聞きなれた声と共に左の炎が爆発的に増幅する。目の前のヴィランだけを見て「おう」と呟けば、すぐ隣に降り立つチームアップ。
「おまたせショート。あっちは片付いた」
「そうか、助かる」
「っ、お、おおお前らまさか…っ!!」
「一気に片付けよう」
「あぁ」
慄くヴィランに炎をぶっ放せば、通常よりも何倍も膨れ上がるそれに気分が高揚した。命乞いするヴィランを氷漬けにしてしまい、あっけなく終わった任務にアドレナリンは止まることを知らず、物足りなさが残った。
「お疲れさまー」
「そっちもな」
立ち上げて半年のヒーロー事務所『ショート』は、親父の事務所から移籍した元クラスメイトの*が加わったおかげで急成長し、爆豪や緑谷んとこよりも規模がでかくなってヒーロー事務所ランキングも上位に食い込むようになった。(ただしそれを言ったら爆豪にキレられるから言わない)
高校の時に留学して、五年後戻ると言って有言実行した*はかなり強くなっていた。その時はまだ事務所は立ち上げてなかったが、*とは俺と同じく親父の事務所に所属することになったときから組んでるし、俺が先に抜けた後も親父のサイドキックをやっていた*を引き抜いた後も早速チームアップをくんだから連携はお手の物だ。
まぁ*も俺と同じく親父の事務所にサイドキックとしてきたのを知ったのは出動場所が被った時に親父ときたこいつに初めて聞いたというのは余談だ。
「…?顔に何かついてる?」
「…いや、マジでチームアップ組んだんだなって思った」
「今更すぎない?」
もうエンデヴァーさんの事務所いた時から一年経つんだよ?と眉にしわを寄せては苦笑する*。
クラスに全く興味のなかった一年の時、初めて興味を持ったのは*の個性だった。
「轟くんっていつも何か考えてるような雰囲気漂わせるよね」
「失礼だな、今は考えてたぞ」
「なにを?」
「*の個性、初めて見たときのことだ」
体育祭前の最後の体育。風の個性だと思ってたし、実際それだけでも強力だったのにさらに上をいく個性を見せつけた、あの授業。
「あー…あれね。体育祭前に個性見せるんじゃなかったってずっと後悔してるよ」
タクシーで事務所に向かう途中、そんな昔話に花が咲いた。
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「一対一対一対一対一対一対一……ってややこしいわ!!」
「要は全員が敵ってことでしょ」
「そう!今回の体育は…自分以外の全員が敵!!サバイバルゲームだ!」
体育祭で殺伐としている今この現状で、息抜きとしてオールマイトが考えたサバイバルゲーム。
「ルールは簡単、自分以外の何人の背中をタッチできるかで順位を決める!」
「簡単すぎではないでしょうか…?」
「考える時間がなかったんだよ、きっと」
「耳郎少女!それはトップシークレットだ!!」
見慣れた体操服を着てオールマイトに集合した私たちは、初めての授業内容にそわそわしていた。
「タッチされたら即退場!だが勝敗を決めるのはタッチできた人数だから逃げに徹すると勝てないぞ?」
「タッチするのは手だけですか?」
「体の一部が触れればなんでもオーケーさ、常闇少年」
「そうなるとダークシャドウがいる常闇くんだけじゃなくて、イヤホンジャックを伸ばせる耳郎さんとか、複製腕の障子くんが有利だな…」
「攻撃は」
「もちろんありだ!」
「おぉ!燃えるな!」
体育館内の舞台の上でオールマイトが大声で笑った。私はというと、室内という条件だけで思わず笑ってしまいそうになるのを必死に耐えていた。
今まで風しか使わなかったけど、初めて試したい。体育祭前だからこそ、クラスメイトに宣戦布告とやらをしてみたいのだ。
各々が反応を示す中、オールマイトがそれぞれつきたい位置につけと指示を出した。
もちろんみんな壁側に寄っていった。あの爆豪くんや轟くんですらそうするのだ。背中をタッチされて終わりなら壁に背中をつけるのがベターというもので。
「……あ?」
「*ちゃんまじかっ」
「おいおいおい*、お前体育館のど真ん中ってすげぇ漢気あんな!!」
「勝利宣言、しとこうかなって」
オールマイトを見てニヤリと笑う。そしたらオールマイトも不思議そうに首を傾げてはいつもの笑顔を見せた。相澤先生だけが知ってる私の個性。
