新学期早々の自己紹介で、ふざけたことを言う奴が一人いた。くだらんギャグならまだましだが、こんな奴がヒーローになるのかと思わず眉間にシワが寄った。

「誰の下にもつきたくないので、将来は個人事務所を構えて生きていけるだけのお金を稼げるヒーローになりまーす」

 平然と言ってのけたのだ。まだコイツの前の「モテたいから」と笑いながら冗談で言ったやつのほうが随分マシだ。コイツは、さも当然のように言ったのだ。

 なんだそりゃ、と笑う奴もいたが、俺は全くもって笑えなかった。ふざけているにもほどがある。それと同時に、こんな奴は早々に退学するんだろう、そう確信した。
 俺の番になった時は、何を言おうか決めていたことが頭からぶっ飛ぶほど苛立っていた。それと、ふざけている奴にはそれ相応の現実を知らさなければならない。

「…俺はナンバーワンヒーローになる。少なくとも、金稼ぎのためのヒーローにはならない」

 バチ、と女と視線がぶつかる。
教室の温度が数度下がったように思えるほど、誰も何も言わなかった。
 数秒の睨み合いの後、黙って席に着いた。次に自己紹介をするやつの顔を見ると、苦笑いで青ざめていた。悪いことをした、と思ったが腹が立っていたから仕方がない。

 これが、俺と宝石少女のファーストコンタクトと言うのだから、なんとも笑えてしまう。


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 時折、母校に帰っては「あの部屋」を訪れる。
 今じゃ眠り姫がいるなどくだらん七不思議の一つとされているらしいが、あんなに口の悪い眠り姫はあいつ以外いないだろう。

「…おやおや、次はあんたかい」
「リカバリーガール」

 卒業して数年が経つ。サイドキックとして、着々とヴィラン討伐数を増やしていく中、毎年決まったこの日にはここを訪れるのを欠かさなかった。
 どんなに仕事が忙しくても、たとえついこの間訪れたとしても、この日は必ずここに来た。

「毎年この日に来るのは、あんたら2人しかおらんよ」

 あんたら、のもう1人は、直ぐに頭によぎった。金色の髪とやたら大きな後ろ姿。くだらんほどに笑っているあの男。
あの男が来るのは頷けた。なんせ、あの男と未だ眠り続ける女は、互いに想いを寄せていたから。

「…あいつはもう帰ったのか?」
「学校が開いた瞬間すぐ来てね。忙しいからってすぐ帰ったよ」

 幸運にも、あの男─オールマイト─とここで鉢合わせたことはなかった。……とはは言うが、先に奴が中にいれば俺は奴が出ていくのを待ち、きっと奴も俺が先にいたら俺が出ていくのを待っているだろう。
 そう言う関係なのだ、奴とは。

 リカバリーガールが鍵を取り出し、ある部屋の扉の鍵穴にそれを差し込んだ。ゆっくりと開かれたドアの向こうは、あの時となに一つ変わらない光景。

「…ほんと、何度見ても、あの時生きていたことが信じられないくらいの美しさだね」

 真っ白なシーツの上には人の形をした宝石が。まるでうちの制服を着た少女の形に、宝石を削って完成させたような無機質なそれは、紛れもなくあの時共に生き、共に戦い競い合ったクラスメイトだった。
 何物にも例え難い輝きを放つ宝石は、この世のものとは思えないほどの美しさを持っていた。

 『結晶化』
 あの女はそう言っていた。本来なら、宝石を体内に取り込んだ時の副作用で体が原石のような石になる。それでも体に馴染めば、一日でいつもと変わらぬ姿を見せるはずだった。

 しかしあの日、ある男が宝石に大量の宝石を飲み込ませた。一日一つが限度、そう言っていた宝石の体は、多量の宝石に耐えきれず、原石ではなく磨き上げられた宝石となった。あれから10年ほどが経とうとしている。宝石はまだ目を覚まさない。

