02二人きりがいいの、ほうっておいて

なぜか花巻のゴリ押しでその場一旦別れて*を探すことになった。どんな服着たって、俺が好きな*には変わりねーのに、そんな服ごときで、と思ってしまう俺はやっぱり奴の言う通り女心が全く分かっていないのだろう。

「あ、*いた」
「っへ、え、?岩泉?」

一人モールの噴水前に座ってた*。声をかければびびった様子で俺を見ていてそれがなんか嫌だった。

「行くぞ」
「え?どこに、」
「さっきの店」
「いやなんでだ」

黒リュックの後ろの取っ手を掴んでグッと掴み上げた。慌てて立ち上がる*を背中に問答無用で引っ張って歩く。

「ちょっ、引っ張らないでよ!!」
「うっせー、黙って来い」
「いきなりなによ、もー……」

『いいか?似合わないとかどれでもいいとかは死んでも言うなよ。俺はこっちが好き、でいい。明らか似合ってなかったら店員呼べ、いいな?*ちゃんに恥かかせんじゃねーぞ?』

短時間で口酸っぱく言われた言葉にむすっと膨れる。んなの言わねーよ、と言いたいとこだが、どれでもいい的な発言は既にしてしまったのでなにも言えず。
俺以外の男バレは結構モテる。花巻と松川は割と彼女がいる期間が多い。及川には及ばないが。
まぁ、相談乗ってくれるだけでいいが色々教えてくれんのは悪い気はしない。ムカつきはするけど。

「……俺は服のことはわからん」
「は、はぁ……」
「でもどっちか選べってんなら選べる、と思う」
「いや、あの、どうしたの?」
「……**かわいくなろうプロジェクト」
「! そ、それは……、」
「協力するっつったろ」

実際、協力すると言ったかどうかなんて覚えてないが、まぁそれは置いとく。及川が好きだと公言されてからずっと協力してきたんだ、ここで手を引くつもりはない。あいつが言った「無理」がなにを意味する無理なのかはわからないが、*が変わればそれこそ及川の気持ちも変わるかもしれない。

「〜〜っ、か、買う!」
「おう」

少し顔を赤らめて、口角を緩く上げた*のこの顔は、可愛いと思う反面今まで以上に心臓が締め付けられた。いっそそのまま締め上げられて壊れればいいのになんて弱気なことを考えてしまうほど苦しい。

数人の客しかいない女物の服売り場。もちろん母親の買い物の手伝いとかで外から眺めたことしかないそこは、なんとも居心地が悪いもので。

「ど、どんなのがいいのかなぁ、」
「……悪りぃ、女物の服はさっぱりわからん」
「い、いや、岩泉に聞いたんじゃないから、大丈夫、」

二人してオドオドと店内を回ってはどうしようばかり悩んでいる*。仕方ない、と店員をちらりと目配せしてみれば、SOSに気づいたのか、ニコニコと胡散臭い笑顔を貼り付けてやって来た女の店員。

「何かお探しですか?」

決まり文句とともに*の横に立ってみせた店員は、困惑している*にとても優しく高い声で話しかけた。

「え、あ、えっと、その、似合う服とか、わかんなくて、」

白の花柄のシャツを片手に視線を右往左往させる*に店員がニコニコと人当たり良く話しかけた。
そっからは何話してるかよくわからなかった。あれこれと勧められては渋って、自分に合わせてみたりと女の買い物で良く見る光景を気づけば店の外から眺めていた。

(女の買い物ってなんでこんなに長いんだ)

「お客様は色白なので、ネイビーやブラウンのこちらの肩が透けている物でしたら肌が良く映えますね」
「お、オシャレだ……」

ふ、と笑った*。
まぁ、あの顔が見れんならこの待ち時間も無駄じゃないと思えてくる。

「デートの服をお探しなんですか?」
「へっ」

コソッと悪戯っぽく話しかける店員に、*だけじゃなくて俺もドキッとした。いやいや、違う、断じて違う。

「でっ、デデデデートなんてそんなっ、!彼氏いないですし!」
「あ、そうなんですか?」
「ただ、その、えっと……、」

聞こえてないふりをするために視線を店から外した。なんとなく見る気もないスマホを片手にしては、店の方へと耳をすませる。

「か、かわいく、なりたくて、」

誰のためなんて言われなくてもわかってる。そのお目当の人物から「岩ちゃんヤッホー!いいサポーターあった?」なんてどうでもいいLINEが来てて、なんとなく腹が立った。誰も悪くないのに。

『*さんと会えたか?』
『おう。今服探してる』

花巻からのLINEだけ返信をしてそのままアプリを閉じた。なんとも言えない虚無感は気づかないふり。

「いわっ、いずみっ!」
「ん?」
「ちょっと、来てくれる……?」

おう、と言う返事を聞く前に*が早足で店内に入っていった。女の服が鎮座する真横をすり抜けて中に進めば、ニコニコとした店員の横で白と黒のワンピースを目の前に突き出した*。

「ん!」
「は?」
「どっちがいいかな」

目も合わせず、赤い顔のままそっぽ向く*。これは買い物デートでよく見る光景ではないか。彼氏にどっちの服がいいか聞く彼女の光景だ。

「……両方着てみろ、それで決める」
「! あ、うんっ」
「フィッティングルームはこちらとなっております」

少し嬉しそうな*に、花巻が言ってたことは正しかったんだと思い知らされた。余計に自分が言った「服なんてどうでもいい」と言う発言が悔やまれる。にしてもこういうのは男が選んだ方は否定されがちだから、服のプロである店員に選んでもらえればいいのに。

