世はまさにバレンタインデーというやつで。
「さむ…」
あたりの空気がぐっと冷え込んでいる中、ガサゴソといつもの荷物にプラスされた紙袋が音を立てた。
なんだかんだで徹夜しちゃうんだよなぁ、と昨日の夜のことを考えてはあくびを1つ。ちょっと眠いや。
通学路、他の女子生徒も同じように可愛らしい袋と少しのヘアアレンジをしては、告白するのかなぁなんて呑気に考えた。まぁ、こんな呑気な私も今日は勝負の日だ。
「おはよー」
「おはよう*さん。今日も一段と冷え込むな」
「おはよ、飯田くん。はいこれ、ハッピーバレンタイン」
「!俺にくれるのか?」
「普通のクッキーだけどね。あんまり味は期待しないで」
「ありがとう!大切にいただくよ」
玄関先で出会った飯田くんに、みんな用の無色透明の袋でラッピングしたクッキーを手渡す。演習に参加していない分、みんなより体力も時間あるから、ちゃんと一人一人包装した。
上の方に入ってたラッピングしたものを手渡せば、穏やかな表情で笑顔を向けられた。うん、飯田くんもやっぱりイケメンだよなぁ。
「最近体調はどうだ?」
「楽だよー。個性使ってないからね」
「そうか、あまり無理はしないようにな」
「うん、ありがと」
「……………」
「どうしたの?私の顔になんかついてる?」
「…あっ、そっそそそそれとっ、」
「いや、どうした」
なぜかいきなりどもり出して、メガネをかちゃかちゃと触り出した飯田くんに突っ込まざるを得なかった。その顔は真っ赤で、あの、だとかその、だとか言葉になってない言葉を延々と繰り返している。
「さっささささっき少しだけ見えてしまったのだがっ、」
「ん?」
「お、応援している!!!」
ではっ!!!
そう言ってスタコラサッサと先に走って行ってしまった飯田くん。走るフォームがやたら綺麗、じゃなくて。
(応援…)
そう思ってふと視線を下げた。
紙袋の中の、他のものとは明らかに違う水色の袋のラッピング。少し見えたとは、もしかしたらこれのことではないだろうか。あんなに照れてたし。
「…応援されちゃった」
今日はバレンタインデー。
たくさんの同じラッピングの中の、主人公が可愛く彩られている。頭の中の彼を思っては、ふふ、と笑みが零れた。
:
:
「んだよクソ酸素」
「うーん、相変わらずの口の悪さだ」
「黙れ」
放課後。みんながキャッキャと本命だ義理だと騒いでいるのが少し落ち着いた遅めの時間。みんなにお願いして人払いをしてもらい、教室に爆豪くんを残して向き合った。
「ふふ、今日はなんの日でしょ、」
「うぜぇ。本題から言え」
「…ちょっと楽しむくらいいいじゃんか…」
カサ…と紙袋の中から1つ、ラッピングされたお菓子を取り出した。それを見つめてから、少し離れた窓枠にもたれかかる爆豪くんに差し出す。
「ん。ハッピーバレンタイン」
「…俺は『これ』なんだな」
無色透明の袋を手に取った爆豪くん。『これ』と言うからにはきっと水色のラッピングの存在を知っていたのかもしれない。
「…轟くんに、告白してきた」
「……そうかよ」
穏やかに言う爆豪くんとの視線は、一向に絡まない。私の差し出したクッキーをじっと見つめている。
「ちゃんと言ったよ。ずっと好きだったんだって」
「…んで」
「爆豪くんがあの時寮で言った言葉で初めて気づいたって謝られちゃった」
「だせぇ」
「もう、爆豪くんのせいだよ。轟くんすごく困ってたし」
「共犯者なんだからテメェも道連れだ」
「その言葉、結構気に入ってるんだね」
「ンなわけねぇだろバーカ」
良かった。ちゃんと話せてる。ずっとうまくしゃべれていない日が続いていたから、焦ってた。
近くにあった誰のか知らない椅子に腰をかけた。椅子を引いた音で爆豪くんが顔を上げて、ようやく視線が絡み合う。
「…アイツんとこ、行くんだろ」
