ゆきどけ

ぼくだけでいいのに



「お前ほんっとひた隠しにするよな」
「英太くんもなかなかしつこいね〜」
「お前のネタなんてそうそうねーからな」

英太くんとの攻防は夜になっても続いていた。帰り道も風呂に入ってる時も俺の誕生日パーティーとらやをしてくれているときも俺の隣を確保して隙あらば聞いてきた。
かく言う俺も、誰かに言っておけば協力者になってくれるかもしれないとずっと前から考えていた手前邪険にもできず。うーん。どうしたものか。▽の病気のことを言わなきゃいけないのが一番のネックだ。

「お前、本当は言おうか悩んでるだろ」
「…………俺覚られるのあんまないんだけどなぁ」
「ほらほら言ったら楽になんぞ」

ニヤニヤと笑う英太くんはどこの悪徳検事だろうか。とは言え、俺が無断で▽のプライバシーのことを言うわけにもいくまい。仕方ない。▽に聞くか。

「……10分後に俺の部屋」
「待ってました!」

枕と充電器持ってくる!と意気込んだ彼は俺の部屋に泊まるつもりだろうか。嫌だから寝たら部屋から引っ張りだそう。

『▽〜』
『どうかしたの?』
『ちょっと相談があるんだけどさ』
『なになにどうしたの?』

送ったLINEにすぐ既読がつき、いつもと変わらないテンションの▽に罪悪感が湧く。致し方ない、と意を決してポツポツと画面をフリックした。

『英太くんわかる?』
『うん!イケメンで花粉症の人!』
『そーそー。英太くんがね、俺と連絡とってる子誰だって言ってきてね』
『ほうほう』
『結構しつこくて』
『しつこいって(笑)』
『言ってもいい?▽のこと』

送った。もう後戻りできないし送った言葉に既読もついた。やっぱ送らないべきだったか。あの子が拒否するわけないと気づいたのは送ってからだった。

『いいよー!電話する?』

ふぅ、と肩の力が抜けた。なんにせよ拒否がなくてよかった。それに電話をしてもいいと言うなら好感触のはずだ。電話は英太くんに聞いてからにしよう。▽もなんだかんだで会って見たいと言っていたし。

『あとで英太くんに聞いてみるよ』
『うん!お話しするの初めてだから楽しみだな〜』

高校にほとんど行けていない▽は年が近い人と話せていない。高校も数ヶ月しか行ってなくて友達という友達もできなかったらしい。
英太くんと▽は仲良くなるだろうなぁ、としみじみしていたら、ドタドタとうるさい足音が近づいてくる。

「天童!早く話せ!」

バーン、と勢いよく部屋に飛び込んできた英太くん。完全に寝る格好なのにやけに張り切ってて苦笑した。修学旅行か。

「……本当に聞く?」
「おう」
「ごめんとかなしだよ」
「わかってる」

本当にわかってるの?と聞き返したくなったが、さっきとは打って変わってなんかいつも以上に真面目な英太くんに口を噤んだ。察しが悪いようで変にいいからなぁ、英太くんは。

「……幼馴染、▽って言うんだけど、」
「▽ちゃん」
「うん。訳あって入院してるの」
「まじか」
「まじだよ」
「怪我か?」
「んーん、病気、……って言うか、ガン」

ピシ、と英太くんの顔が固まった。そうだよね。普通ガンって聞くだけでやっばいってわかるもんね。
ごめんと言いそうになってる英太くんに追い打ちをかけるようにスラスラと話した。小学生のときから、俺がぼっちだった時にずっといっしょにいてくれたこと、中学ん時にガンになって、一時期は治ったんだけど再発したこと、今は安定してるけどこの先何が起こるかわからないこと。
あらかた話終わったら英太くんは難しい顔して枕を見つめていた。やっぱこうなると思ってた。

「そうか……」
「うん」

なんて言うのかな、なんてのんきに考えるほど、俺には余裕があった。このことを話した人はいない。誰にも話したことのない、▽のこと。
優しい英太くんは、なんて言ってくれるんだろう。

