林間合宿での最後の夜。なんだか寝付けなくて、ソワソワしちゃって、外に出て来たはいいけど、クーラーの付いてない外は夜でも蒸し暑かった。
(良かった、『もった』。)
ここの合宿はめちゃくちゃハードで、自分の個性の限界値を引き上げるものだからもうシャレにならないくらいきつい。ただでさえ個性のせいで体を壊してる私には本当にいつ血を吐いて倒れるかわからなかった。
だから、なんとか体が最後までもって良かった。
スゥ…、と深く空気を吸ってみる。肺がギスギス痛いような気がして、症状が進んでるんだと思い知らされる。
卒業、できるかなぁ。卒業する時にはもう使い物にならなくなりそうだ。
「…やだなぁ、」
夜って、なんだかセンチメンタルな気分になる。誰の温もりもないこの夜空の下が、なんて自分が孤独だと思い知らせてくるんだろう。みんなが元気に夢に向かって卒業するのを、私は笑顔で混ざれるのだろうか。
(もっと、元気な体だったら良かったのに)
切り株に座って足を放り投げた。砂利の上を足が滑る時の音とか、足に伝わる振動とかが変にハマって何回も地面を滑らせた。ちょっと楽しい。
心地よい風が髪の毛を揺らす。いい気候だなぁ、そう思っていたら、ふわりと漂う甘い匂い。
あ、この匂いは。
「爆豪くん」
「気づくのおせぇな」
「いつもみたいに怒った雰囲気がなかったからかも」
ザ、とやって来たのはクラス名物、『AJI FLY』Tシャツを着た爆豪くん。気配を消して、足音立てずに近づいてたらしく後ろを振り向けば思ったよりも近い距離にいてびっくりした。
「背中側座る?」
「…」
「あ、座るんだ」
「テメェが言ったんだろ」
「うん、でも今日は素直な日だね」
切り株の端よりに座り、背中側を広めにあければそこに腰を下ろした爆豪くん。少し触れた背中には爆豪くんの背骨が当たったらしく、硬かった。
背中合わせで切り株に座るって、なんだか少し変な気分。爆豪くんも静かだし、なおのこと変だ。
「薬」
「ん?」
「飲んだんか、薬」
「…あれ、薬飲んでるって言ったっけ?私」
「コレ、テメェのだろ」
そう言われて肩口から飛び込んで着た小さな長方形の銀色。話題通りそこには白い玉が二錠ついていた。
通りで、薬が足りないと思った。
「…これ、どこで拾ったの?」
「廊下」
「うわー…ありがとう、拾ってくれたのが爆豪くんでよかったー…」
よかった。ほんとうに。相澤先生とかだったら持ち主特定して確実に収集かけられてた。あの人サトリだから、絶対問い詰められて終わってた。だから事情を知ってる爆豪くんでほんとよかった。
「予備で持ってきてなかったからちょっと困ってた。ありがとう」
「管理ぐらいしろや」
「返す言葉もございません」
クスクスと笑うと大きくため息をつかれた。まぁしょうがない。ため息をつかれるようなことをしたのは事実だ。薬をポケットにしまい込み、トン、と爆豪くんの背中にもたれた。
本当に、爆豪くんには助けられてばっかりだ。
「…もたれんな」
「ねぇ、夏の大三角ってどれ?」
「聞けやクソ酸素」
あれかなー?とそれすら無視して空を指差せば、ガツンとくるのは頭への衝撃。
「いっ、たぁぁーー!!!!」
「テメェがくだらねぇことするからだろ」
「頭突きしなくてもいいじゃんかー!!」
前かがみになって後頭部に手を添えた。めちゃくちゃ痛かった、爆豪くんのバカ。
むす、と唇を尖らせて体を後ろにひねった。表情は分からなくて、よく見ているタワシ頭しか見えなかった。
「爆豪くんって、すーぐ暴力する」
「テメェが馬鹿だからだ」
「でもさ、昨日女子の部屋でさ、
:
:
『*ちゃんって爆豪くんと仲良いよね!』
女子の中で【ドキドキゲーム】が終えた頃、みんなのテンションはマックスになっていた。あ、ちなみにドキドキゲームって言うのは、王様ゲームみたいに、王様が男役と女役を指名して、男役がどれだけ女役に言葉や仕草でドキドキされることができるかって言うちょっと変わったゲーム。ちなみにドキドキしたら負けで、女役は男役に言うことを1つ聞かなきゃダメになる。
そんなこんなで、ドキドキさせるのが上手な男役ぶっちぎりトップの耳郎に散々ドキドキさせられた女子の次なる話題が恋愛に向くのは自然な流れだった。(ちなみに全くドキドキしない女役トップは私です)
『……はい?』
『あ、それ思った』
『爆豪さん、*さんには心なしかお優しい気がしますわね』
『…ぶっ、あははっ、!ないない!爆豪くんが私に優しい?んなわけないって〜!』
小魚の煮干しをつまみながらお腹を抱えて笑った。さっきのヤオモモの言葉を思い出すと今も笑える。