「…うん」
「だったらこんなとこで油売ってねぇで行ってやれよ」
「いいじゃん。どうせずっと未来の話なんだし」
「他の男と会ってるなんて早速浮気かよ」
「いやいや、付き合ってないんだから浮気もなにも」
「は?」
「え?」
ポカンと口を開けて爆豪くんの鋭い目が丸くなった。あ、なんかかわいいと一瞬思ったのも本当に一瞬で、ズカズカと私に近づいては首根っこを掴んでどう言うことだとすごんできた。かわいい爆豪くん、帰ってきて。
「アイツんとこ行くっつっただろ」
「うん、いずれはね」
「は?」
「あのね爆豪くん、私留学する」
その言葉を拍子に固まってしまった爆豪くんは、難なく私の首根っこを離した。へへ、と笑いかけてみれば、次は静かに「どういうことだ」と眉間にしわを寄せて言った。
「アメリカ行くの」
「場所聞いたんじゃねぇ。どういうことだっつってんだ」
「交換留学ができるんだって。それに行かせてもらうの」
「だからなんで、」
「向こうの方が医療が発達してるから、向こうで治療しながらヒーローを目指すの」
これが、相澤先生が提案した最後の選択肢だった。
『留学…?』
『あぁ。アメリカの方が医療も進んでるし、日本じゃほぼ見られねぇが、お前と同じような個性で同じように困ってる奴らがいるからな。お前のことも話したら治せるかもしれねぇだとよ』
『君がヒーローを本気で目指すなら、これが最短なのさ』
『向こうで治療を受けながらヒーローを目指す。そうすりゃアイツらと同期のままいれるだろうな』
卒業できればの話だが。
そんな苦い一言をもらいつつも、まさかの提案にうまく返事ができなかった。
『ゆっくり考えろと言いたいとこがだ、留学を選ぶなら時間がねぇ。できれば今週中に、』
『します』
『……おい、今決めろって言ってんじゃねぇ』
『留学、します』
目指したいヒーローがいる。追いつきたい、追い越したい大切な人がいる。悠長に構えている暇なんて1日たりとも惜しい。それならば、私の答えは決まっていた。
『……決まりだね。オールマイトに言ってくるよ』
『そうなるだろうと思ってたよ、まったく』
『はぁ…なら明日、お前の親御さんに言いに行くか』
『相澤先生』
『あ?』
『…ご迷惑をおかけして、本当にすいませんでした。ありがとうございます』
立ち上がって頭を下げた。あの合理的主義の相澤先生だったら、きっと除籍を一番に勧めただろうに。なのに、私の可能性に賭けてくれたのが、嬉しくて仕方なかった。
『…それは一端のヒーローになってから言うんだな。それと、アイツにもな』
「ありがとう、爆豪くん」
「…、いつから行くんだ」
「三月中に。ほんと急だよね」
「はっ、英語もろくに喋れねぇくせによく行くな、テメェは」
「だから今めちゃくちゃ勉強してるよ」
「…そのあと、半分野郎んとこ行くんか」
「サイドキックとしてね。あ、でも、いつかは独立事務所もいいなぁって思ってる」
「テメェにできるわけねぇだろバーカ」
「えぇーできるよー」
目の前の机にもたれかかる爆豪くん。笑ってるのに、どこか寂しそうに見えるのは、自惚れてもいいのだろうか。
「…五年後、ヒーローになって帰ってくる」
「…おぉ」
「爆豪くんを超えるようなヒーローになるから」
「テメェが俺を超えれるわけねぇだろ」
「わかんないじゃん」
「不可能だな」
「…爆豪くん、」
「んだよ、クソ*」
言うのって、こんなに緊張するんだ。
爆豪くんもこんなに緊張したのかな。
心臓が弾け飛んじゃうかもってくらい緊張して、ドキドキして、涙すら出てしまいそうになる。
二つの赤が、まっすぐ私を射抜いてくる。私の、大好きな赤が。
「…そのクッキー、爆豪くん専用でタバスコ入れて見たんだけど今試食してもらってもいいかな?」
「ゲテモノかよテメェふざけんな」