「ッゲホ…っおえ、!」
「…は?」
誰もいなくなった演習場で1人座り込んでいたら、なぜか着替えに行ったはずの爆豪くんが戻って来た。
「っばく、ご、く…っ、ゲホ…!」
「…おい、その血はなんだ」
咳とともに喀出されたのは真っ赤な鮮血。見慣れたそれを握りしめ、戸惑いを隠せていない爆豪くんに笑顔を向けた。
「…ないしょ、だよ」
「内緒って…なんだって聞いてんだよ」
「ただの、血だよ」
「ただのってお前…、」
わずかに目を見開いて私と血を交互に見つめる爆豪くん。怒りっぽい爆豪くんが、そんな顔をするなんて新鮮で少し笑ってしまった。
「あーあ、見られちゃった」
「っんなことよりさっさとリカバリーガールんとこ、「爆豪くん、放課後空いてる?」
カフェ行こっか。
そう言った私に何も言わず、爆豪くんは怪訝そうに眉を顰めてそこに立ち竦んだ。
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「ん〜〜………」
「…おい」
「カラメルプリンも捨てがたいけどブラウニーも食べたい…んん〜〜〜……」
「おいクソ女」
「ちょっと待って、今、今世紀最大に悩んでるから」
「早よしろや!!!」
バチコーンッ!
出ました右の大振り。私の後頭部にジャストミート。はっきり言ってめちゃくちゃ痛い。何これ。こんなの毎回切島くんたち受けてるわけ?鋼の頭かな?まぁ切島くんは確かに固いけど。
痛いなぁ、そう言いながら後頭部を摩った。少しも痛みが和らがない。
「あ、本日のオススメの紅茶のシフォンケーキください」
「結局それかよ!!!」
あぁ、クソが!!と苛立った様子でブラックコーヒーを頼む爆豪くん。大人か。行動は幼稚園児だけ「あぁ??」凄まないでよ店員さんがめっちゃビビってる。そう思いながらホットココアも一緒に注文した。
砂糖しかとらねぇのか、きも。なんて言われたけど砂藤くんに謝れ。そして爆豪くんはもっと糖分を摂取して頭の中を甘くしたほうがいい。
「で」
「あ、はい」
「はいじゃねぇ。話せ」
がしゃんとコップをテーブルに置き、腕を組んで偉そうに座った爆豪くん。ここがお店の端っこでよかった。ただでさえ視線を集める爆豪くんがお店のど真ん中にいるんじゃ目立って仕方ない。
まぁまぁ、なんてなだめてはふわふわの生クリームが乗ったシフォンケーキにフォークを入れた。食べてないけどすでに美味しい。
「食べる?」
「茶化すな砂糖デブ」
「ひどい言い様だな…」
ははは、と軽く笑ってはケーキを一口口に含む。あ、やばい。美味しい。
「んーとね、どこから話そうかな」
「俺がわざわざこんな店まで来てやったんだぞ。全部話せ」
「んん。それは中学ん時から遡るけどいいの?」
「何度も言わせんなキモ顔」
「本当に口が悪いな…」
まぁ緩んでる自覚はあるけど、ね。
ゴク、と飲み込んでふぅ、と一息ついた。どうしようかな、親にしか話したことないんだけどな。
正直、同じクラス二年目を突入したけど爆豪くんとはそこまで関わりがあったわけじゃない。チームアップするときもあるけど、普通のクラスメイトとしてお互い干渉せずって感じでやって来た。そんな関係なのにいきなり自分のことを話すとは。
うーん、カフェの選択肢はミスっていたのだろうか。
「まぁ、ざっくり言うと、肺が悪いの、私」
「……いつからだ」
「異変感じたのは中学2年の夏頃かな?なんか毎日咳き込むようになってたんだけど、風邪かなーなんて思ってなんと2年も放置。去年の林間合宿終わったあたりから血吐くようになってた」
「病名は」
「わかんない。肺の機能全体が落ちてて肺の内部で出血を起こしてるんだって」
「治んのか」
「原因がわかんないから、治療すらできないの」
「ちゃんと検査したのかよ」
「割と大きい病院で診てもらったからね〜。今の日本の技術じゃ、ここが限界って言われちゃった」
「……死ぬんか」
「悪化の一途は辿ってるかな」
「、………学校はなんて」
「……言ってない」
「はぁ!?」
「わわっ、大きい声出さないでよ〜」