爆豪くんはたしかに、たまぁぁぁぁぁに優しいことはある。でも基本はクソを下水で煮込んだような性格なのだ。未だに爆豪くんに名前で呼ばれた記憶がない。ブスかクソ酸素の二択だ。
『めっちゃブス連呼されるよ』
『でも二年生になってから2人で喋るところ見るようになったわ』
『えー?まぁ関わることはなんか知らないけど多くなったかなー?』
まぁ、私の病気がバレたとき以来だけど。
そんなこと到底言えるわけもなく、へらりと笑って口の中に小魚を放り込む。噛み締めると少し苦くて、なんだかそれが病みつきになった。
『*ちゃん的に爆豪くんはどうなん?』
『ないない、全くない』
『でもさ、*が溺れた事件の時、真っ先に爆豪くんが助けてくれたらしいじゃん』
『*を抱えて上がってきた時の爆豪くん、ちょーかっこよかったー!』
『おやおや〜?透こそ爆豪推しじゃないのー?』
『それはないけど顔は良いよね!』
『それ!ほんとそれ!』
『黙ってたらかっこいい』
『一番の無理難題じゃん』
:
:
「ってことがあったの」
「ぶっ飛ばされてぇのか」
「なんで!?褒めてるじゃん!!」
「どこをどう解釈したらこれが褒めてることになんだよ!!」
「爆豪くんって、私に優しいの?」
「やさっ…しくねぇわ!!!」
Boom!!!!
小さめの爆発が辺りを一瞬照らした。ケラケラと笑う私に笑うなとブチ切れる爆豪くん。いつも通りの爆豪くんでなんだか余計におかしくなった。
「そっかー、優しくないのかー」
「んでテメェに優しくしねぇとなんねーんだ!!」
「私は、結構優しいんだなーって思うんだけどね」
Bom!!Bom!!
小さな爆発が二回連続で起こった。何怒ってるの、と笑う私に爆豪くんがまたキレる。女子の前ではああ言ったけど、やっぱり爆豪くんは下手くそな優しさを持ってると思う。本当に下手くそだけど、こっちが惑わされるくらい優しい。
「嫌いじゃないよ、爆豪くんのそーゆーとこ」
「…俺はテメェのそーゆーところが大嫌いだ」
「えー、私爆豪くんに嫌われてるのー?」
「大っ嫌いだクソが。好きになる要素なんて1つもねぇわ」
「あーあ、悲しい悲しい。そんなに嫌われてるのかー」
「、だいたいテメェは半分野郎が好きなんだろうが」
「ふふ、報われない恋だけどねー」
まぁ、叶える予定もないけどね。
その言葉は喉の奥深くにしまい込んだ。私が轟くんに告白して、万が一にもそれが叶ったらどうなる。弱った私が彼のサイドキックになれば、迷惑がかかるのは轟くんだ。いくら個性の相性がいいからって限界がある。
叶えるつもりのない恋は、楽しむだけでいい。
「…叶えるつもり、微塵もねぇくせに…」
「え?なんて?」
「んでもねぇよ。っつーかくだらねぇゲームしてんだな、テメェら」
「、えー、くだらないって何よー」
ぼそ、と言った言葉はうまく聞こえなかった。けど多分、私の心のうちがばれてるような、そんな気がした。
なんでこんなに爆豪くんは鋭いんだろうか。私の心の内を、こうも簡単にわかってしまうなんて。
「楽しいよ、ドキドキゲーム。男子でもやってみれば?」
「何虚しく野郎だけでキモいことしねぇとなんねーんだよ」
「いいじゃん、それも一興だよ」
「キメェ」
「でもやっぱり贔屓目なくても顔がいい轟くんがトップになりそうだなー、ドキドキさせるの上手そう。天然だし」
「舐めプ野郎に俺が負けるわけねぇだろ」
「いやいやいや、爆豪くんキレて終わりそう」
「はぁ!?ドキドキさせ殺したるわ!!」
「殺してどうするのよ」
なんでこうもトップにこだわるのだろうか。まぁまたそれが面白くて尊敬するところなんだけど。こんなゲーム1つにまで拘るなんて本当にみみっちい。
「じゃあ、私もドキドキさせられる?」
「舐めんな、余裕だわ」
「本当にー?私、女子の中では絶対ドキドキしない鋼の心って言われてるんだよー?」
言われる言葉全部に冷静に対処していた私だったから、梅雨ちゃんに鋼の心って言われちゃった。だっておもしろかったんだもん。私以外を全員ドキドキさせた耳郎でさえ私の攻略はダメだったくらい。
「もうさ、あまりに楽しくてドキドキしなくて、私そう言う感情ないんじゃない?って自分でびっくりするくらいだったよー」
「…俺が勝ったらどうなんだ」
「言うこと1つ、私が聞くの。でも爆豪くんがなにしたって私は、」
「*」
その瞬間、後ろから首へと絡まる太い腕と、切り株についた手に重ねられる熱い爆豪くんの手。
耳に寄せられた口から、熱い息が漏れ出ては、耳の奥の脳がドロドロに溶かされるような感覚に陥った。
(あ、あれ…?)