「天童は、▽ちゃんのこと好きなんだよな」

疑問にもならない、確認の言葉。迷いなくそうだよ、と答えれば、英太くんがふっと笑った。

「かっけーな、お前」
「え」

なに、なんか、いきなり褒められたんだけど。え、どう言う意味。なんで俺がかっこいいことになってんの。

「一人のやつをそんなに好きでいれるって、普通できねーよ」
「……そんなかっこよくもないよ」
「いや、かっけー。惚れ直した」
「えー、英太くんに惚れられても困る」
「っはは!それもそうか!」

単純なのに、わっかんないなぁ。思ってもみない反応だったから今度は俺の方が戸惑う番だった。

「今まで一人で、こんなでかいこと抱えてたんだな」
「……まぁ、誰かに話す内容でもないし」
「こう言っても無駄だとは思うけどよ」
「ん?」
「無理になる前に、俺に頼ってくれ」

だから英太くんは、モテるんだろうな。なんの偽りもない、まっすぐな言葉。若利くんに比べたら色々考えてるんだろうけど、こういう事をさらっと言ってのけるのが英太くんだ。

「……英太くんもかっこいーね」
「おう。惚れたか」
「俺が惚れるのは▽だけだからね」
「そこは冗談でも俺にも惚れろよ!」

ケラケラ笑う英太くん。言葉を借りれば、かっけーなってやつだ。
ほっと安心している自分がいる。肩の荷が降りたというか、誰かに言えるようになったのはかなり心強いことらしい。俺も単純だな、と苦笑する。妖怪だと言われる俺でも人間らしさがあったようだ。

「電話、する?」
「する」
「即答だね」
「天童を骨抜きにした▽ちゃんとか話したいに決まってんだろ」

間違ってないけどさ。言い方どうにかならないの?と思った俺は多分正常な反応だ。やれやれ、とLINEを見れば、▽からいくつか通知が来ていた。

『さとりくーん』
『まだー?』
『花粉症の英太くん』
『ふふ(笑)』

「笑われてるよ英太くん」
「は、なんで」
「花粉症で鍛治くんに怒られたこと言ったらめっちゃ笑ってた」
「なんで言うんだよ!!」

『電話するねー』と送ればすぐに既読、そして電話の画面が出てくる。なぜか緊張し出した英太くんを放置し、トン、と画面を押した。

『もしもし、覚くんですか?』
「覚くんです。▽ですか?」
『ふふ、あたりです』

あ、今日は声が落ち着いてる。しかもちょっと上機嫌だ。何かいいことあったのかな。

「英太くんに代わっても大丈夫?」
『うん!代わっていいよ〜』
「だって、ほら」
「ま、待て、心の準備がまだできてない」
『もしもし、英太くんですか?』

スピーカーにしてから問答無用でスマホを握らせれば慌てて画面を覗き込む英太くん。これは仕返しだ。

「も、もしもし、▽サンですか」
『はい、あってますよ〜』
「え、英太くんです……」
「ブフッ……」
「笑うな天童!!」
『花粉症は大丈夫ですか?』
「花粉症じゃないです!!」

ほら、すぐ仲良くなった。コミュ力高い二人だからまぁ当たり前っちゃ当たり前。よかったねー、と思う反面やっぱり面白くないのは面白くない。好きな子だしね。

『いつも覚くんからお話聞いてるよ』
「一体なに話してんだよ…」
「主に鍛治くんに怒られたことかな」
「余計なこと言ってんじゃねぇよ!!」
『コーチの頭にサーブをぶつけたのは大丈夫だった?』
「天童!!!お前なぁ!!!」
「あれ傑作だったじゃん」

早速英太くんをいじりだす▽もなかなかのツワモノだ。あまりに人懐っこいから俺の家族にワンちゃんみたいと言われてたのが懐かしい。

『思った通りだったよ、電話越しの英太くん』
「どんなのイメージしてたんだ?」
『なんか面白い感じ!』
「それ褒めてるか?」
『褒めてる褒めてる、超褒めてる』

友達ができて嬉しいのか、いつもよりテンションの高い▽。かなり砕けてふざけて話す感じも可愛いなぁ、と思いつつ荒れかけている手にハンドクリームを塗った。▽が好きだと昔選んでくれた柑橘系の香り。もう何回もリピートしている。

