Another of June

クッッッソだりぃ…

「爆豪、なんか不機嫌だな」

「いつもだろ?」

「死ねアホ面」

朝、モブの個性にかかった。朝練に遅刻だのなんだの言ってたモブがロクに前も確認しねぇで俺とぶつかってかかった個性。クソダリィ。

『おなかすいたなぁ…でも早弁は恥ずかしいし…』

『あ、飛行機雲みっけ』

『ヤオモモ相変わらずおっぱいデカいな…どうしたらあんなにおっきくなるんだろ…揉むの?』

「ックソ変態野郎が…!!」

「えぇ!?オイラか!?」

モブから受けた個性、24時間限定の【強く意識している異性の心を読める】個性だ。コントロールなんて出来ねぇ、奴の心のうちが問答無用でダダ漏れだ。うるさくて仕方ねぇ。

それも、【強く意識している異性】ってのが一番腹立つ。意識なんてしてねぇ、と否定できない。つーかあんなことがあって意識すんなってのが無理な話だ。けどハラタツ。

クソダリィ個性にかかっちまった。

「爆豪顔赤くない?」

「ねぇわざけんな」

早く24時間経てや…!!!


:
:


「ここでの『や』は強調を意味するもので、……────」

だめだ、頭の中に何一つ入ってこない。

グワングワンと頭を振り回されているように痛い。風邪でも引いたかな。だとしたらやばい。拗らせたら肺にも影響しちゃうのに。

「じゃあ轟、この文章を現代語訳に直して読んでみろ」

「はい」

あー、かっこいい。今日も今日とてかっこいいよ轟くん。轟くんみてたらしんどいの治らないかな。声がいい。しかも頭もいいとかやばい。ってやばいのは私の語彙力か、ハハハ。

(…冷や汗ベタベタ…)

気持ち悪い、辛い、頭痛い、なんかもうお腹も痛い、苦しい、しんどい、泣きたい。

ちら、と時計を見てみれば、授業終了まであと30分。全然進んでいない時計に余計体への負荷が大きくなったような気がした。

「よくできてるな。じゃあ次は耳郎、ここを訳してみろ」

「はい」

あー、轟くん、かっこいい。最高にかっこいいしかわいいし強いし、もう本当にやばいなぁ。
いいところしか思いつかないよ。
このまま癒しの轟くんのこと考えてたらしんどいのどっかいかないかな。

ビリッ…

「お」

…あ、消しゴムで消しすぎてノート破れてる…ってそのまま使うのね。気にしないのね。そんなところも可愛い。

恋は盲目って言うけど本当だ。もう轟くん以外何も見えな、あ、待って、お腹痛いのまた来たヤダもう本当。

カタカタと体が震えだす。遠のきそうになる意識を必死に保って唇を噛み締めた。ポタリとノートに汗が垂れる。
手先が冷たくて感覚がなくなって来た。心なしか肺もツキツキと痛みを主張して来たような気がした。

なんでこんなに痛いんだろ。生理?にはまだ早いし。肺の病気が派生してなんか起きてるのかな、やだな。痛い、死んじゃうのかな私。

じわ、と目に涙が溜まる。呼吸するのでさえ苦しくて、無理やり口を開けて深呼吸をしてみるがそれも一回二回で終えてしまう。

(いやだ、苦しい、死にたくない、生きたい、お願い、誰か助けて)

こんな時に助けてなんて、医者くらいしか私を苦しみから救ってくれる人なんていないのに、どうしてだろうか、頭の中には彼のぶっきらぼうな姿が浮かんだ。
彼なら、きっとこんな時でも、私を助けてくれるんじゃないか、そんなありもしない期待をしては目に溜まっていた涙が頬を伝った。

暗くなっていく視界の片隅で、ベージュ色のツンツン頭が映る。

(助けて、爆豪くん…)

