※過去編

「カルカンサイト」


初めて呟いた宝石の名前に、隣で不思議そうな顔をした八木。目の前の轟と水個性の水野(みずの)は、髪の毛の色を青くした私により警戒心を強くした。

轟だけでも強力なのに、相反する水の個性の持ち主がヒーロー役となると、私と八木がペアでも手こずって仕方がない。
だからカルカンサイトは最終手段だった。食べた時にあれだけ苦しんだ宝石だったから、どんな効果があるんだろうかと試してみたかった。


「八木は轟をお願い。私は水野を叩く」

「宝石さん、その宝石は…?」

「できるだけ、離れてね」


カラン…ッ
掌から青い剣を生み出した。純度100%のそれは光に反射して地面を青く映す。

制限時間は残り僅か。鋭い目つきで水野に剣をまっすぐ構えて狙いを定めた。


「八木、水に触れたらダメだよ」

「え?」


脚に力を入れて水野に向かって走り出した。大きく振りかぶって水野の頭に剣を振り下ろせば、戸惑いながらも水の塊を手のひらから作り出す水野。


「なんかよくわかんねーけど、正面突破とは舐められたもんだな!」

「気が迷ったか、宝石」

「誰がっ、!」


轟々とすぐ隣で燃え盛る熱を感じた。しかしそれを後ろからの援護が退ける。


「轟くんの相手は僕だ!」

「チッ…」


ガードをしたが殴られた衝撃で後退する轟。そしてそれに追い打ちをかけようと八木が間合いを詰めた。
私と八木の距離は十分に開いた。水野はタプンと揺れる水塊を振り回そうとしている。条件は出揃った。

バシャ…!と弾けた水塊。それを全身に殴られるようにして浴びれば、すぐさま溶け出した私の体。欠けた部分の体を生成しながら濡れた剣を振り回して、水溶液を降りかからせればギョッと目を見開く水野。


「いってぇ!!!」

「ッどうした水野!!」

「皮膚がただれて、……ってえぇぇぇえぇぇええ!?!?!?」


私を見て驚く水野に追い打ちをかけようと、水に溶けて強酸となった体で掴みかかった。覆い被さると同時に服に触れれば瞬く間に溶け出すそれは水野の皮膚を赤くただれさせる。


「いッッてぇ!!っちょ、待てって!!まじでタンマ!!!宝石おいいいいい!?!?」

「どうしたの、宝石さ…ってわぁぁぁああああ!!!!!」

「何を騒いで…ッ…!?!?」

「水野、降参して」


短剣を作り出して首に添えれば、耳を真っ赤にさせて顔を手で覆った水野。相変わらずうるさく叫んでいるが、原因は多分今の私の格好だろうか。


「待て無理だろ馬鹿かお前は!!なんて格好してんだ服着ろよ宝石!!!」

「あはは、ニヤケ顔気持ち悪いね」

「仕方ねぇだろなんだよその格好!!ご馳走様だ馬鹿野郎ありがとうな!!!チクショウ降参だわ!!!」

「ん、次は轟…!」


水野の両腕を掴んで宝石で固め、個性を使ったら皮膚が溶けると脅してからその場を離れた。わぁわぁ叫びながら手で顔を覆う八木と、顔をしかめながら横を向く轟がキレ気味で私にも叫んだ。


「まままま待って待って宝石さん!!?ちょっと待ってって!!!」

「八木、この宝石なかなか使えるね!」

「使わないで!!?」

「女が裸でうろつくな阿呆が!!!」

「はぁ?戦闘中なんだからそんなの気にしてられないでしょうが」

「気にしろと言ってるんだ!!!!」


うるさいなぁ、と水野と同じように掴みかかるが、間一髪で避けられる。でもせっかくの2対1だ、この好機を逃すわけにはいかない。


「八木、援護して……って何してるの」

「ふっふふふふふふ服着て!!!宝石さん!!!」

「溶けるから意味ないよ」

「じゃあその宝石何とかしてくれないかな!!?」

「あー、もうっ!女の裸くらいでうだうだするな!」

「無茶言わないでくれよ!!」


等身大の槌を作って苛立ちそのままに振りかぶった。それを避けた轟と、地面にぶつかった反動で砕け散る宝石。特性は強いけど脆いのは難点だ。


「いい加減にしろ!!宝石!!!」

「私はいつだって大真面目よ!!」

「ふざっ、ふざけるな!!」

「そっちこそその赤い顔何とかしてから言いなさいよ!!」


間一髪で避け続けていた轟だったが、私の方を見ないでおこうと必死らしくそれもすぐに終わりを迎えた。


「…退けろ」

「降参するならね」

「馬鹿か貴様、誰が降参など、…ッ、」

「ざーんねん」


裸の私に股がられ、剣を突きつけられた轟が一瞬私に目を向けてはピシリと固まった。八木は相変わらず向こうの方で顔を覆ってしゃがみこんでいるし、なぜ男どもは如何にもこうにもヘタレなのだ。情けない。
水野を見習えばいい。吹っ切れてガン見しているじゃないか。