ふわりと香る甘い匂いに酔ったのか、頭がぼーっとして、ひたすら熱い。
指が絡められて、痛くない安心できる強い力で握られた。
手も、首も、耳も、硬い体が触れられる背中も、自分のものじゃないみたいに敏感になって、熱くて、苦しい。
「*」
「っぁ、ッ…」
太くて逞しい腕が、グッと力を込められてさらに体が密着する。
なんだ、これは。どうなってるのかわからない。わたしも、爆豪くんも、今なにをしてるのか頭が追いつかない。
ただ名前を呼ばれるだけなのに、体の芯が震えるような気がした。
「心臓の音、すげーぞ」
「っち、ちがっ、」
「なぁ、誰が鋼の心だって?」
「〜〜ッ、み、みもと、だめ、あの、だめだから、」
「お前の心臓の音、俺にまで聞こえてんぞ。ドキドキしてんのか?」
ぞく、ぞく、と背中が震える。
声1つに頭がぐちゃぐちゃにされる。思考が止まる。なにも考えられなくなる。
最後のトドメだと言うように、もう一度、吐息たっぷりで「なぁ、*」と告げられれば、わたしは降参するしかなかった。
「っ、わ、かった、わたしの、負けでいいから、だから、ちょっと、離れて、」
「、負けたら、俺の言うことなんでも聞いてくれんだよな?」
「〜〜っ、や、みみもと、だめ、だから、っ」
子宮がきゅん、と締め付けられているようで、これはだめだと頭の中が警報を鳴らした。低い声が耳を震わせるたびに苦しいくらい心臓がおかしくなる。
「なんで、耳元、だめなんだよ」
「ッぁ、〜〜っ、」
少しカサついた唇が耳に触れて、びくりと肩が跳ねた。
なんで、こんなことになってるの。
ちょっとからかっただけなのに。だって相手は爆豪くんだよ?なんで私、そんな彼にドキドキさせられっぱなしなの。て言うか、耳元はせこい。低い声がダイレクトに脳を刺激するから、こんなのズルすぎる。
変な背徳感とか、そう言うの全部かっさらうくらいの行動に、もう全て投げ出したくなった。
「なぁ、なんでだよ」
「っひ、ゃ、」
くそ、このドSめ。なにが完膚なきまでの一位だ。こんなの、せこすぎるしずるすぎる。勝てるわけないじゃないか。
「ど、どきどき、するから、やめて…っ、」
「やめてください、だろ?」
「〜〜っやめて、くださいっ、」
「ケータイ、見とけ。そこに命令すっから、毎回3分以内に返信しろ」
「わかった、!わかったから…っ!」
「…はっ、チョロいな、クソ酸素」
パッと離された手。うまくできなかった息を解放するように吐き出しては、耳と心臓に手を当てた。異様なまでに熱を持ってて、苦しくて、本当にどうにかなるかと思った。
爆豪くんの低い声が耳からこびりついて離れない。私の名前を呼ぶ声が、まだ頭の中で木霊している。
「……他の野郎の前で、ンなことすんなよ、クソ酸素」
「…っえ、?」
「煽んなっつってんだ、分かれやカス」
「?あお、…?」
「寝る。じゃあな」
「わっ、わわっ、」
ぐしゃ、と頭を撫でられれば、髪の毛がだらりと垂れた。頭を抑えて後ろを向けば、そこには宿に向かって歩く爆豪くんの後ろ姿しかない。
視線が彼の手に向かった。あの手で、触れられてたんだ。
「〜〜っ、せこ、ずる、卑怯だ、」
まさか、こんなに、どきどきすることになるとは。
罪な男だぜ、そう言って感情をごまかした。顔の熱は、未だ引きそうにない。