「っと、轟くん…っ!」
「帰りか?」
「う、ん、。轟くんも?」
「あぁ」
学校終わりの下駄箱、もうすっかり夏の気温で、半袖の制服でも汗が滲む。そしたらばったり出くわした涼しい顔の轟くん。いきなりだったから心の準備ができず、ついどもってしまった。
「帰るか」
「え?」
「帰らないのか?」
「かっ、帰るッ帰ります!」
「なんで敬語なんだ?」
クス、と笑みをこぼす轟くんに、心臓がドキドキとうるさくなる。よく笑うようになった轟くんには、本当にドキドキさせられっぱなしだった。かっこよすぎるでしょ、こんなの。
「一緒に、帰っていい…?」
「あぁ」
*は相変わらず変だな、とグサっとくる言葉をもらったが、轟くんが笑っているからオールオッケーだ。ありがとう世界。
熱されたアスファルトを歩くローファーが熱いけど、それ以上に私の顔の方が熱い。ドキドキが止まらなくて、隣の轟くんを意識しすぎて、うまく歩けてるのかすらわからなくなる。
というか、近い。たまに手がぶつかって、頭がパンクしそうだ。轟くんのパーソナルスペースは異常だと思う、いつも。嫌じゃないです、ありがとうございます。
「今日の演習、うまくいったな」
「へ!?そそそそうかな!!?」
「*の個性、単体でも結構強ェし、俺のと相性もかなりいいもんな」
どうしよう、なんでこの話題になったんだっけ。聞いてなかった。
とりあえず単語を拾って今日の授業を振り返って見た。
今日のヒーロー実践基礎学は、2人一組での実践演習。私はクジで轟くんと当たることになって、相手はヤオモモと上鳴くんというなかなかの強個性の2人だったけど私たちの個性は組み合わさったらかなりの力を示して案外スムーズに勝った気がする。
「体育祭では轟くんにボロボロにされたけど、チームだったら心強いよ、ほんと」
「いや、体育祭ではむしろあんなに粘られるなんて思ってなかった。結構焦ってたぞ」
「めちゃくちゃ涼しい顔してたよ…」
現在、二年連続轟くんに負けてます。決勝トーナメントに進んでも轟くんは敵だったら相性が悪すぎる。去年はまぁ氷しか使われなかったけど、私のコントロールが壊滅的に下手すぎて自滅した。
そして今年は轟くんは持ち前の二刀流で戦った。でも酸素は炎を増大させるし、かと言って酸素濃度を低くしてるうちに氷で攻撃される。そして氷に対応しようと酸素で風を操れば、また炎で攻撃される。それのエンドレスで、とにかく私が後手後手に回るから全く轟くんに攻撃できない。
制限時間ギリギリくらいまでは粘ったけど、最後の最後に体力が尽きてぶっ倒れたのは記憶に新しい。
「接近戦でも長距離戦でもいけるし、毎年なんだかんだで体育祭ベスト8には残るもんな」
「2位以上と4位以上を逃すことになった相手が目の前にいるんですが…」
「わりぃ」
「思ってないでしょっ」
「でもまぁ、*がチームにいるとかなり楽だ」
「うーん、私も、チームアップするなら轟くんが一番いいなぁ」
昨日の敵はなんとやら、味方だったら私の個性を使えば炎は増幅させ放題だし、氷だって風で切ったり飛ばしたりとなんでもできる。
将来サイドキックをするなら炎をメインに戦っている人がいいなぁとは思っていたけど、まさか炎と氷の二個持ちとは。相性抜群な上にまさにチート。そしてイケメン。天は二物も三物も与えるとはまさにこのことだ。
「親父も*のこと気にかけてたぞ」
「えっ、ほんと?トップヒーローが私に?」
「将来俺と組めばいいとか言ってた」
「そっか〜、でもそしたら私も楽、か、も……」
将来、組むって、あれ、あの、将来、轟くんのサイドキックってことですか、あれ、。
それって、ずっと、一緒に、いて、その、エンデヴァーの事務所で、轟くんとずっとペアで、
「〜〜ッ、ずっと一緒に!?」
「何がだ?」
「いっ、いやっ、ごめんひとり言…ッ!!」
まって、まって、それってもうお父様も容認してくださっているって解釈で間違ってはいないでしょうか…!?!?まって、嘘でしょ、まさかめちゃくちゃ堅物そうなエンデヴァーが轟くんのお側に私を置いてもいいだなんて…っ!?
