そわそわしている*さんに、無視を決め込んだかっちゃんの2人に僕たち第三者であるクラスメイトはどうしようかと頭を悩ませていた。
「もういやや…毎日空気が重い…」
「?なんかあったのか?」
「半分当事者だよね?轟くん」
「それにしてもこのままでは学校生活に影響するな…」
「かと言ってどうすることもできないからね…」
約1名を除いて僕たちはほぼ毎日会議をするけど、他人の恋愛─しかも相手はかっちゃん─に首を突っ込めるほどの度胸も経験もないから日々悶々と過ごしていた。
そんな時、事を揺るがす大きな事件が起きた。
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「Aチームは2人の意思の疎通がなってない。言葉をかけるだけがコミュニケーションじゃねぇんだぞ。それから切島は、〜〜〜〜」
演習が一通り終わり、先生からの講評の時間。あんまうまくいかなかったなぁと反省することがたくさんあったから、先生の話も聞きながら今日の演習を思い出していた。
「ゲホッ、ゲホッ…、」
先生の声と一緒に響くのは、*さんの咳だった。よく風邪を引くのかな?なんて思うほど*は結構常時苦しそうに咳をしているイメージが強かった。
「……あと*、体調が整ってない状態で演習に参加するな。自己管理もできねぇ奴がヒーローになれると思うな」
「すっ、ゲホっ、すみませ、っん゛…!」
咳にも種類があって、僕は医者じゃないからわからないけど、*さんのする咳がただの風邪のものとは思えなかった。
胸を押さえて背中を丸める*さんに、怪訝そうな顔をした相澤先生。
クラスメイトが全員*さんに視線を向けた。隣にいた麗日さんが「大丈夫?」と声をかけた時、視界を赤が彩った。
「…え?」
ゴポ…と口から湧き出す血液とともに、膝をついた*さん。全員がハッと息を飲んだ時、真っ先に動いたのはかっちゃんだった。
「ん゛っ、ぉえ゛…ッ、ゲホッ、ゲホッ…!」
かっちゃんが*さんの隣に跪き、肩を抱いてその背中をさすった。その表情は、酷く穏やかでどこか遠くを見つめているようだった。
「……飯田、リカバリーガール呼んでこい」
「っ、は、はい!」
次に動いた相澤先生が*さんに近づく。*さんの吐血はまだ止まらない。表情が歪んでみるみる顔色が悪くなっていく隣で、かっちゃんはただ1人冷静だった。
「薬は」
「ハッ、っぐ…ぅっ、ハッ…っこ、ここ、」
ガタガタと震える手でポーチを掴む*さん。それをかっちゃんが奪い取り、無言でその中身を漁った。どうして薬の存在を知っているのだろう、そんな疑問は後から湧いてきた。
「ぉえ゛っ、…は、っ舌、うら、っゲホ…!」
ぴちゃ、
口からこぼれた血液が音を立てて地面に落ちた。「わぁってる」そんな言葉とともにトントンとかっちゃんが優しく背中を叩いた。
「舌下錠だろ。先に吐けるもん吐いとけ」
ボロボロと涙を流す*さん。あまりにその姿が苦しそうで、見ているこっちまで胸が痛くなったような気がした。
またえずくと同時に口元を押さえている手を超えて、真っ赤な血がぼたぼたと地面に落ちる。それを境に口から手を離して胸を押さえた*さん。
えずきが収まり、荒々しく息を続ける*さん。はっ、と短く息を吸ったタイミングで*さんの口の中に、かっちゃんが白い薬を捻じ込ませる。待ってと言わんばかりにかっちゃんの腕を掴んだ*さんを軽くいなしながら、緩やかに頭を撫でて「大丈夫だ」と告げた。
慣れてるんだ、そう漠然と思った。
「ば、ご、くん…、」
「寝とけ、馬鹿」
口と胸を押さえてもたれかかる*さんを、かっちゃんが抱きとめた。脱力したように頭を下げる*さんの表情は、かっちゃんの胸に隠れていて見えなかった。
「……あとで説明しろよ、*。…それから爆豪、お前もだ」
「…………」
そんな相澤先生の言葉に、かっちゃんは何も返事をしなかった。
