よるのとばり 02

「こんにちは、観音坂さん。今日もよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

 昨日よりも隈がひどくなっているようないないような。そんな少し不健康そうな姿に顔に出さずに苦笑した。せっかく整った顔立ちなのに、少し勿体無いな。
 今日も水無月さんの担当看護師になったから、お昼間に時間を作って新しい機械の練習だ。私も勉強になるし、何よりちょっとあの夫婦はかわいいし。それに。

「……?あ、あの……**さん?」
「あ、すいません、行きましょうか」

 実はこの顔がタイプだったりする。目の保養だ、と心の中でつぶやきながら、今度はバレないように盗み見した。

「こんにちは、水無月さん。今日も頑張りましょうか」
「あら〜**さん!と、えっと、か、かみさかさん?」
「こんにちは、観音坂です」
「そうそう、かんのんざかさんね、よろしくね」
「はい、今日もよろしくお願いします。」

 カタコトにそう言う水無月さんがちょっぴりかわいらしくて。確かに独特な名前だもんね、『観音坂』なんて。下の名前も『独歩』と言うらしいし。

「それでは早速始めましょうか、今日は水無月さん主体で操作してみましょう」

 穏やかな声が耳をくすぐった。そういえば私、この人の声も好きだ。所詮イケボというやつなのか、それともこの人の声が私にドンピシャなのか。昨日観音坂さんが帰ったあと、同期に「観音坂さんがカッコいい」と話せば視力を疑われ眼科を勧められた。冴えないリーマンじゃん、と笑う同期にそんなことないと思うんだけどなぁ、と心の中でゴネていた。
 ちょくちょく口を出しながら操作をなんとか終えた水無月さん。時折「これでいいかしら」と不安そうに聞くあたり、やはりまだ習得には時間がかかりそうだ。

「家に帰ってもできるかしら……」
「お家でもできるように、ここで練習していきましょうね」
「それはそうなんだけどね……」

 まだ初めて2日目。できない方が当たり前だ。水無月さんはそこそこ高齢だし、機械系は少し難しいだろう。

「お家に帰ってからでも、うちの会社に電話をしていただければ24時間対応していますよ」
「あら、そうなの?」
「はい。最後に説明しようと思っていたのですが、」

 こちらに書いてる番号に、とこころくんに書いてある電話番号には下に小さく「24時間対応可能」と書いてある。今時の会社はすごいなぁ、とその番号を見つめた。医療機器メーカーにも夜勤とかあるんだ。

「もしわからないことがあれば、対処法を自分で探さずにいつでもこちらに電話してください。」
「自分でしようとしたらダメなの?」
「昔はパンフレットなどをお渡ししていたのですが、それで混乱していろんなボタンを押してしまう人がいて……」

 そうなんだ、そう話をうんうんと聞いていたら、持っていたPHSがバイブレーションを鳴らした。ちら、と画面を見れば電話がかかっていて、小さく「すいません」と声をかけて後ろを向いて通話ボタンを押した。

「はい、S棟3階看護師**です」
「医師の××です。○○さんの担当?」
「はい、そうです」

 他患者の担当医からの口頭指示を受けながら、持っていた付箋にメモを取る。電話に集中していたから気づかなかったが、観音坂さんがじ、と私の顔を見ていたらしい。

「綺麗な看護師さんでしょ」
「えっ、あ、えっと、すみません……!」
「いいのよいいのよ。ここの看護師さんみんな綺麗だけど、あの子は特別やさしいから」
「は、はぁ……そう、なんですか、」

 だからそんな会話をしていたなんて全く知らなくて。

「はい、はい……わかりました、朝は欠食で飲水のみ少量可、ですね。はい。あ、先生すいません、追加でなんですが△△さんの処方またお願いします。はい、失礼します。」

 ピ、と通話を切って一息つく。なにやら視線を感じてくるりと後方に体を向け直せば、二人して私の方を見ているではないか。

「すっ、すみません、話を遮ってしまって……!」
「いいのよ、貴女が素敵ねって話をしてたから」
「えっ」

 まさかそれは、観音坂さんも話に混ざってたんだろうか。いや、そこには水無月さんと観音坂さんの二人しかいないから話す相手は必然と決まってくるけど、けど、けども……!
 居た堪れなくなって、そろりと観音坂さんに視線を向ければ、一瞬驚いたように身体を跳ねさせ視線を逸らされたが、また恐る恐る右往左往しながら私の目を見つめ返してきた。

(……きれいな、瞳だなぁ…)

 って、仕事中になにを考えているんだ。そんな邪な考えを振り払うようにふぅ、とゆっくり息を吐いて、水無月さんに視線を戻した。

「そう言っていただけて嬉しいです。はい、では続きをしましょうか」
「ふふ。はぁーい」

 それからは滞りなく説明と指導が進んでいった。自信がないと初めは言っていたが、観音坂さんの熱心な指導のお陰か水無月さんもすらすらとできるようになっていった。

「これならなんとかご自身でできそうですね」
「うーん、まだ不安だわ……」
「問題なくバッチリできてましたよ、退院まで少しずつ練習しましょう」
「そうねぇ……」

 いまいち晴れない水無月さんの表情に、さてどう言おうかと言葉を考えた。まだ初めて2日だ、不安で当然。視線を合わせようと膝を曲げようとしたら、私よりも先にひょろりとした背の高い体が私の身長の遥か下に降りた。

「水無月さん」

 低すぎず高すぎず、スッと耳に入ってくるバリトンボイス。片膝をついて水無月さんに視線を合わせる観音坂さんは、少し気弱なやさしい王子様のようで。

「昨日今日とこんなにできるようになったんです、きっと水無月さんなら大丈夫ですよ。困ったことがあればいつでも電話してください、僕たちが精一杯サポートさせていただきます」
「……そうね。ふふ、頑張ってみようかしら」

 やさしいんだ、この人は。目を見ればわかる。とってもやさしい。安心したような水無月さんの表情を見て、ふ、と自分の口元も緩んだ。

(なんか、いいな……)

 こう言う業者の方は、もう会うことがないのがほとんどだ。そんなことをふと思って、少し寂しく思った感情は、心の奥底にそっと仕舞い込んだ。



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