「い、いやぁ〜、そう言うのは、私たちの意見も大切だよねぇ〜、」
「俺はいいぞ。個性の相性的に、お互いのためになるだろ」
「いいの!?!?」
「あぁ。…ってどうした、顔赤いぞ」
とっ、轟くんもっ、容認してるなんてっ、そそそそそんなのっ、
(結婚じゃないかッ!!!!)
「おい、*」
えっ、どうしよう、まずは両親に説明しないとっ、お父さん娘大好きだけど轟くんなら大丈夫だよねっ、だよねっ!?えっ待って、私轟くんと結婚するの?あれ?ん???まずはそれだったらおつきあいからしなきゃダメじゃないかな!?!?(困惑)
「…*?」
将来ずっと俺のサイドキックって…それプロポーズ!?私プロポーズされたの!?
「*」
「っは、ハイッ、」
「大丈夫か?」
「っえ、あ、とどろき、くん、…」
っあ、轟くん、近い、目、きれい、かっこいい、手、伸びて、あれ、これほっぺた、触れられて、冷た、わ、手スベスベ、すごく、いい匂い、だめだ、
(好き、)
「体調悪いのか?」
「…轟く、ん、」
「どうした?」
「……っ実家に帰らせていただきます…ッ!!!」
「は?おい、*、」
個性も使って全力疾走で寮に帰った。だめだ、もう、私の頭はキャパオーバー。熱暴走した機械みたいにうまく頭が回らない。だめだ、本当に、轟くんがかっこよすぎる。
:
:
「ってなことがあったから、私将来轟くんと結婚する」
『とうとう頭が逝っちまったか』
「だってー!だってだってだって!!エンデヴァーも将来私を轟くんのサイドキックにしたいって!言ってたんだよ!」
『んでそっから結婚の話になんだよ』
ぼふ!ぼふ!と部屋にあったクッションを殴った。電話越しに、暴れんなうるせぇ、と言われたので次はそれに頭を突っ込んだ。これの質感は人をだめにするんだよなぁ。
ってそれどころじゃない。
「はぁ…轟くんもオッケーだって…」
『サイドキックの話だろ』
「轟*になっちゃうのかぁ!」
『救いようのねぇ馬鹿だな…』
「もう、ちょっと妄想するくらいいいじゃんか、ケチ」
『切るぞ』
「あー!待って待って!ごめんって!」
とにかくこの興奮を伝えたいけど、私の気持ちを知ってるのは爆豪くんだけだから、それなら爆豪くんに言うしかないよね。うん。きっと一年前の私が見たら大層勇気ある行動だって言うだろうきっと。
はぁ、とわざとらしい大きなため息が聞こえた。ごめんなさいとしか言いようがないが、とにかくテンションの上がる恋話をしたい年齢なんです。許して。
「轟くん、かっこよかった」
『……』
「大丈夫か?ってほっぺた触れられた時は死ぬんじゃないかって本気で心配した」
『テメェの頭の方が心配だわ』
「ふぅ…爆豪くんにあのかっこよさはわからないか」
『死んでも分かりたくねぇわ、クソが』
ゴロゴロとベッドを左右に行き来する。うるさいと電話越しに言われたが、何も言ってないと言い返すと動きがうるさいのだとか。まったく、本当に爆豪くんは轟くんと正反対な性格をしているな。
もう少し轟くんの落ち着きを見習ってほしいものだ。
「そういえば爆豪くん、今何してたの?」
『勉強』
「うっそだぁ〜」
『ぶっ殺すぞ』
ベッドの上で足をバタつかせ、ケラケラと声を出して笑った。恐ろしい言葉を言うからごめんごめん、と努力家の彼を思ってベランダから外を覗いた。お月様が見当たらない。今日は新月だろうか。
「ねぇ、爆豪くん、今日月がないから星がすごく綺麗に見えるよ」
『知るか』
「えぇー、見てみてよ〜」
北斗七星の数を数えてみた。なんだか一個足りないけどまぁいっか。夜空といえば冬が綺麗だけど、夏も夏でまた綺麗。うーん、夏の大三角がわからない。もうあれでいいや。
「夏の大三角ってわからないよね」
『…そっちからじゃ見えねぇだろ』
「え?爆豪くん見てるの?」
『見てねぇ』
「うっそだぁ」
『…都会の空なんてこんなもんだろ』
「あ、認めた」
『黙れごちゃごちゃ喋んなクソが』
「へへ、ごめんごめん。じゃあそろそろ切るね」
『さっさと寝て一生起きんな』
「ひどいなぁ…。でも電話ありがと、楽しかったよ」
そう言えば、また罵声が来るかな?って思ったけど、飛んで来たのは短い「あぁ」という返事だけだった。それがなんだかいつもの怖い爆豪くんからは想像ができないほど静かな声だった。
だからなのか、電話口から聞こえた低い声が、不意に心臓を鳴らしたのは。
「、爆豪くん、勉強まだやるの?」
『テメェが邪魔したから集中切れたわ』
「それは本当に申し訳ありません…」
『ったく…次かけるときは事前に言えよクソ酸素』
「え?」
びっくりしてスマホを見つめた。画面に映る『爆豪勝己』の文字がまるで目の前に爆豪くんがいるような錯覚に陥る。
いや、そうじゃなくて。
「また、かけていいの?」
『…、チッ…切んぞ』
「わー!ちょ、ちょっと待って爆豪くん!!」
『…るせぇ、なんだよ』
「まっ、また!電話しようね!」
不思議だ。轟くんの時みたいなドキドキじゃないのに、なぜか心臓がうるさくなった。なんでだろう、緊張、しているみたいだ。変なの、だって爆豪くんが相手なんだよ?