まもなくリカバリーガールが到着して、周りの環境をちらりと見ては眉間にしわを寄せていた。そして*さんのポーチの中をガサゴソと探っては、小さくため息をついた。
「全く、今日だけのことじゃないね、これは」
「チッ…、講評はほぼ終わってるからお前らは先に教室に戻っとけ。飯田、任せたぞ」
「あんたも先に着替えてあとで保健室に来な。ついでにその血も落とすんだよ」
「…ッス、」
眠る*さんを相澤先生に受け渡し、誰よりも先に更衣室に向かったかっちゃん。僕らも戸惑いながら恐る恐るといったように、*さんたちを残してその場を後にした。地面に残った血液と、かっちゃんが歩いた後に点々と小さく垂れた血液がひどく赤い。
誰も何も言わない。誰もこの状況についていけなかったから。
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ぱち、と目が覚めた。
肺がツキツキと痛む。ぼんやりとした景色が徐々にはっきりしていく。さっきまで、何があったっけ。
「起きたか」
「、爆豪くん…」
ふわふわの枕。なんの味気もない天井と、横にかかるカーテン。保健室だ、そんなことを他人事のように思った。
そして徐々に思い出されていく記憶。そっか、私、演習終わってとうとうやらかしちゃったんだ。
「…ほんと、情けないね」
「そうだな」
「あーあ、除籍か〜」
「自業自得だろ」
「耳が痛いや」
保健室というこの空間に爆豪くんしかいないのを確認しつつ、のっそりと体を起こした。小さくため息をついて、へらりと爆豪くんに向けて笑顔を見せれば、「全部話した」と今一番聞きたくない言葉が聞こえた。
「…全部って、体のこと?」
「ヒーローウィンドのことも言った」
「…それ、言う必要ないでしょ」
「あるから言ったんだよ」
「ないよ、…なんで言ったの、」
「なんで俺も黙ってたのか聞かれたからだ」
「…どう言うこと?」
思わず、眉間にシワが寄る。
自分の中で何よりも触れられたくない話題に触れられたのだ。言う必要がないなら、何がなんでも言わないで欲しかったのに。
「俺もテメェの気持ちがわかったから、ずっと黙ってたって言った」
──爆豪くんもわかるよね、私が捕まらなかったら、今もあの人はヒーローだったのに
あぁ、そうか、私が爆豪くんを納得させようと言った言葉は、結果的に私の思いが暴かれる引き金になったのか。
「お互いテメェの力不足で憧れの夢を奪った身だろ」
口角を上げた爆豪くんは、こんな言葉を言っているのになぜかスッキリしているようだった。なんでこんなに輝いているんだろう。
その姿が酷く眩しくて、目が眩む。
「銀行事件の真相を言った後で、神野の悪夢ん時の俺の気持ちも言った。オールマイト本人にな」
「…は、なんで、…それこそ必要ないでしょ、」
「俺たちは共犯者だって、テメェが言ったんだろ」
バァカ、と告げた爆豪くん。その言葉が酷く胸が締め付けて、あまりに優しくて、涙が溢れてきた。
なによ、共犯者って。そんな言葉に囚われちゃってさ。そんな言葉のために、あのプライドの高い爆豪くんが、オールマイトに本心を言うとか、それこそバカじゃんか。
私のことなんて放っておいて、私がただ自分のわがままで病気のこと隠してたって、それだけ言えばよかったのに。なんで爆豪くんも罪をかぶろうとしてるのさ。
お願いだから、もうこれ以上優しくしないで。苦しくて涙が止まらなくなる。
「生きろよ、*」
「なによ、生きてるよ、ばか、」
「憧れを追いかけるだなんだ言って死ぬつもりだったやつに言われたくねぇ」
「っうるさい、だって、風兄を殺したも同然なのに、生きていいなんて、思えないよ…っ、」
ぽた、ぽた。
涙が頬から落ちて布団に染み込んでいく。
『*、幸せになれよ』
風兄の最後の言葉を思い出して、また涙が零れた。幸せになんてなれるわけないよ。そんな権利私にはないのに。風兄の命を奪った私が、幸せになるなんてダメなのに。
