2人で病院に行った日から、爆豪くんから話しかけてくることがほとんどなくなった。仕方がないと言えば仕方がない。無理やり彼を巻き込んだのは私だ。でもまぁ、ここまで巻き込むつもりは甚だなかった。
(……巻き込ませた、のは私か。)
冗談半分で病院に来る?って聞いたのに、まさか本当に来るとは思ってもいなかった。診察も、検査結果も、親にすらごまかして言っていたのに、まさか爆豪くんに全部知られることになるとは。
──お前、雄英やめろ
(……あれは、なかなか堪えたなぁ…)
どストレートで来るとはさすが爆豪くん。思わずムキになって返事をしてしまった。まぁ案の定怒られたけど。
薬を飲んだ水を片手に、共有スペースで三奈の買ってきた雑誌をパラリと捲る。スタイル抜群の女の人が、冬服をこれでもかと宣伝している。寒そうな服も可愛いから良しとされる世の中だ。オシャレは我慢だと誰が言ったっけ。
「邪魔だクソ酸素」
「……ソファーの端っこに座ってるから邪魔じゃありませーん」
「顔がうるせぇ」
「どうしようもないよね、それ」
態とらしくため息をつくふりをした。
内心は久しぶりにかけられた声に心臓がばくばくと跳ねている。
やっぱり、最近の私は極めておかしい。
斜め前のソファに座る爆豪くん。静かにスマホをいじっているが、お風呂上がりなのだろうが、顔が少し赤い。
それだけなのに、なんと言うか、色気というか、そう言うのが漂っているようでまたドキドキと心臓がうるさくなった。
(こんなの、まるで…、)
いやいやいや、そんなわけない。きっと私もお風呂上がりだし、久しぶりに友達の爆豪くんに話しかけられたから緊張しているだけだ。
気にしないようにまた雑誌に向き合った。あまり写真が情報として入ってこなくて、仕方なく付録で付いてる誕生月占いをぼんやり眺めた。
「…あ」
「…んだよ、なんかあんのか」
恋愛は星が5つの満点でかなりいい。しかも一言には、『気になっている人と急接近しちゃうかも!』『四月生まれの人との相性が◎』なんて書いてある。
「爆豪くん、四月生まれだよね?」
「それがどうした」
「私たち、今月相性いいみたいだよ!ほら!」
雑誌を持って爆豪くんがいる方のソファーの端に座る。横から覗き込ませるように雑誌を傾ければ、黙って私の誕生月の欄を見つめる爆豪くん。
ふふん、と得意げに笑ってみせた。そしたら読み終えたであろう爆豪くんが呆れたように顔を歪めさせた。
「…なんも嬉しくねぇわ」
「なんで!?相性いいんだよ!?」
「知るかんなもん。つーかテメェ、半分野郎とはどうなんだよ」
そんな何気ない言葉に、思わず、え?と聞き返してしまった。
「……っあー、いや、可もなく不可もなく、かなー?」
「んだそれ」
あれ、と心の中で戸惑いが隠せない。
(今、轟くんのこと、忘れてた……?)
それどころか爆豪くんのことばかり考えてた。
あれ、とまた心の中でつぶやいた。いや、きっと、今ここに爆豪くんがいたからだと思う、うん。きっとそうだ。
(……まさか、ね、)
ちら、と一月生まれの欄を見れば、恋愛運は星がたったの1つで、『面倒ごとに巻き込まれるでしょう』『四月生まれの人には要注意×落ち着いて対応するのが吉!』なんて書いてあった。
「ハッ、ざまぁねぇな、半分野郎も。面倒ごとに巻き込まれるなんてな」
「そう言う爆豪くんも、『うまくいかなくてむしゃくしゃするかも』、なんて書かれてるよ」
「くだらねー。そんな占い信じるわけねぇだろ」
「轟くんの『面倒ごとに巻き込まれる』ってことは信じてるくせに」
「信じてるんじゃなくてあり得る話だろ」
「爆豪くんのもあり得るんじゃないのー?」
「ねぇわ」
「ていうか、『四月生まれの人には要注意×』ってこれ絶対爆豪くんのことだよ」
「……ねぇわ」
「あ、今あるかもって思った」
「アホかバァカ」
「ちょっ、どっちかにしてよ!!」
テーブルに足を乗せて鼻で笑う爆豪くんに、お行儀が悪い、と足にデコピンした。デコピンされ返したけど。めっちゃおでこ痛い。
ボーン、ボーン、と情けなく時計が鳴った。スマホを確認してみれば夜の11時を知らせるものだった。やば、もうこんな時間。
「寝よっか」
「俺に命令すんな」
「ほんっとうに揺るぎないね爆豪くん」
