何と言っても水難エリアと火災エリアは得意分野。個性がこれでもかと発揮されるこの場では私の独壇場になるかもしれない。
「よしっ」
「気合い入ってんな〜*」
「ふふっ、水中はお手の物だからね!」
「そういえば水中でも息ができるんだっけ?」
「呼吸はしてないけど、水の中でも生活できるよ」
個性、酸素操作。空気中や水中などの酸素の濃度や流れを自在に操れる。人体の血液に触れればその人の酸素すら操れる。一つの能力としては水中の酸素を体に取り込み、肺を動かさなくても細胞が呼吸をしてくれる。だから水の中ではブクブクと水泡は出ない。まぁ魚のえら呼吸に近しいが、コントロールさえできれば、何時間でも水の中に潜水することができるのだ。
「へへ、ここは私の独壇場だねぇ〜」
「ただ水の中で息ができるだけだろ魚女」
「…爆豪くんなんて水に触れたら個性使えないくせに。」
「舐めんな!!何回でも使ったるわ!!」
「どうだか。爆豪くんが溺れたら私が助けてあげるね!」
「誰がテメェなんかに助けられるか!!!」
「まぁまぁ2人とも。てかお前らそんなに仲良かったか?」
「良くねぇわしょうゆ顔!!」「良くないよ瀬呂くん!!」
「はは、息ぴったり」
「真似すんな魚女!」
「そっちこそ!」
もう、と唇を尖らせてそっぽ向いた。正直、あれからいつも通り接してくれる爆豪くんには正直感謝している。本当に先生にも言ってないみたいだし。
「なんだっけ、ここのミッション」
「2人1組で水中に沈めてある人形を助け出すんだって。最初どのペアでする?正直爆豪くんは不利だよね?」
「誰が不利だぶっ飛ばすぞ魚」
「人だってば」
目を釣り上げた才能マンは、じゃあお前から行けよと私の足を蹴った。ひどいなぁ、と呟いて瀬呂くんの服を引っ張る。
まったく、爆豪くんのこういうところ、すごく横暴だ。
「ご指名もらったから、まずは私たちがしよ」
「いや、俺はもらってない」
「いーからいーからっ」
爆豪くんにあっかんべー、と唇を突き出す。ぶち、と何かが切れた音がしたので早々に退散したが。背後からぶっ殺すと聞こえるのはきっと幻聴だろう。
「*、作戦どうする?」
「私が潜水するね」
「じゃあ俺のテープ引っ張って潜るか?底についたら人形にくくりつけて引き上げようぜ」
「了解」
「溺れるなよ砂糖デブ」
「もう!うるさいな!脂肪は浮くんですー!!」
「いやそれただの自虐だから…」
見せつけるようにがしっ、とお腹の肉をつまんでやった。瀬呂くんも爆豪くんも笑いおって、この野郎。
小型ボートで水上に浮かぶ少し壊れた船の横をつけた。去年入学早々ヴィランに襲われたなぁなんて思い出しつつ、壁面にあるはしごに足をかけた。
勢いよく登り切る前に、横から爆発音が先に通り過ぎて行き、そのあとに頑張れよーとテープで体を引っ張り上げた呑気な瀬呂くんの声が通っていった。
あ、2人ともずるい。
「早くしろのろまデブ」
「爆豪くんの鬼」
「おつかれ*〜」
「ありがと瀬呂くん!やっぱ女の子に気を遣える男の子じゃないとね!」
手を伸ばしてくれた瀬呂くんをつかみ、一気にデッキへと駆け上がった。勢いつきすぎて瀬呂くんに突撃するような形になってしまったが、まぁこれは結果オーライとして。パッと上を見上げれば、私よりもずいぶん高い位置に頭があった。
「ありがと。瀬呂くんって意外に身長高かったんだね」
「そりゃあ*よりはなー」
「早くしろやクソ酸素燃やすぞ」
「っいたぁぁぁっ!!」
出ましたお得意の右の大振り。なにすんのと噛み付けばもう始まんぞと至極真っ当なことを言われた。くそぅ…爆豪くんのくせに真っ当なことを言うなんて…。そんなことを思っていたら頬っぺたをつねられた。私の心のうちが読めるのか。
「DVだ」
「テメェは顔に出すぎなんだよ」
「*〜、用意するぞー」
「はーい」
むす、と口をへの字に曲げて瀬呂くんに向き合う。チッ、なんて舌打ちが後ろから聞こえたけど無視だ、無視。
「?瀬呂くんどうしてにやついてるの?」
「んーん、なんでもねぇよ〜」
ニヤニヤしてる瀬呂くんのテープを手首に一巻きし、あとは余裕を持たせて手で握った。簡易的だがこれが一番ベーシックだと思う。
「私が二回引っ張ったら引き上げてね。目標1分!」
「そんな早く大丈夫か?」
「相手は水の中だからね、早く助けてあげないと。あとは懐中電灯と超小型酸素ボンベね」
小型ボンベの酸素を充満させ、腰のポーチの中にしまった。ゴーグルを装着し、懐中電灯を片手に体内を酸素で満たした。
『救助開始まで、残り15秒』そんな放送が場内に響き、瀬呂くんのテープを強めに握った。目標タイムは1分だ。潜水でどれだけ時間が巻けるかがカギになる。
「いけるか?」
「いつでもオッケー」
『3.2.1、救助開始』
「油断するなよ、*」