「テメェこそ解放されろや」
「っ、ばくご、く…っ、」
「生きて、死ぬほど生きて、ウィンドが救うはずだった人を助けんのがテメェの役目だろ」
「ふ、ッ、ぅ…、」
「勝手に死のうとすんじゃねぇ、クソ酸素」
ベッドのそばに立っていた爆豪くんの制服を掴んで引き寄せ、その逞しくて頼れる体に腕を回した。ふわりと香る甘いニトロが心を溶かして、涙を溢れさせた。
「ばくご、くん、」
「ん」
「ばくごう、くん…、」
「んだよアホ」
「っ、ありが、と…っ」
「…俺はなんもしてねぇわ」
抱き返してくれる優しい手に、どうしようもなく嬉しくなる理由は、もうわかってる。
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「俺が言いたいことはわかるな」
「…はい、」
あの後、「もう済んだだろ」と問答無用で入室してきた相澤先生のおかげで勢い良く離れた私と爆豪くん。そしてそのまま爆豪くんはそのまま席を外して、部屋にはキレ気味の相澤先生と、呆れた顔のリカバリーガール、「青春っだねっ!」とやたらテンションの高い根津校長が残った。
「すいません、でした…その、隠してて…」
「よくもまぁここまで隠し切れたねぇ、全く」
「ったく、お前らは…成績優秀なくせにやらかしてくれるな」
「…すいません、」
「本来ならこれで除籍だっつって終わるんだぞ」
「……、」
「まぁまぁ相澤先生、そうカッカするのもよくないサ」
「…俺は担任としてこいつを叱ってやらないとダメなんです」
「本人も猛省しているようだし、今は本題に入るのがベストだよ」
「…………はぁ…」
態とらしくため息をついた相澤先生に、私の肩はピクリと跳ねた。
『本題』というのは考えなくてもわかる。正式に除籍にされるんだろう。ズン…と沈んでいく心。爆豪くんが言ってくれた私の役目は、果たせそうにないや、と自嘲した。ヒーロー以外で誰かを助ける道を、考えなければ。
「…お前に選択肢を3つやる」
「選択肢…?」
ぱ、と顔を上げれば、少し面倒臭そうな相澤先生と、やたらめったらニコニコしている根津校長がいた。
3つ…?とやたら多い選択肢に困ってしまって除籍以外の何があるんだと頭を回転させるも、何も思い浮かばなかった。
「1つ目は除籍、自己管理もできねぇ上に自殺志願者の奴はヒーローになる以前の問題だからな」
「…はい、」
「だけどね、爆豪くんが頭を下げて頼みこんできたんだよ。君をヒーローにさせてあげてほしいってね」
「…え、?」
「あの子も丸くなったもんだねぇ」
「愛の力だよ、愛の」
「ちょっと黙っててもらえますか…」
さっきまで部屋にいた彼を思い浮かべては、なんで、とわからないことだらけで頭が混乱した。
なんで、そこまでしてくれるの。ただ好きだからってだけで、そこまでできないよ、普通。
なんでそんなに、優しいの。私たくさん酷いことしたのに、本当なら嫌われても仕方ないほどなのに、なんで。
「…で、俺と校長とリカバリーガール、オールマイトの4人で話し合った。成績優秀で個性の特性も申し分なし、今回の出来事はでかい問題だが、それ以上にお前がヒーローになることのメリットの方が多いと判断した」
「……それって、どういう…、?」
「2つ目の選択肢は、学校を二年休学して、それまでに治療法が確立されるのに賭けて、治ってから復学する。ウチの休学は二年が最大だからな」
「、休学…、」
「あんたの体の状態から見て、今の日本の医療で現時点じゃ正規の治療法は確立してないけど、今後確立する可能性は十分ありえる。二年あったらギリギリ間に合うだろうね」
「二年間…」
ものすごく重大な選択を迫られているとすぐにわかった。きっとここでの選択が、今後の私の人生を大きく左右するんだ。
「…ついていけてるか?」
「はい、大丈夫です、」
「それから最後の選択肢だが、」
「…………っえ、?」