 一瞬だった。金髪のあの男に好意を告げた瞬間、宝石は体を宝石に乗っ取られた。

「…変わらんな」

 ここに来ると、あの瞬間に戻ったような錯覚に陥る。一番こいつの近くにいた俺が、こいつを助けることもせずにのうのうとヴィランを討伐していたことも、鮮明に思い出す。

「…ここに来る子の中じゃ、あんたが一番苦しそうな顔だよ」
「………」

 インターン中にちょうど現れたヴィラン討伐に興奮していた俺は、宝石の発したSOSを無視した。
 ただクラスメイト全員に住所が送られただけのメール。何かあったのかと疑問が頭を一瞬よぎったが、それでもあの瞬間の興奮は俺にそれを忘れさせた。

 異変を感じたオールマイトだけが、インターン中であることを無視して真っ先に住所の元へ行ったらしい。だが遠くにいたオールマイトは、間に合わなかった。すでに幾数もの宝石を飲まされていた宝石を誰も助けられなかった。

 俺があの時、誰よりも近くにいた俺が、誰よりも先に動いていれば、こんなことにはならなかった。

「…二人だけにさせてくれ」
「…出たらちゃんと言いなね。あんたはすぐ黙って何処かに行くから」

 そう告げられた後、パタンとしまった扉。
 この部屋の中では生命活動をしているのは俺だけだと言うのに、二人だけにさせてくれとはなんとも陳腐な誤魔化しか。

「…少女、」

 唯の一度として、目の前で呼んだことのなかった名前。それがあまりにも情けない声で、これじゃあ笑われるな、と自嘲する。

 想いを寄せていた…んだろう、俺が、宝石に。
 認めようとはしなかったが、俺と相性が最悪であるのに、抗おうとする姿は美しかった。宝石だけの美しさじゃない何かを持っていた。俺だけのものにできたら、などというくだらない衝動にも駆られた。

 なのに助けることができなかった。自分の欲に駆られ、助けを求めるサインに気づいてやることができなかった。

 俺が唯一認めた女で、ライバルの想い人。こじれた三角関係に気づいたのはいつだっただろう。俺にとっても、ライバルにとっても大切な奴だった。なのに、助けられなかった。

「お前は、こんな俺を見て、笑うか」

 閉じられた瞳は、開かれることがない。本当に守りたいものほど、いとも簡単に指先からすべり落ちていく。

──……すき、

 俺が保健室のドアを開けた瞬間、耳に入ってきた言葉。
 オールマイトに言った言葉を最後に、一瞬で頭の先まで結晶化した宝石。何も言わずにベッドサイドで手を握っていたやつは、まるで同じく結晶化したかのようにピクリとも動かなかった。
 宝石が宝石となったあの時、助けられなかったことに絶望を感じたと同時に、宝石とやつが互いに想いを寄せ合っていることを知り、俺が失恋をした瞬間だった。

「いつまで経っても、あの瞬間を忘れられないんだ」

 あの夜は眠れなかった。疲れ切っているはずの体をベッドに投げ出し、何の意味もなく外を眺めた。

 まだ信じていなかった。
 宝石が、もう目覚めないかもしれないほどの深い眠りについたことに。すぐに目を覚ますと思っていた。しかし現実は残酷で、インターンが終わっても、進級しても、卒業しても、宝石は教室に姿を見せなかった。

 指の甲で頬に触れた。固く冷たいそれに自身の手の影ができ、それと同時に身体を通った光の反射に照らされた白のシーツにも影ができた。
 ゆっくりと手を動かし、唇をなぞる。触れたところで、声をかけたところで反応など一切返ってこない。ただ、光に反射した無数の色に彩られた影がゆっくりと動くだけ。

「…また、来る」

 無意味にまた声をかけては、ようやくそこから離れる。部屋を出る最後に視界に入った宝石は、心臓がズタズタに傷つけられるほど綺麗だった。



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