あれかな、そこまで仲良くなかった相手と、仲良くなりたいとか、そんな気持ちがあるからなのかな。
『…勝手にしろや』
「!か、勝手にする!」
死ねとかアホかとか言われるかなって思ったけど、もしかしたら今日の爆豪くんは優しい日なのかもしれない。
嬉しさで心が踊ったような気がした。今ならなんでもできちゃうような、そんなワクワクがあった。
いつの間にか手に力が入ってて、お気に入りのクッションにシワができていた。
「また、明日ね、爆豪くん」
『、おぉ』
「おやすみ、」
『…早よ寝ろ、アホ女』
「うん、寝るよ」
『……』
「……」
『…切れや』
「ば、爆豪くんが切ってよ」
『テメェが先に切れや』
「やだ!爆豪くんが先!」
『…はぁ…、』
「あ、今面倒臭いって思ったでしょ」
『あぁ』
「そこだけ素直…!」
ふあ、とスマホを遠ざけて小さくあくびをした。あまり眠たくないけど思わず出てしまった。
電話口は遠ざけたのに、爆豪くんには聞こえてないはずなのに、呆れたような声で『眠いなら寝ろや』なんて言ってきたもんだから本当にびっくりした。
「聞こえてたの!?」
『テメェのバカ面が目に浮かんだだけだ』
「え、エスパー…!まさかそういう個性の持ち主、『クソ酸素』
「っ、」
『寝んぞ』
「ぅ、ぁ、はい…、」
耳元から聞こえて来るから、まるで隣で言われたような感じだったから、爆豪くんの声にひどく心を乱された。ドキドキと心臓がなっちゃって、くしゃくしゃになったクッションを腕で強く抱きしめた。
「、おやすみ、爆豪くん、」
『…ん』
「せーので切ろうよ、同時にさ」
『だりぃ、つっても、そうでもしねぇと切らねぇだろ』
「ふふ、よくわかってるね」
『…クソ酸素』
「ん?どうしたの?」
『…明日寝坊すんなよ』
「ぅ…頑張って起きます…」
『寝坊したら殺す』
「絶対起きます」
クスクス、と笑みをこぼした。爆豪くんは呆れたようにため息をついたけど、でもなんだか電話の向こうから柔らかい雰囲気が漂って来るような気がした。
「じゃあ言うよ?」
『おー』
「絶対切ってね?」
『わぁったから早よしろや 』
少し寂しく思う自分がいて、ほんの少しだけ戸惑った。自分が思うより、電話が楽しかったからなのかもしれない。うん、きっとそうだ。
スマホを目の前に移動させて、爆豪勝己の文字の下にある赤い電話のマークに指を添えた。あぁ、1時間以上も電話してたんだ。
「…、せーのっ」
プツ…ピコンッ
電話が切れると同時に、アプリが可愛らしく音を鳴らした。なんの音も立てなくなったスマホをじっと見つめた。トークの並び順はもちろん爆豪くんが一番上だった。
「…結構、楽しかった、かも。」
そう口で言うと、楽しかったってことがよく良くわかった。
頭からタオルケットを被った。あ、暑い、やっぱやめ。
上に被されたタオルケットをくしゃっと体で巻き取り、抱き枕のように抱きしめる。未だ通知欄から目を離さないようにしてるのは、なんでだろうなって自分でもわからなかった。