もう、先に帰る!とすねたふりをして一気に立ち上がった。
「っわ、」
「ッ*、!」
ぐらり。
視界が突然揺らぐ。目の前が真っ暗になって、体がふらついた。腕を引っ張られるような気がしたけど、それすらわからなくなって頭がぼーっとして、なにも考えられなくなると同時に、ぼふ、と背中に先ほど座っていたソファーの感触を感じた。
じわじわと視界に光が入ってくる。あれ、と思ってピントを合わせれば、そこには焦ったような爆豪くんがかなり近い距離で映っていた。
「どうした、しんどいんか」
「ばくご、く…、」
なんとなく、体が重い。私の腕は依然掴まれていて、反対の手は私の顔の横に肘をついていた。まるで、押し倒されてるみたいな姿勢だ、すごく、近い。
「顔、赤ぇぞ。熱でもあるんか」
「っいや、その、爆豪くん、近いから、ドキドキして、あ、な、なに言ってるんだろ、私、あれ、」
「……あんま煽んなって前も言ったろ、アホ酸素」
どく、どく、と心臓が強さを主張し始める。体がとにかく熱くて、異常に近い距離に頭が働かなくなる。
甘くていい匂いが鼻をくすぐって、頭が蕩けそう。
不意に、爆豪くんの唇が目に入ったのがまたダメだった。
「、*…」
「っ、ぁ…、」
爆豪くんの鋭い目が、ス…と細められる。わずかに顔を傾けては、ゆっくりとその距離が縮まった。
キス、される。
そう思うともうなにも考えられなくなって、爆豪くんの服を握りしめては目を細めた。わずかに顔を上げたのは、無意識だろうか、それとも…。
ピコンッ!ヴヴヴ…
「っ、!」
「!!」
私のスマホが軽快な音を鳴らし、爆豪くんのズボンがわずかに震えた。
途端にお互いが距離を取り、2人してソファーの端っこに座った。
反射的にスマホを見ると、クラスラインが通知を出していた。
(明後日の、演習の、準備、)
ほ、と息を吐いたがその瞬間、今自分がなにをしようとしていたかを思い出して、心臓がばくばくと動いた。
無意識に手で唇に触れたが、爆豪くんの顔を見れない。
通知がなかったら、絶対に、あのまま、
(き、す…、してた、爆豪くん、と…、)
「…あの状況で、」
「っはい…!」
「目ェ瞑る馬鹿がどこにいんだよ」
「ご、ごめ…、」
落ち着いた声にまた緊張する。
だって、今、爆豪くんのキス、受け入れようとしてたから、嫌が応にもその存在を意識してしまう。
だって、なんか、爆豪くんならって、触れたいって、思って、
「…誰とでもええんか、テメェは、」
「い、や…ごめん、なんか、おかしかった…」
自分で自分がコントロールできない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、もう一層の事パンクして仕舞えば楽なのにとさえ思う。
心臓が苦しくて苦しくて、触れられてた場所が馬鹿みたいに熱をもって、とにかく熱い。
(爆豪くん、キスするとき、あんな顔、するんだ、)
あの顔を見せるの、私だけだったらいいのにって、思ってしまった。
その感情に名前を付けたくなくて、多分勘違いだと自分に言い聞かせる。
「生粋の馬鹿だな、テメェは」
「あ、えっと、ごめんなさい…、」
「……体はどうなんだ」
「えっと…、多分、薬の副作用で、低血圧になってたから、それで、立ったときふらついたんだと、思う…」
「今はどうなんだ」
「大丈夫、なんともない、」
「じゃあもう寝んぞ」
「あ、はい」
今度は急にじゃなくてゆっくりと立ち上がり、ふらつきがないのを確認してから雑誌とコップを手に取った。
私が立ったのを確認してたのか、その後に爆豪くんが立ち上がって男子棟のエレベーターの方に進んでいった。
「お、おやすみっ、爆豪くんっ」
その後ろ姿に慌てて声をかけた。爆豪くんはなにも返事をしなかった。
その後ろ姿を見届けた後、女子棟に行こうと振り返ったとき、脇に挟んでいた雑誌を落としてしまった。
バサ、と落ちた雑誌。開かれたページは先ほど爆豪くんと見ていた占いのページだった。
恋愛:★★★★★
気になっているあの人と急接近しちゃうかも!いつもよりも自分の心に素直になって行動すれば、あなたのことが気になっている異性はさらに胸が高鳴ることでしょう。
ラッキーパーソン:四月生まれの人との相性が◎
ラッキーカラー:オレンジ
ラッキーフード:担々麺