『お前が選んだワンピース着てるの見たくね?』

あぁくそ、なんでこんな時に思い出すんだ。見たいわそりゃ。なんたって及川でも誰でもない俺が選んだんだから。
なんとなく気恥ずかしいし、着替えを待ってる時間に店員と微妙な空気になるのも気まづくて、とにもかくにも早くこの場を立ち去りたい。

「可愛らしい彼女さんですね」
「っえ、あ、ち、がいます、普通の、クラスメイトです」
「あ、そうなんですか?失礼いたしました。お似合いなのでてっきりそうかと……」
「き、着ました、あの、」

か細くて消えそうな声。うわ、緊張してんのか、*は。あんま緊張してるところとか見たことねぇから、なんか俺までそれが移った。
シャ、と控えめに開けられたカーテン。真っ赤な顔の*にいつもの豪快さはかけらもなく、ただモジモジと指を絡めていた。なんつーか、調子狂う。
白ベースの花柄のワンピース。普段のこいつからは想像もできないような女らしい格好。

「サイズ感はいかがでしょうか?」
「あ、ピッタリです」
「この上にデニムのジャケットを羽織ったり、MA-1で甘辛ミックスにすると今風でいいと思いますね!」
「でにむ……えむえーわん……」

さすがショップ店員。サラッと言いすぎて言葉の理解が追いつかない。まぁそれは*も同じなようで、店員が慣れた手つきで言ってたデニム生地のジャケットとカーキ色のMA-1を手に戻ってきた。

「この二つはどのシーズンでも合わせやすくてオススメですよ〜」
「おぉ、なんか女の子っぽい……!」

感動したように*がジャケットに腕を通した。あー、よく見る。女はこういう服装をよくしてるわ。でもまぁ、嫌いじゃない。

「もう一着もご試着されますか?」
「は、はい!」

もう一つは真っ黒のこれまたワンピース。店員曰く、ワンピースはコーディネートをあまり考えなくていいから手を出しやすいんだと。女は大変だな。ゴソゴソとカーテンの向こうで着替えてるであろう*を想像して、すぐに辞めた。どこの変態だよ。

「お連れ様的にはどちらの方が好みですか?」
「……見た感じは、黒の方が好きっすね」

可愛らしいいかにも女って感じの格好も嫌いじゃないが、似合う似合わないがある。まぁさっきのが似合ってなかったっつったら嘘になるが、あれだ、俺はシンプルな方が好きだ。

「これから彼女さんになる予定の方ですか?」
「えっ」

いきなりぶっこまれた会話に体が固まった。ギ、ギ、ギ、と錆びたロボットのように顔を向ければ、ニヤニヤと嬉しそうな店員が俺を見つめている。

「熱い視線に思えたので、つい」

くそ、どんなだよ。あー、くそ、顔に熱篭るな。なんで女ってのはこうも妖怪並みに鋭いんだ。

「…………企業秘密っす」
「ふふ、失礼いたしました」
「……………………そんなに熱いっすか?」
「はい、とっても」
「……………………ッス」
「あの、着替えました!」

シャッとさっきとは違って勢いよく開けられたカーテン。聞こえてたのか、とビビったが顔を見たらなんか自信ありげな顔で。緊張がやっと解けたのか、どことなく嬉しそうだ。

「お客様は肌の色が白いので黒もお似合いですね!」
「ど、どうかな、岩泉」

やっぱり、こっちの方が俺好み。たぶん、及川は白の方が好きなんだろうけど。でも、でも俺は、

「……こっちの方が、お前らしくていいと思う」

裾の広がった黒のワンピースはよくこいつに似合ってる。店員さんに勧められて羽織ったカーキのMA-1も、スポーティーな感じが似合ってて俺も好きだ。ここで及川の話を出したら、こいつはどっちを取るんだろうか。分かり切ってる答えに1人勝手に気分が落ち込んだ。

「え、えへへ、じゃあこっちにしよっかな、」
「とてもお似合いですね、このまま着て帰られますか?」
「え、そんなことできるんですか?」
「お任せください。着替え用の袋をお持ちいたしますね。お会計はこちらです」

いそいそと荷物をまとめる*をあとに、先に店を出た。なんかドッと疲れた。女の買い物ってなんでこうも疲れるんだ。すげーな。女すげーわ。でも。

(……俺が、選んだ、ワンピース。)

それであんなにいい笑顔されるんじゃ、この疲れも無駄じゃないと思える。惚れた弱み、なんてこんなもんか。チームメイトがこんな俺の思考を知ったもんなら笑いもんだ。
きっかけを作ってくれた張本人のトーク画面を開いた。変なクマが頑張れと鬱陶しく動いているスタンプに既読をつける。

『終わった』
『おっつー!*ちゃんにいいの選んであげたか?』
『おう』

柄にもなくサンキュ、とだけ送った。返事に既読がつく前にアプリを閉じて視線を上げる。あ、*こっち向いた。走ってこなくてもいいのに。

「ありがと!岩泉!」
「お買い上げありがとうございます、またのご来店お待ちしております」
「私こそありがとうございました!」

こんなキラキラしてるこいつ見るのは、及川と初めて喋った時以来か。こういう女に、男はめっぽう弱い。惚れてんのならなおさらだ。
バチ、と店員と目があった。めちゃくちゃニヤニヤしてやがる。あのニヤケっぷりはたぶん俺が*に向けてた目も店員曰く熱視線だったんだろう。うわ、なんだこれ、くそ恥ずい。

「帰ろっか、岩泉」
「……おう」

店に背を向けて、人一人分空いた距離をゆっくり歩く。こんな恋人紛いなことをしたからか、変に勘違いしそうになるのを必死に抑えた。ずっと、ここにいるのは俺になればいいのになんて考えも、必死に抑えて。
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