空調が完備されているから締め切っているこの体育館。外とつながっているのは天井についている空気孔しかない。
条件は最高だ。
「…クソモブ、なに考えてやがる」
「爆豪くんに勝つ方法」
「あぁ!?んなことできるわけねぇだろ!!」
視線が集中するのを肌で感じながら、たかが体育でなに本気になってんだと笑ってしまう。
だめだ、アドレナリンが出て気分が上がってく。
瞬発力がある爆豪くんや轟くんは言わずもがな、放電できる上鳴くんも侮れないし、イヤホンジャックを伸ばせる耳郎も油断できない。
勝負は一瞬だけだ。私が勝つか、私が負けるかの二択で緊張からかどんどん神経が研ぎ澄まされていく。
「そこでいいんだね?*少女」
「はい」
「真っ先にぶっ殺す…!!」
「爆豪に喧嘩売るとか*やべぇ」
「怪我しないようにね、*ちゃん」
ごめんね、これからちょっと無酸素になってもらうから、みんなには苦しい思いをさせちゃうよ。
心の中でそう細く笑いながら、オールマイトの始めの合図に耳をすませた。
イメージは、体育館内の酸素を全部天井に集める感じで…
「それではレディー…」
自分の酸素は自分で回して、うん、いける。
「Go!!!!」
「クソモブがぁぁぁ!!!!!」
爆破を利用してこっちに来る爆豪くんや、氷壁を出現させる轟くんに構ってる暇はない。
体育館内の酸素全てに意識を繋げて人差し指をスッと上に向けた。
その瞬間、急に止まった爆破の音と、みんなが地面に膝をつく音が聞こえた。
「っな、っ、!?」
「息が、ぁ…ッ…」
「ッなに、しやがっ、た…!」
一気に駆け出して、一番近くにいた爆豪くんの背中に手をついた。…1人目。
トン、トン、と連続で背中をタッチして19人目、最後に氷壁の後ろに隠れた轟くんの背中に手をつき、そのまま舞台上にいるオールマイトのもとに駆け寄った。
苦しそうに笑みを見せながら私を見るオールマイトの背中に手をついて、スッと人差し指を下におろして酸素をもとに戻せば、咳き込みや息切れする音が聞こえてフロアに視線を移した。
「っし!うまくいった、」
「っテメェ!!!!」
「うひゃっ、!?」
「今なにしやがった…!!!」
終わったというのに、また爆破を利用して一気に舞台上に駆け上がり私の胸ぐらを掴む爆豪くん。
さすがのタフネスにあはは、と誤魔化すように笑えば、なにしたんだ!?と咳き込みながら切島くんも声を上げた。
「息できなかった…!オイラ死ぬかと思った…!!」
「すげぇな*!なんもできなかったわ!!」
「*ちゃんの個性って風じゃないの!?」
「えへへ、実は、」
「なに隠してやがんだこのクソモブがぁぁぁ!!!!!」
「いっ、わっ、ばくごっ、はなしてっ、!?」
ガクガクと揺すられて膝が折れる。まぁまぁ、とオールマイトが私を支えて爆豪くんから離してくれたが、頭を大きく揺らされて視界がふらつく。
さぁさぁと集まって講評の時間、というより私への質疑応答が始まったのであった。
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「酸素操作?」
「うん、今まで隠しててごめんね?」
「でもめっちゃ風起こしたりかまいたちだって…」
「あれ、全部酸素を操ってたの。普通に風を起こすよりも体力はいるけどね」
「めっちゃチートな能力じゃねぇか!!」
わいわいとクラスメイトの女に集る奴らを見ながら、酸素操作という個性に意識が向いた。俺の左は炎を出せる。そしてそれのエネルギーの元には酸素が絶対的に必要だ。
クソ親父の左なんて使うつもりは毛頭ねぇが、もしも、のことを考えたらなんと相性のいい個性なのか。
その逆で、敵だったら最悪の相性だ。無酸素状態にされて終わっちまう。さっき爆豪の爆発が消えたように、炎を消される。
「*、なんでそんなすげぇ個性隠してたんだよ!」
「*ちゃんの個性、すごいね!何人でも無力化できちゃうじゃん!」
「味方を戦闘不能にしないかヒヤヒヤしちゃうよ…」
**。ろくに覚えてないクラスメイトの中で、初めてちゃんと覚えたその名前を、俺はずっと呼び続けることになるなんてこの時はまったく思わなかった。
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「*とチームアップ組んでから任務が楽だ」
「そう言っていただけて光栄ですー」