「…参った」

「えー?聞こえなーい」

「参ったと言っているだろ!!さっさと服を着ろ阿呆が!!!」

「ひひ、私の勝ち」


強酸が轟の服も溶かしていたから宝石化を解いた。徐々に戻っていく人間の体と、サラサラと空気に舞う髪の毛。やっぱ人間のままの方が好きかも、なんて呑気に思う。


「…えー、あ、うん、勝者、ヴィランチーム」

「えー、先生、なんか歯切れ悪いなぁ」

「早く退けろ!!!」


痺れを切らしたように轟が目を瞑りながら腕を振り回した。完全に気を抜いていた私はそれを避けることなく体を固まらせた。

ふにっ

轟にまたがっているから、轟の腕の間合いにはもちろん私がいるし、腕がぶつかることだって容易に想像できた。しかも私を一切見ていないときた。どこに当たるかなんて双方には当たってからじゃないとわからないわけで。


「………?」

「っひ、ゃっ…!」


ポヨンとおっぱいに手が当たったのはまだ良しとして、それを理解できなかった轟が指を食い込ませたのがよくなかった。
指が食い込んだところはちょうど胸の先っぽで、ぐり、と押されたと同時に変な刺激が胸全体に広がった。

変な声が出たから慌てて口を手で抑えたが、なんだか恥ずかしい。轟の熱い手が肌に触れると、今更ながら変に緊張した。


「……えっち。」

「……………」


それだけ言ってその場を立ったが轟は固まったままだった。
仕方ないからそのままみんなのいる部屋に戻ろうとすれば、ズンズンと阿修羅みたいな顔と八木が私に近づいてきた。


「あ、八木。終わったよ、っうぶ…ッ!」

「これ、着て」


珍しく怒ってる八木。あ、これはやばいとすぐさま渡された八木のヒーロースーツを着た。うわぁ、八木も鍛えてるから惜しげも無く晒された筋肉がかっこいい、じゃなくて。


「宝石さん」

「は、はい…?」

「二度と、その宝石使わないで」

「いや、でも、ほら、結構強力だし、これ」

「使わないで」

「八木…怒ってる…?」


八木にはぴっちりのヒーロースーツも私が着ればブカブカだ。だるんだるんのそれはシャツワンピみたいに上着だけで太ももの1/3まで隠してくれた。おお、やっぱ八木は大きいや。


「なんで怒ってるか分かってる?」

「…ゴメンナサイ」

「っ宝石さんは女の子なんだよ!?」

「もう、裸の一つや二ついいでしょ別に」

「ダメだよ!!だいたい君は本当に自分を大切にしない!!どんな男が君を狙ってるか分かっちゃいないんだよ!!」

「でも、さぁ?」

「ッ…」

「頭のてっぺんから足先まで、綺麗でしょ?」

「〜〜っ、君って子は…!」


下から覗き込むように見上げて、人差し指で八木の腹筋をなぞれば顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせた八木。
私だって美しくない姿は一瞬たりとも見せたくない。でもそうじゃないと分かっているから堂々とできるのだ。それに、裸だろうがなんだろうが、見られるのは慣れている。


「おふたりさん、いちゃつくのはいいけどよ」

「あ、水野。宝石吸収するからこっち来て」

「八木、お前今の宝石の格好もめちゃくちゃエロくてヤベェっていつ気付くんだ?」

「え…っ、ブッ、ゲホッ、ゴホッ!!」

「??」

「全部見えるのも最高だけど、こう、見えるか見えないかのギリギリもまた…!下に何も着てねぇってわかるからなおイイ…!!しかもちょっとボロボロになってんのもさっきまでナニしてたんだって思わせてくるしヒーロースーツって言うのが彼コスみたいで最っ高!!俺のも着てほしい!!」

「あー、それは男にしかわからない感性だね」

「俺的には八木グッジョブと言いたい」

「あはは、水野のへんたーい」

「そして轟は宝石の生身の胸を揉んだのが羨ましすぎる。俺にも揉ませろください」

「水野ってそんな変態キャラだっけ?」

「あんなん見たら誰だってテンション上がるわ!!」

「素直で結構だけど断る」


シュウ…と水野の腕を拘束していた宝石を吸収し、そろそろ戻ろっかと二人にも声をかけた。しかし八木と目があった瞬間、顔をみるみるうちに真っ赤にさせてゆでダコみたいになった八木が鼻血を拭いて倒れ、轟は相変わらずさっきのポーズのまま微動だにしていない。
…この二人は純粋過ぎではないだろうか?


「…リカバリーガール呼ぶ?」

「ほっとけこんなど変態ども!!」

「それ水野が言う?」


かくして、この宝石は今後使用禁止とされたのであった。



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