September’s Festival

「お、おまた、せ…っ」

「ノロマ」

「っこれでもめっちゃ急いだの…!」

はぁ、はぁ、と息を切らして階段前。荒ぶる息を抑えようと胸に手を当て肩を降ろした。
どうしよう、心臓はいつまでたっても落ち着いてくれそうにない。

「え、あ、ば、爆豪くん、どこか回りたいところでもあるの?」

「口紅はみ出てんぞ」

「えっ、うそっ」

「下手くそ」

慌てて隠そうと口元を押さえたが、その手を掴んで引き離し、唇の輪郭をなぞるように親指が押し付けられる。

もったいぶるようにゆっくり触れた指先はほんの少し暖かくていい匂い。心なしか甘いそれは私の思考をめちゃくちゃにするには十分すぎた。

「顔、あけーぞ」

「〜〜っ、か、からかうのやめてよ、!」

もう、最近の爆豪くんは距離が近い。
こんな、こ、こ、恋人紛いのことされると変に意識しちゃうのに。それをこの男前は、さらっとやっけのけるんだから心臓がもたない。

「色が重すぎなんだよ、今度からもっと明るいの選べや」

「う、は、はい…」

「せっかくやってやった髪の毛もすぐに崩してんなや」

「ごめんなさい…」

「んっとに身だしなみもできねぇクソだな」

「…………」

そこまで言わなくてもいいじゃん、の言葉はぐっと飲み込んだ。唇を尖らせて視線を逸らすというまさしく子どもな抵抗をしていたら、それに苛立ったのかほっぺたがギュウ、と摘まれる。

「…いひゃいれす」

「…まぁ、小ブスだな」

「!」

な、なんと。
ドブスから小ブスに昇格しているなんて。いや、普通ブスって言われてる時点で怒らなきゃダメなんだけど、でも、でも。

「しょ、昇格…?」

「…喜んでんなや、クソ酸素」

「、へへ…」

「キメェ」

「どストレートはきつい」

ふぅ、と一つため息の後、「動くな」、と髪の毛に手を伸ばされる。「え、」と驚く暇もないまま私の正面から後ろの方の毛をいじりだした爆豪くん。
まるで頭だけ抱きしめられているような感覚に陥った。あまりに顔が近くて、なにも動けずに思考が全て停止する。

「ば、くご、くん、」

「テメェが崩したやつ直してんだよ。黙ってろ」

同じクラスTシャツを着ているのに、なぜか爆豪くんは色気があった。首筋や鎖骨が目の前に飛び込んできて、すごくなんか、綺麗で目が離せなかった。
て、いうか、近い。近すぎて、息が届いちゃう。

「…っえ、あ、あの、爆豪くん、」

「ん、直った」

「っひゃ、!」

直し終わった後、爆豪くんの片手が首を掠めて思わず声が出た。くすぐったい感覚が体が過敏に反応し、近すぎる距離も相まって、頭がぐるぐる回って意識が飛んでしまいそう。

異常なまでにグツグツ沸騰したお湯みたいに熱くなる顔のまま、呆然と爆豪くんに視線を向ければ、ニヤリと意地悪な顔が一つ。

「鋼の心はどーしたよ、*チャン」

「っえ、ぅ、あ、ううううるさい!く、首のやつわざとでしょ!」

「さぁな」

触れられた箇所に手を当ててカバーする。もう、本当に、私をからかうのはやめてほしい、からかう度合いが酷すぎる。
こんなの、ドキドキするなって方が無茶な話だ。

「っも、もう!早く行こ!」

触れられたとこ、全部が全部蕩けそうなほど熱い。


:
:


「爆豪くん!そば飯!そば飯だよ!!」

「わ、ワッフルアイスチョコレート…!?!?」

「わーい!フライドポテトー!」

「ななななんとっ!!鳥の照り焼き丼!ご飯モノ食べたかったんだぁ〜」

「見てみて!あそこ!揚げパンアイス!これは行かなきゃ、」

「落ち着けデブ」

ビビった。
華奢な体だからてっきり少食かと思いきやコイツめちゃくちゃ食うじゃねぇか。その割にはポニーテールみたいな体でもねぇからコイツの食った栄養どこ行ってんだ。消えてんのか?

「つい文化祭って食べすぎちゃうよね!」

「テメェほど食う奴そうそういねぇわ」

「ねぇ、爆豪くん、たこ焼き半分いらないの?」

「……やる」

「え!?いいの!?」

コイツ、牛みてーに胃袋四つくらいあんじゃねーの?
甘いもんばっか食ってるデブかと思いきや、熱いもの、辛いもの、苦いものなんでも全般いけるオールマイティなデブだった。ただの砂糖デブは撤回だ。

あーんっ、とやたらでかい口を開けてたこ焼きを頬張るデブに呆れてため息ひとつ。

「ふへ、おいひいね」

「……ブス顔晒してんなや」

「しあわせの味がするよ」

「どんなだよ」

揚げたてのパンの熱で溶けたアイスのように、締まりない弛みきった、蕩けるような笑顔に、胃の奥がギュッと締まる。
そんな馬鹿みたいなブス顔見てやるのなんて俺しかいねーぞ。

「食べててね、美味しいだけじゃなくてさ、なんかこう、あったまって、嬉しくて、楽しくなるの」

「意味わかんねー」

「たぶん爆豪くんがいるからだよ」

「、は?」

「二人でさ、楽しさ二倍!美味しさ二倍!みたいな?」

「…お前、やっぱ馬鹿だよな」

「えぇ!?伝わらなかった!?」

「馬鹿にしかわからねぇな」

「イデっ…!」

言葉通りのキラキラしてうっとおしいくらいの視線がむず痒くて額にデコピンをかました。大袈裟に額を抑えてこちらを睨む女にもう一度、バーカと軽口を叩く。
眩しい。日差しのせいなのか、あまりの眩しさに目を細めた。

「ねぇ、あの二人…」

「付き合ってんのかな?」

「爆豪先輩と*先輩だよね!ヒーロー科の!」

「*先輩今日可愛くない?」

「うわー、ヒーロー科やるなぁ」



「爆豪くん爆豪くん!茶道部で和菓子が食べれるんだって!」

「……アホ酸素」

「え?」

この多感な時期の高校生が、男女二人で文化祭を回ってて色々妄想しないわけがない。聞こえてきた会話に鬱陶しさを感じつつ、心の奥底で優越感を感じている自分に驚いた。

あー、鬱陶しい。

そんなことを思っていたら、肘のあたりのシャツをクイ、と後方に軽く引っ張られた。
なんだ、と後ろを振り返れば、さっきとは打って変わってしおらしい態度で申し訳なさそうに小さく指を指した。

「ね、爆豪くん」

「んだよ」

「ちょっとだけ、ここのバザー、見てもいいかな」

そう言って示した指の先、見覚えのありすぎる販売員と貸し切られた教室の外観に思考が停止する。

「全部ハンドメイドの一点物を売ってるんだって、見て見たいなぁ」

「……断る」

「だよね…爆豪くん、こういう可愛い系のお店入れなさそうなタイプだもんね」

「舐めんなクソが。んなもん余裕だわ」

そうじゃなくて、

とりあえず顔を見られないように教室から顔を逸らしたが、「あら?」なんて若い声が突如として耳に入り込んできた。

あぁ、クソが。
そんな腹立つような、しくじったという感情が当たり前のように襲ってくる。

「君、さっきの男の子よね?」

「……っス、」

「え?爆豪くんの知り合い?」

「ちげぇ、さっき、……」

テメェの髪の毛についてるもんをここで買っただけだ。

そんな言葉は死んでも口にできない。別に隠してるわけでもなんでもねぇが、なんつーかむず痒い。わざわざ文化祭で、彼女でもなんでもねぇ奴にアクセサリーを買うっつう事実が気持ち悪いだけだ。
ならなんで買ったんだって話になるが。

「あなた、そのカチューム、」

「え?これですか?」

販売員に話しかけられて一瞬驚くような表情をした後、頭に乗ってるそれに手をつけては俺の方を見てニヤつき出したクソ酸素。その顔に腹が立ったから一発蹴ってやった。

「ふふ、貰ったんです」

「…へぇ〜?女子力皆無のデブで頭の悪い顔したブスって、全く正反対じゃない?」

今度は販売員が俺の方を見て口元を緩めた。買った時の俺の発言を繰り返しては余計なことを言うもんじゃねぇなと改めて後悔する。

「…?」

「よく似合ってるわ、あなたにそのカチュームは」

「はい!わたしもそう思います!」

「きっと選んだ人があなたを思って選んだんでしょうね」

「ふふ、そうだと嬉しいです」

「そうよ、きっと」

「あの、」

なんだこの空間は。俺の味方はいねーのか。
ただ羞恥心ばかり煽られて頭を抱えたくなる。クソ酸素は後でぶっ叩くとして、この販売員の癖の強さもなかなかだった。選ぶ店を間違えた。確実に、だ。