ほんの少し電話から意識をそらして自分の指先を見る。ささくれができた箇所に塗り込めば、ふわっと香ってくる柑橘に▽を思い出した。一緒に帰って寄り道したあの日に戻れたらいいのに。

「おう、任せろ。あ?大丈夫に決まってんだろ。うん?うん、…………ん、わかった。こっちは任せとけって。俺も出来る限りのことはするから。うん。うん……、おっけ。んなの気にすんな。じゃ、天童に代わるな」

いつのまにかスピーカーが終了しており、二人の会話は一切俺に聞こえることはなかった。なんの話ししてたの?と聞けば下手くそにうやむやにされる。え、本当になんの話ししてたの。

「……▽?」
『? どうしたの、覚くん』
「……いや、なんでもないよ」

そんなに、二人にしか話せないことがあるだろうか。関わりを持って間もない二人だ。どんなことでも俺を介するだろうに。…………いや、俺についての話か。

『覚くん……?』
「……俺は、俺がしたいことをしてるだけだよ」
『うん……?』

あらかた、俺を頼むとかそんなんを言ったんだろう。▽はかなり気を遣う性格だ。自分の存在が俺に悪影響を及ぼしてるとか思っていそうで恐ろしい。声でもわかるくらいクルクルと頭を悩ませる▽に、どうか俺以外を頼らないで、と心の中で思った。

『あ、そうだ、覚くん、まだ言ってなかったね』
「んー?」
『誕生日、おめでとう。私、覚くんと出会えてすごく嬉しい。生まれてきてくれて、ありがとう』

電話越しなのに▽がキラキラ輝いてるように思えた。綺麗だなぁ、本当に。降り落ちた雪みたいにすごく。

「ありがとう、俺も▽に会えて嬉しいよ」

まぎれもない真実を伝えれば、電話の向こうで「ふふ」と柔らかい笑みが聞こえてきた。
英太くんは思い続けるのがすごくかっこいいなんて言ってたけど、▽が相手なんだから当たり前でしょ。こんなに綺麗な子、他に知らない。

「…………わり、俺帰る」
「あ、そう?」
「…………お前、そんな顔できたんだな」
「え、なに、どんな顔?」
「………………なんでもねぇ。おやすみ。」

▽もおやすみ、と大きめの声で言ってから、「おやすみ〜」と聞こえたか聞こえてないかわからない音量の返事を受け取って部屋を出てった英太くん。ちょっと顔が赤かったのは俺らの会話に照れたのだろうか。恋愛経験はほどほどなはずなのにウブなところがある。

『覚くんもそろそろ寝る?』
「んー、そうだね、」

ちら、と時計を見れば23時を回っていた。▽も遅くなりすぎるのはダメだし、俺も明日もいつも通り朝練があるし。そろそろ寝よっか、と電話口に告げれば肯定の返事。

『じゃあ…、おやすみなさい。覚くん』
「うん、おやすみ、▽」

電話を切るときは、結構お互いドライだ。本当はもう少しもったいぶりたいが、それを言えば▽に申し訳ないからおやすみのあとはスマホを耳から離す。そしてどちらからともなく通話を切る。
電話の画面がいつものホーム画面に戻り、そのまま電源ボタンを押した。

「ふぅ……」

スマホをベッドに投げ出し、枕に顔を埋めた。ワックスがとれてばらけた髪が目にかかって鬱陶しい。
もぞもぞとベッド脇にあるテーブルの上のリモコンを手にとって部屋の電気を消した。誕生日、なんて結局いつもと変わらない。ただいつもよりおめでとうと言われるのが多くなる日だ。

『生まれてきてくれて、ありがとう』

今年もこの言葉を言ってくれる▽に、いつもうまく返せない。

ピコンッ!