ガタッ…

「すいません、*が体調悪そうなんで保健室連れて行きます」

突如として立ち上がった爆豪くんがセメントス先生に淡々とそう告げた。なんで、と頭が動く前に問答無用で私の前に来た爆豪くんが、その熱い手で私の二の腕を掴んだ。

「あ、あぁ…大丈夫かい?*」

「っえ、あ、…」

「ちょ、*顔真っ青じゃん、早く行って来なよ」

「立てるか」

「っ、ん、」

クラス中の視線を受けながら、爆豪くんに支えられて立ち上がった。正直、フラフラで保健室まで歩いて行けるかすらわからないけど爆豪くんがそばにいるから酷く安心できた。

「頼むぞ、爆豪。あと*、気をつけてな」

「ありが、と、」

「行くぞ」

腕を引っ張られて足を動かした。今にももつれてコケてしまいそうなそれを必死に前へ前へと進ませる。

パタン…と閉まった扉の向こうで、緑谷くんが一つ疑問を漏らした。

「…なんでかっちゃん、*さんより前の席なのにわかったんだろ……」


:
:


『爆豪くん、爆豪くん、』

「うるせぇ」

「わ、たし、何も言ってない…」

「黙っとけ」

無理やり教室から引っ張り出して後ろを歩かせるが、時折足をもつれさせるようにつまずいては俺の手を強く握りしめるこいつにイライラゲージは最高潮だった。

『わ、こけちゃう、っ、』

「〜〜ッあー!!クソ、ウゼェんだよ…!!」

「えっ、わ、きゃっ…!」

二の腕を強く引っ張っては俺の前に来させ、イラつく頭で考えもなしに膝裏と背中に腕を差し込んだ。え、え、と言葉にならない声を発しながら戸惑う女を無視して俗に言う姫さん抱っこってやつで早足で保健室に向かう。

「ま、ばくごうくん、私重いからっ」
『わ、どうしよう、すごく、楽になった、』

「そー思うんなら痩せろデブ」

「ひ、ひどっ、じゃなくて、歩けるから、」
『このままで、いいのかな、甘えても、嫌われないかな、』

「テメェと歩いてたら日が暮れるだろーが」

「で、でも…」
『爆豪くん、嫌じゃないかな、』

「しつけぇ、黙っとけっつったろ。礼も言えねぇのかクソ酸素」

「〜〜っ…あり、がと、」
『…あり、がと、…爆豪くんは、やっぱ優しいね、』

「一言余計だデブ」

「えぇ…何も言ってないよ…」

できる限り揺らさないように注意を払いながら保健室へと向かう。お互い何も喋らないが、その間もコイツの考えてることは俺に筒抜けだった。

『授業、あとからノート写させてもらわなきゃ、』

『リカバリーガール…いるのかなぁ…いたら肺のこともバレそうでやだな…』

『轟くん、ノート破かずに板書できてるかな…』

『轟くんに、勘違いされたら、ヤだな…』

そして時折聞こえた半分野郎の名前。コイツ全然クラスでは態度にださねぇから知らなかったが、まさかあいつに気が向いてたなんて。
思いもよらない形で知ることになったが、今度それをネタにしてやろうと心の中で細く笑った。

『すごく、あったかい…』

『寝ちゃいそう…落ち着く、』

『なんか、すごくいい匂いがする、』

『爆豪くんの匂いかな?』

『この匂い、すごく…、』

スル、と顔を寄せて来た女。何匂ってんだと軽口を叩いてやろうと顔を見た瞬間、火照った顔と潤んだ瞳と目が合った。

『好き』

「ッ…」

ズン、と心臓にのしかかるような重みと、全身の血液が沸騰するような熱さ。うまく息ができなくて、言葉を咀嚼できなくて、慌てて女を視界から外すように前を向いた。

何勘違いしてんだ、コイツが言ったのは匂いが好きってことだろ。いや、何も勘違いなんてしてねぇ、そうじゃなくて、

ドク…ドク…ドク…
俺とてまた17歳の男子高校生だ。こんなことに慣れてるわけでもねぇし、いきなり不意打ちを食らったからこんなになってんだ。
ただ、驚いただけだ。他意はねぇ。