「ふふふ、ごめんなさいね。何かお買い物がしら?」

「あ、はい!見て回ってもいいですか…?」

「歓迎するわ、どうぞ」

「はい!」

そう言って俺に断りを入れ、パタパタと教室に入っていく後ろ姿をぼんやり眺めた。小さくため息をついては、横からの視線に一瞬だけ目を向けた。

「…なんすか」

「んー?青春だなぁって」

「…彼女じゃないっすから」

「うんうん、今は、でしょ?」

「…違います」

これ以上の模索やら推測やらから逃れたくて、廊下に出てますと一言呟いてからその場を後にした。制止の声はフル無視だ。聞いてられるか。

壁に背中を預けてぼけっとアイツを待つ。学校の空気はいつもより熱い。お祭り気分で騒いでる奴らの声をBGMに、特にすることもなくスマホをいじる。

クラスLINEがだらだら動いてるのを尻目に教室の外から中を覗けば、差し込んでくる日光の中にいるあいつがうざったいほど眩しく映った。

「!…ふふ、」

目が、あった。

「爆豪くん」

カチュームってやつが、似合ってるななんて自画自賛しては、視界に映るのアイツが綺麗だなんて一生言わないだろう褒め言葉が頭に浮かんだ。

── たぶん爆豪くんがいるからだよ

テメェは、ここにいんのが轟でも同じようなこと言うんだろうが。

「…んだよ、クソ酸素」

でも、それでも、今だけは、

「へへ、呼んでみただけっ」

「、目当てのもんは買えたんか」

「うん!バッチリ!」

「…なら、行くぞ」

歩き出せば後ろからひょこひょこついてくる足音に耳をすませて、どこに行くわけでもなく歩き出す。歩調を合わせるとか、人生で初めてやったわ。


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文化祭もとうとう終わり、すっかり片付けも終わって名残惜しい空気が漂う中、時刻は夜の9時を回った。今日の思い出を語ろうとギャーギャー騒ぐクラスメイトを無視して、一人部屋に戻り、カバンをひっくり返して荷物を整理した。

「……あ?」

カバンから出てきたのは、見慣れない袋に包まれた四角いモノと、白い便箋。なんだこれ、と先に袋の中身を取り出せば、中からラッピングされた物が入ってた。誰のだよ、と悪態を吐く前に見慣れたラッピングの袋に軽く目を見開いた。
見慣れたも何も、今日俺があの店の販売員から手渡されたラッピングと同じやつだった。

誰のだよ、とリボンを解こうとした時、ハラリと膝の上に落ちた一枚のメッセージカード。

『爆豪くんへ

今日一日、たくさんありがとう!
今日はばくごーくんのおかげですごく楽しかった!(o^^o)
ささやかなお礼です。ばくごーくんの部屋には絶対になさそうなものにしたよ

いつもありがとう、ヒーロー!

p.s.直接じゃ絶対受け取ってくれないだろうから鞄の中に突っ込んどきました
*より』

最後に小さなブタのイラストが描かれており、無意識にそれを指でなぞった。つかあいつ、途中から「爆豪」って書くのがめんどくさくなりやがったな。

「…バァカ」

メッセージカードを片手にラッピングを解いていけば、中に入ってたのはシンプルなデザインが印象的な写真立てだった。センスのある色遣いも嫌いじゃねぇそれは確かに俺の部屋にはないものだ。

つーか、入れる写真もねぇっての。

カードを机に置き、それを早々に棚に配置した。いつか入れる写真でも撮ったら仕方なしに入れてやるか。

そんなことを思ってはもう一つの知らない真っ白な便箋を手に取る。これもあいつの仕業か?なんて思って開けてみれば、中に入ってたモノに瞬く間に思考が停止した。

それは、一枚の写真だった。



『いいじゃんー!狼の耳がついたとはいえただの帽子じゃんー!』

『んなキメェの被れっか!!』

『かわいいって〜!似合うって〜!』

『っざっっっけんな!誰がんなもん被るか!!』

『えいっ』

『っテメッ、このブタ野郎!!』

『え!あ、ちょっ、私ウサギがいい!』

『テメェにはブタがお似合いだこの大食いデブ!!』

『でもどっちにしろ爆豪くん狼だから私食べられちゃうね』

『食い散らかしてやろうかクソブタ酸素がぁ!!!!』



そうだ、あの時どっかのクラスでふざけた帽子をかぶってた時だ。まさか盗撮されてたなんて微塵も思わなかった。

『ふへへ、似合ってる?』

あー、くそ。思い出したら腹が立つ。なんも似合ってねぇよざけんなバーカ。

そう思いながら顔に篭った熱を発散させようと中身を取り出せば、またもや一枚の小さな紙が挟み込んでいた。

『写真部より、ステキなカップルへ

怒られると思って彼女さんにカバンに入れるようにお願いしました。怒らないでください。』

だったのこれだけが書かれていた。紙の無駄だと思いながらも、側から見たら俺たちはカップルにしか見えなかったらしい。別にそんなつもり微塵もねぇし、モブどもが勝手に騒いでるだけなのに。

「…………」

まぁ、あれだ。ろくに写真もねぇし、ただ枠だけの写真立ても味気ねぇから、そう、それに単なる気まぐれだ。
カタ、と動いた写真立て。その後ろの留め具を外して一枚の写真を挟み込んだ。改めて正面から見れば俺も写ってるはずなのに、あいつの顔しか見えなかった。

本当に、幸せそうな顔しやがって。


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ピコンッ
「ん?LINE?」

こんな夜遅くに誰だろう。そう思ってスマホの画面を覗き込むと「爆豪勝己が写真を送信しました」と表記されているではないか。

「あ」

トーク画面を開いたその中には、私と爆豪くんのツーショットが映し出されていた。いや、厳密にはツーショットの写真が入った写真立てが映し出されている。それも、多分爆豪くんの部屋の中の。

「…ふふ、」

ポツポツとフリックして言葉を送った。『また来年も一緒に回ろうね』と。
すぐに既読がついた。思ってもなかった返信に目を見開く。

『忘れんなよ、命令だ』

も知らない顔のうそ



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