びくっ、と体を震わせて体を起こせば、さっき消したはずのスマホが点灯し、新しい通知をよこしていた。まぁそこまで遅い時間じゃないし、部員がクラスの誰かだろうと思って手に取れば予想外の人からの通知が。

「…………▽?」

『△▽が動画を送信しました』

そんな簡素な文に頭の中ではてなマークが飛び交う。さっきまで電話してたのに、どうして動画だろうか。なんの?と思いつつそれを開いて再生ボタンを押せば、ハイテンポの曲がいきなり流れ出す。

『happy birthday to you!!』

文字が一つ一つ動いたり、何枚もの写真が誕生日を祝う曲に乗って流れ出した。小学校、中学校の写真、ひな祭りや七五三、浴衣を着た写真など懐かしい写真が次々と表示されては消え、『たのしかった夏まつり』『これははじめて二人で行った初詣』など一言添えられて流れていく。

『生まれてきてくれてありがとう』
『君と過ごした時間はずっと宝物だよ』

そんな歌詞に乗せて笑ってる俺らが悲しくなるほど楽しそうで。
誕生日サプライズ動画、なんてはじめてで頬が緩むのがわかった。たった2分半の動画。それだけでこんなにも満たされるなんて。

『はい、どうでしたか、はじめて作ってみました、サプライズ動画です!覚くん、びっくりした?』

1分半で終わった動画がいきなり切り替わり、病室で▽が俺に向かって手を振っていた。まさか、本人の映像まであるなんて。

『なにかしたいなーって看護師さんに相談したらね、動画とかは?ってアドバイスをもらったので、頑張って作ってみました!お陰で動画編集のプロになりそうだよ〜』

ふにゃふにゃ笑う▽。動いてるのを見るのは久しぶりで、抗がん剤の副作用で髪の毛がない代わりに俺があげた赤のニット帽がよく似合っている。

『改めまして、誕生日おめでとう、覚くん。生まれてきてくれてありがとう。私、とても幸せです』

綺麗に笑う▽がすぐそこにいる気がして。画面の上から頬をなぞればなんの温度もないそこが愛おしく思える。

『そしてなんと!今日は重大発表があります!』

パンパカパーン、と自分で拍手をする▽は、まるで初心者ユーチューバーだ。ダメだなぁ、▽のことになると可愛いとかしか言葉が出てこないや。
なんの話だろう、と画面の向こうの▽を見つめる。なんか、いいことでもあったのかな。

『私ね、12月に移植できることになったの』

「っ!?」

その瞬間、ぶわっと血流が勢いよく回り出したように体が熱くなった。固まった体に▽が追い打ちをかけるようにすらすらと言葉を紡いでいく。

『それに向けて、これから入退院を繰り返すことになるけど、私頑張るね』

▽の病気は、完治するには移植が必要不可欠な状況にまできている。前までは抗がん剤でなんとかなったが、再発した今では移植しか手がなかった。
しかしこの日本で移植を待っている人は何万人もいるのに、提供者はごく僅か。順番待ちなのだ、どれもこれも。でも、ようやく。

『だからいつか治って元気になったら、たくさんたくさん一緒にいようね』

そんなの、約束しなくたって。
にやける頬を締めれず、はぁぁ…、とスマホにため息をついた。本当に良かった。『fin...』の文字で締めくくられた動画を無意識のまま保存する。そしてそのままスイスイとキーボードをフリックした。

『ありがとう、びっくりした』
『それとおめでとう、俺もちょー嬉しい』

『がんばって』その文字を打っている途中にふと手が止まった。なんとなく、この言葉は違うと思った。

『俺も支えるから、一緒に頑張ろうね』

▽の既読がつく前に画面を落として布団の中に潜り込んだ。今更ながらになんとなく気恥ずかしくなった。そんなガラじゃないんだけどなぁ。

ピコンッ!

間も無くなる通知にのっそりとスマホを手に取る。なんて返事が来るのかなぁ、と恥ずかしながらも気になって、通知画面だけを視界に入れる。

『うん、覚くんがいるから百人力だよ!ありがとう、一緒に頑張ってください』

もちろん、と打つ前に心の中で返事をした。

prev - next




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -