ピキンッ…
そんな無機質な音とともに、彼女の全ては宝石になった。



:
:



「おはようございます、リカバリーガール」

「…今日はやけに早いんだね」

「午後からかなり忙しくなりそうで」


あれからもう十年が経とうとしている。多忙な毎日を過ごす中で、彼女の存在も思い出に変わろうとした時、何故かいつも足はあの部屋に向かっていた。
まるで自分への戒めのようだった。


「ほら、行っておいで」

「いつもありがとうございます」


ヒーローになると決めてから、初めて助けることができなかった人だからか、それとももう十年も経つのに、目を覚まさないとわかっているのに、執念深く君を求めているからだろうか。一向に君を忘れることができなさそうだ。

パタン、と扉が閉まり、部屋の中には僕と宝石さんだけになる。呼吸もせずにすやすやと眠る姿は童話に出てくる眠り姫のようだ。


「おはよう、宝石さん」


そう言ってあの時と同じように手を取った。それだけで鮮明に思い出されるのは、最後に彼女が私を通して轟くんに言葉を告げたあの瞬間。


「…約束を、守れなくてすまない…」


あの言葉は、轟くんに伝えることができなかった。あの日以来元々疎遠気味だった私達の溝はさらに深くなった。
壮絶な失恋をした私は、彼にどう接すればいいのかわからなかったし、彼も彼で私への態度がよそよそしかったのを覚えている。


「君と彼は、両想いだったんだね」


さも知らなかったように口走ったが、全く気づいていなかったわけではない。好きだからこそ、ずっと視線が宝石さんに向いていた。だから気づいた。彼女が、彼に想いを寄せているのではないか、と。

轟くんはわかりやすかった。気づいていないのは当人達だけで、私を含むクラスメイトは皆二人の想いに気づいていた。私は、それを信じなかっただけで。


「それでも、私はまだ…君のことを想っているんだ」


そう言うと、君は呆れたように笑うんだろうか。


『八木くんね、よろしく。私は宝石少女』

『八木くんは優しいねぇ』

『私たち、案外相性がいいと思わない?』

『背中、任せたよ、八木』

『轟も八木みたいにやさしかったらなぁ〜』

『八木が一番頼れるよ』

『ありがとう、八木』


無邪気に笑う君も、敵を嘲笑う君も、呆れたように笑う君も、嬉しそうに笑う君も、全て好きだった。
心の内に闇を抱えながらも運命に逆らおうと必死で、常に上を目指す君はかっこよく、美しく、いつも見惚れた。

そんな君とずっと隣で笑い合いたいと思っていた。その笑顔を守りたいと想っていた。なのに、守ることができなかった。


「目を、覚ましてくれないか、」


私が告白しようとしていたのに、君はとても残酷だ。私に好きと言っておいて、君の頭の中には別の男が映っていたんだろう?
だから、こんなにも未練がましい。なんなら最後に私をこっ酷く振ってから眠ってくれないか。そうすれば、君への気持ちから解放されるというのに。


「…少女、」


好きだ。きっと轟くんよりも先に私は君に想いを寄せていた。気づけば目で追っていて、君の隣に立とうとして、そして失恋した。
どうしようもなく拗れてしまったこの想いを、一体どうすればいいのだろうか。

君の隣で、君の名前を呼びたい私の気持ちは、いつ成仏されるのだろうか。


「…また、来るね」


人差し指で唇をなぞった。轟くんじゃないと嫌かもしれないけど、これは私のわがままだ。
いつ起きるかわからない眠り姫。王子様のキスで目を覚ますのは、果たして誰だったか。


(私は、王子様にはなれないけれど)



八木俊典:オリジン



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