「爆豪んとこ、行かなくて良かったのか?」
「私もずっと轟くんと組みたいって、高校の時から思ってたからね」
「色々言われたんじゃないか?」
「そりゃもう轟くんが思ってる十倍は色々言われてるよ」
報告書を書きながら、俺らを見るたびすげぇ睨んで来る爆豪を思い浮かべてはこいつも苦労してんだな、と少し申し訳なくなる。
とは言ってもどこの事務所にいようか*の勝手だから俺が気にするのはお門違いだが。
「それはそうと轟くん、この前事務所のコンロ壊したよね?」
「…え」
「うちの経費、轟くんが壊した事務所内の家具の費用でかなりかかってるって知ってるよね?もうコンロ使わずにお湯を沸かすならティファール使ってって何回言った?私」
「……俺の炎使った方が早い…」
「だからってコンロで個性使ったら壊れるの当たり前でしょ」
修理代は俺の給料から減らすよう事務員に伝える*を見て少しショックを受ける。俺の馬鹿のせいで事務員が経理で頭を悩ませる必要がないとハッキリ言われてさらに気分が沈んだ。
*の個性のおかげで建物の被害を最小限にできてるからうちの損害賠償は爆豪や緑谷んとこの事務所とは比べ物にならないくらい少ない。(あいつらが多すぎるのもある)
本当に何から何まで*には頭が上がらねぇ。俺が報告書書くのが遅いからこうやって軽食すら用意してくれるほどできたやつだ。
「……*」
「んー?おにぎり嫌だった?」
「そうじゃねぇ、その…、」
小首傾げて覗き込んで来る仕草になんとも言えなくなる。思い出すのはそう、バレンタインデーだ。
『私、轟くんが好きだったんだ』
『…わりぃ、爆豪が言うまで気づかなかった』
『あはは、ほんと、やってくれるよね、爆豪くん』
『……その、わりぃ、』
『いいよ、今日はけじめをつけにきただけだし』
『けじめ…?』
『うん、過去と決別しにきたの』
『なんのことだ?』
手の中にある水色の袋がカサ、と音を立てる。告白されたのは初めてじゃねぇが、初めて心の中がざわついたように感じた。
『轟くん、風兄と似てるからさ。轟くんのことはもちろん好きだったけど、どっか重ねてたところあるし』
『…わりぃ、なんのことだ?』
『轟くん』
パッと顔を上げた*は、純粋に綺麗だと思った。なんか勿体無いことをした、なんて言葉が頭に浮かんだほど。
『五年後、プロヒーローになって戻ってきたら、私はエンデヴァーの事務所でサイドキックとして修行を積む』
『親父の事務所で…?』
『炎の個性と連携組めるようになったら、チームアップ組もうね。お互い役立たずが相棒じゃ嫌でしょ?』
お互い役立たず、ってことは多分俺が*にとっての役立たずでも嫌だってことか。
ハッキリと示された将来図に、ここまで考えてた*に遅れを取ったような気がした。なんだってまだ高二で、そんなプロヒーローの未来なんて憧れや幻想でしかないこの時期に、*はきっともっと先のことを考えてるんだと思った。
『俺も強くなっとけってことだな』
『、将来、よろしくね。相棒』
敵わないな。かっこいいと散々言われてきたけど、*ほどかっこいいやつはいねぇとそん時初めて思ったんだ。
そんな奴を逃しちまった俺も、なんて馬鹿な奴だ、とも。
「…お前、俺があの時付き合おうって言ってたら付き合ってたか?」
「は?」
「高二の、バレンタインデー」
「…あ、あぁ…いきなりどうしたの?」
「なんとなく思った」
「そっかー…うん、さすがのマイペースだね」
「で、どうなんだ?」
「…あの時は、もう爆豪くんが好きだったからないかな」
「じゃあ文化祭の時はどうだ?」
「えぇ…まぁ、なくはなかったんじゃないの…?」
「そうか」
「なになに?今更惜しいことしたーとか思っちゃってるの?」
ニヤニヤと口元を緩めて俺を肘でつついてくる*。なんで俺は、ずっと気づかなかったんだろうか。
「あぁ。お前と結婚してたらまた違ったんだろうなって思った」
俺の言葉に顔を赤くして目を見開いた*。初めて見る表情だったからこっちも驚いた。いや、随分昔に見たな、多分。
「爆豪が羨ましいな」
「…振られた身としては、最高の言葉だね」
ふ、と笑いがこみ上げてきて、そのままおにぎりを頬張った。ほんのり塩っけのあるそれが空腹の体に染み渡るほどうめぇ。
その手のまま報告書に触れて、紙がベタベタになったのを怒られるのはあと数十秒後。