「ばくご、くん」

「っあ、あぁ!?何だよクソが!!」

「保健室、過ぎてる、」

「っわ、わぁってるわ!!」

だから、こんなに心臓が暴れてんのも、すぐに収まる。


:
:


力任せにガラ、と開けた保健室は何の音もなかった。
ドアに張り出されてたのは【主張チュー】の文字だったから、ここにはリカバリーガールはいなかった。仕方なしにコイツをベッドの上にそっと寝転ばせ、布団をかけてやる。
氷枕を適当に用意しては頭の下に置けば、距離の近さから目があった。虚ろな瞳でぼんやりと俺を見る視線に自分から逸らす。

「ばくごうくん」

「…んだよ」

「ありがと、すごく、助かった、」

「…さっさと寝ろ」

「…ん、」
『寂しい、』

「あ?」

「うん、わかった、ありがと、爆豪くん」
『もっとここにいてほしいけど、…爆豪くん、授業だし…、』

「……」

カーテンにかけてた手を止める。本当にこの個性は厄介だ。頭をガシガシと掻きむしってはそばにあった椅子に腰を下ろした。

「…爆豪くん、?」

「テメェが寝るまでだぞ」

「っ、いいよ、そんな、」

「黙ってはよ寝ろ」

「…ありがとう、」
『すごく、うれしい、』

ほ、と落ち着いたように目を瞑る女。らしくねぇ、と自分に自嘲した。随分と甘ったるくなったもんだ、と。





程なくして聞こえてくる規則正しい寝息。相当体力を消耗していたのか、それはすぐだった。
深く息をする女の髪を指で撫でた。汗で濡れて塊になってるそれはなんとなく匂い慣れた甘い匂いがした。

──好き

「〜〜ッ、チッ…」

なんで、思い出した。クソ。つーかあれは反則だ。俺じゃなきゃ無理やり襲われてんぞ。あんなの、テメーの好きな半分野郎にやりやがれってんだ。

顔に籠る熱を隠すように額に手をついた。荒々しく息を吐けば、熱も抜けてくれるような気がした。

「ん、ぅ……」

「っ、…」

不意に、言葉を漏らした唇に視線が向かった。ゴク、と喉がなる。コイツは知らねぇが、水難事故ん時に一度だけ重ねたことのある、やけにやわっこい、唇。あれは助けるためにやった行為だが、俺にとっては初めてのそれだった。

ズズ…と丸椅子が後方にずれた。
今なら、コイツも寝てるし、気づかねぇし、

音を立てないように、女の散らばった髪の毛の上からベッドに腕をついた。軽く沈み込んだそれに力を加えないように、ゆっくりと顔を近づける。

何してんだよ、こんなの、言うなれば犯罪だぞ。気づいてねぇからって、こんなの。

そんな理性が働きながらも体が止まらないのは、詰まる所そういうことだった。
バレないように息を止めれば、せき止まった息を飲み込もうと喉がゴクリと唸る。

あともう少し、もう少しで、



「轟くん」

「ッ…!?」



何かが弾けたようにその場から離れた。途中、丸椅子がガタンと音を立てて倒れた。起きたか、と慌てて女の顔を見たが、先ほどと変わらずに緩んだ顔で眠っているだけだった。むしろ、さっき言葉を発したのがまるで嘘かのように。

ドッドッドッドッ…
一番激しく心臓が暴れだす。汗が頬を伝っては服の中へと落ちていった。

(そうだ、コイツ、半分野郎のこと、)

別に忘れていたわけではない。ただ、あまりにもコイツが俺の名前を呼ぶから、馬鹿みたいな考えになっただけだ。
そう思ったら胸糞悪くなって、背中にあるカーテンをわざと音を立てて閉めた。

何してんだよ、俺。

何かの歯車が狂ったかのような行動に、自分に対しての苛立ちを隠せない。全部、全部消えて無くなっちまえ。

(……つーか明日、アイツにどんな顔して会えばいいんだよ……)

が出るほどい重罪



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