「ん」
ちら、と後ろを向けば、爆豪くんがまっすぐ私を見ていた。
ドボンッ…
顔を少し冷ための水がくすぐっていく。
懐中電灯で底を照らした。視界に移ったのはいろんなガラクタや船が沈んでいて、やけにリアルだった。その中をよく見れば人形が寝転んでいて、あれが今回救助する対象だとすぐにわかった。
ドルフィンキックでぐんぐんと底に進んでいく。もちろん水中の酸素を体の中に吸収させ、なおかつ人為的に循環させているから呼吸は必要ない。
浮力のせいで抵抗力が強くなり、足の負担が強くなるが、それ以外はほとんど苦しさを感じない。
(人質と接触。1人だけ。…周囲がすごくごちゃごちゃしてる)
手首に巻いたテープを外し、沈んでいる人形にテープを巻き付け、どうあってもちぎれないように強く結んで二回引っ張れば、それとともに上昇して行くのを見上げた。
よし、
(救助完了っと。)
良かった、うまくいった。勿論だが酸素ボンベを使うことなく終えれた。これなら1分程度でいけたんじゃないか、そう安心して自画自賛した。爆豪くんに自慢してやろう。
そんなことを思って私もすぐに浮上するため地面を蹴った。
ガシャン…ッ
「っ!?ん"っごほ…ッ!」
突如、右足に激痛が走った。
いきなりの痛みに思わず酸素を吐き出してしまう。慌てて下を向けば、そこには足枷に捕まった私の右足が。
(足枷…!?なんでこんなところに…!?)
足も痛いが、誤って酸素を吐き出してしまったからとにかく苦しい。薄くなった体内の酸素を補充するべく意識を集中させた。大丈夫、とりあえず今は酸素の補充が最優先。
だが痛みでうまく集中できず、いつもよりも補充に時間がかかってしまう。
(大丈夫、大丈夫、)
必死に自分に言い聞かせる。目を閉じて身体中に神経を張り巡らせながら、ゆっくりと力を抜いていけば徐々にスムーズになる酸素供給に落ち着きを取り戻していった。
ガコン…ッ
ウイィィィィン……
しかし次の瞬間、水中に鈍い音が響いたと思えば、気付いた時には水底に体を叩きつけていた。
(ッ!?)
「ッゴホ…ッ!!」
あまりに強すぎる下からの引力。背中を強く打ったと同時に息が泡となって上昇していった。足だけじゃなくて、体が痛い上に水圧で胸部を圧迫され、酸素の補充どころじゃない。
排水機能が作動し、体が引き寄せられたと気付いた時には指一本動かせない水圧に完全に捕まっていた。
(い、きが…ッ!)
苦しさに思わず口を開けば、問答無用で流れ込んでくる水。それをさらに吐き出すように空気を出した。慌てて口を閉じたが、酸素が足りずに意識が遠のく。
(誰か、助けて…っ、)
こぽ…と小さく吐き出した空気が浮上するのを視界の端で見た。
:
:
「お、来た来た」
そう言ってしょうゆがテープを巻き上げると水中から姿を現した人形。頑丈なまでにテープががんじ絡めに縛られ出るのを見て、あいつ雑かと女の顔が浮かんだ。
「うわ〜、すげぇ頑丈だな」
「雑すぎだろ」
「確かに」
ケラケラと笑うしょうゆをよそに、水面をちらりと見た。つかなんであの女、なんで上がって来ねェんだよ。普通一緒に上がってくんだろ。
「…あ?」
「どうした?爆豪」
その瞬間、水面にぼこぼこと空気の塊が跳ねた。あいつは水中では呼吸をしない。だからこの空気は、あいつじゃない何かが出したものと考えられた。
「…………」
水底は暗くて何も見えない。一抹の不安は気のせいか、と水面を見つめた。*はまだ上がって来ない。
「*、まだ上がって来ないな。何してんだろ」
『水難エリア、まだ次の準備ができてないのか』
「*がまだ上がって来ないんですよ」
相澤先生から無線が入る。呆れたような口調が、しょうゆの発言で少し険しくなった。その瞬間、わずかに水面が揺れては、機械音が水面下から伝わった。
「ん?なんの音だ?」
『なんの音…、ッおい!なぜ排水装置が作動してる…!生徒がまだ水中にいるんだぞ!!』
ガタガタと無線の向こうが慌しくなった。『排水装置』確かにその言葉が聞こえた。船から水面を覗けば、また空気の泡が水面に触れて破裂した。
「は、排水って、*、まさか巻き込まれて…」
『瀬呂!*はまだ上がって来ないのか!?』
「ま、まだ…っおい爆豪!待てってッ…!」
『!どうした、瀬呂…!』
「爆豪が中に飛び込んで…ッ」
『チッ、クソ、そこで待ってろ!』
気づけば手すりに足をかけ、ゴーグルをつけて水面に飛び込んでいた。無意識の行動だった。中に入れば、確かに機械音と水底に吸い込まれる感覚があった。
ここの水を一気に抜けるほど強力な排水機能だと聞いた。もし巻き込まれていたら、ただじゃ済まないことは容易に想像がつく。
あの個性を持った*でも、そうなれば酸素の補充どころじゃないはずだった。
(ックソ女、どこにいやがんだ…!!)