ばちばちと小さく爆発を繰り返す爆豪くんの手のひら。ずっと難しい顔で眉を顰めていると思えば途端にキレて目を釣り上げるもんだから怖いったらありゃしない。
そうだよねぇ、学校側には絶対に言わなきゃダメな案件だもんねぇ。あはは、と頭をぽりぽり掻きながらココアを啜った。甘し。うまし。こんなおいしいの、爆豪くんも食せばいいのに。
「馬鹿か。演習中になんかあったらどうすんだよ」
「そうならないようにコントロールしてるよ」
「終わった後血反吐吐いてるのにか?」
「…バレなきゃいいの」
「テメェが言わなきゃ俺が言う」
「それはダメだよ」
あ?と片眉が釣り上がる。顔は怖いけど、それはダメ。はっきりと言う私に苛立ったのか、爆豪くんの目つきがキツくなり、無言で「どう言う意味だ」と訴えているような気がする。
爆豪くんは、目で訴えてくれるから案外わかりやすい。目は口ほどに物を言うとは爆豪くんにぴったりの言葉だと思う。
「言ったら、きっと除籍になる」
「テメェの命より学校の方が大事だって言うんか」
「…大丈夫、うまくやるから、ね?」
「そう言う問題じゃねぇっつってんだ」
ドロドロに溶けた生クリームを器用に掬ってシフォンの上に広げた。大丈夫、溶けても美味しさはきっと変わらない。うん、たぶん。
「…なんか理由でもあんのか?」
「え?」
「学校。そこまでしてなんで残ってんだよ」
「…憧れを、追いかけるため」
「憧れだあ?」
「はい、私からの話は以上っ!一口食べる?」
「いらねぇ。つかなんも解決してねぇだろ」
「ねぇ、お願い」
面と向かって真正面。ジッとその赤い目を見つめた。一瞬揺らいだ瞳は、どんな感情をしているのかわからなかった。
「誰にも、言わないで」
爆豪くんは、よく難しい顔をする。眉間に皺を寄せて、なんだか少し苦しそう。こんなただのクラスメイトのことなのに、どうしてこんなに心配してくれるんだろうか。まぁ、心配なんて言葉を使ったらきっと全否定するんだろうけど。
無言の空間から、ようやく聞けた言葉はあまり力がなかった。
「、……どうなっても俺は干渉しねぇからな、」
「うん、ありがとう」
「テメェは、…生粋のバカだな」
「ふふ、そうかも」
「…このこと、他に誰か知ってんのか」
「親以外は誰も知らない」
「…そうかよ」
「私と爆豪くんの秘密ね」
「…チッ…、めんどくせぇ…」
秘密を抱えさせてごめん。爆豪くんのことだから、干渉しないなんか言いつつもきっとこれからやりにくくなるよね。だって、本当はちゃんと人のことを見て、言葉足らずの不器用なりに助けようとしてくれてるもんね。ごめんなさい、爆豪くんだけに背負わせてしまって。
懺悔の言葉ばかり頭によぎった。彼の見えにくい優しさにつけ込むこの行為が、どれほど醜いか。きっとこれからもっとそう感じるんだろう。
「話を聞いてくれたお礼にお会計は私が持つね」
「口止め料の間違いだろ」
「そうとも言う」
そう言いながらも、お会計はきっちり自分の分は自分で払うことになった。あとあと面倒くせぇだろと持ち前のみみっちさを全面に出していた。さすが爆豪くん、揺るぎない。でもそういうところは嫌いじゃない。
外は、すでに夕暮れ時だった。群青色の空が目前に染まったわずかなオレンジ色の空を見上げて、爆豪くんみたいな色だなぁなんて思った。
「見て、空、爆豪くんの色だね」
「意味わからんわ」
その日は、お互いの最寄り駅まで何も言わずに電車に乗った。帰宅ラッシュでなかなか混んでたけど、爆豪くんが空いた席に私を座らせてくれたから、少し楽に帰れた。まぁそこまで病人じゃないんだけど、それを言ったらすごい顔で見られたからおとなしくしておく。
(スマホをいじる時は、眉間にシワ寄らないんだ)
目の前でつり革を持って立つ爆豪くんは、私に視線を向けることなくスマホを眺めていた。ずっとその顔をしてればいいのになんて思ったけど、そうしたらきっとモテるんだろうなぁ。
きっと、ヒーローになることに夢中すぎる本人はそんなこと望んでいないのだろうけど。
(ありがとう、不器用ヒーロー)
秘密にしてくれて、ありがとう。