反射で飛び出たから懐中電灯なんて持ち合わせていない。いくらダイビングスーツで手が濡れてないからと言ってここで個性を使えば、アイツに被害が及ぶ可能性がある上に、両手で一回ずつしかないチャンスをここで使うのは避けたかった。
(クソ、らしくねぇ…)
そう言えば、酸素ボンベ持ってくんのすら忘れてたな。
息苦しいことに今更気づき、やっぱ水中は向いてねぇなと自虐した。
(っ!*!)
白いダイビングスーツが視界に僅かに映った。しかしそれと同時に体が下に引き寄せられた。流れに逆らえず体を沈めれば、*の真横に体が叩きつけられる。
(クソ…!強すぎんだろ…ッ)
無理やり腕を動かし、*のすぐ横に手をついた。顔をしかめて目を瞑る*はピクリとも動かない。まるで死んでいるかのように。
(っ、ざけんなよ…!!)
底に突いた手をそのまま、鉄格子の奥で無慈悲に作動する排水装置を爆破した。聞きなれた爆発音とともに機械音が止まる。
しかし爆破とともに口から出た空気が泡となって浮上していった。
息が、やべぇ。
苦しさに顔をしかめる。早くしないと、俺まで手遅れになる。*を抱きかかえ、水底を思いっきり蹴り上げた。
ガシャン…ッ
しかしそれは、鉄の音に阻まれた。
(!足枷…!?)
*の足には鉄の鎖が繋がれていた。驚きで目を見開けば、体の酸素のなさに頭に熱がこもり、視界がふらついた。
(や、べ…)
やっぱ、酸素持って来るべきだったな。犯したミスの重大さに腹がたつが、体にうまく力が入らずまた水底に沈みかける。
ボコ…
その瞬間、口元に何かが当てられ、肺が膨らんだ。
「!!」
目を開けば、*が俺を虚ろな瞳で見つめていた。*の腕は俺の口元に伸ばされている。息をするように空気を吐き、また吸い込めば頭の中がクリアになった。
(酸素ボンベ、か…?)
口に当てられていたのは*が潜る前に準備していた小型の酸素ボンベだった。俺が目を開けたのを確認した*は、そのままそれから手を離し、目を閉じた。
(っざけんな、俺を助けて死ぬんじゃねぇ…!)
口元のそれを*の口に当て直したが、それを吸い込む気配はない。生粋の馬鹿だな、こいつは。
口をこじ開け、俺のにそれを重ねた。そこに空気を送り込めば、*の指先がピクリと動く。
ボンベで酸素を吸い込み、もう一度吹き込んだ。ほんと、ざけんなよ。
足枷の鎖を掴んで爆破する。上に向かって水を蹴り上げた。それとなく、*が俺の体に腕を回した気がした。
:
:
「!爆豪!*!!」
浮上とともに咳き込んだかっちゃんと、ぐったりとかっちゃんに抱かれている*さん。やっと上がってきた2人に安心するように瀬呂くんが座り込んだが、泳いで陸に向かうかっちゃんに相澤先生と13号先生が駆け寄った。
「爆豪!*は、」
「だいぶ水を飲み込んでやがるが、息は止まってねぇ」
引っ張られて陸に上がる2人。相澤先生がすぐさま*さんの脈を取り、意識を確認した。かっちゃんはまだ咳き込んでいた。かっちゃんが*さんをゆっくりと地面に寝かせる。その表情はいつになく真剣だった。
「リカバリーガール!ここです!」
「誰だい、溺れた子は」
事前にリカバリーガールを呼んでいた13号先生。スムーズに治療されているのを僕たちはぼんやりと見つめることしかできなかった。
訓練じゃない、本当の水難事故。事の概要はわからないけど、かっちゃんが*さんを助け出したってことはわかった。
「お前らはとりあえず教室に戻って待機してろ、飯田、任せたぞ」
「っ、はい…、皆、教室に戻ろう」
「爆豪、瀬呂、お前らは残れ」
「は、はい」
「…………」
2人を残して僕たちはその場を後にした。最後に見たかっちゃんは、ただ*さんを見つめていた。