02
「ノーマン、エマたち、もうすぐだって」
「そうみたいだね」
あれから、私は別の施設に預けられ、様々な研究や実験をされた。そして新たなわたしの施設は反乱を起こしたノーマンたちにぶっ壊され(ノーマンがエマたちと離れ離れになってたことも驚いたが)、無事保護されてノーマンたちと過ごしていた。
私はノーマンたちよりも先にあのハウスの真実を不本意にも知っていた。小さい頃、本の中の主人公が木の上で寝ているのを真似しようと至ったお馬鹿な私が、なんとか登っていざ寝ようとした木の下に来たのは偶然にもレイで。声をかけようとしたらレイが緩やかに知らない歌を口ずさんだ。
それが全ての始まり。
『レイ……その歌どこで…………』
(……?ママ?)
『ねぇ……なぜ俺を産んだの?
目を見開いた。産んだと言った。ママが、レイを。なんでそんなことになってるの。ここは施設。親から捨てられた子供が育つ場所。ママはレイを捨てたの?なのに育ててるの?なんで?なんでレイは、産まれたくなかったみたいなこと、言ってるの。
『わかっちゃったんだ、ハウスの正体』
(ハウスの、正体……?)
『どうする?殺す?』
ドク、ドク、と心臓が強く拍動を打つ。お芝居の練習かと思った。そう思いたかった。でもママの顔は強張ってて、レイはすごく悲しそうだった。……いや、何かを企んでる顔だった。
『ママ、取引したい』
一通りの話を聞いたあと、ママもレイも何も言葉を発することなくハウスに戻っていった。
私の存在はバレてない。でももしバレたら、やばい。全部隠さなきゃ。何も知らないって、全部全部、隠さなきゃ。
大丈夫、私ならできる。大丈夫、ちゃんと隠せる。わたしなら、
『**?』
ほんの一瞬、呼吸が止まって、すぐにゆっくり息を吐いた。ママの声だ。それも、とても冷たくて、怖い声。バレたのだろう。わたしがここにいることが。なんでかは知らないけど、きっとバレた。
『全て聞いていたの?』
反応するな。したら殺される。何も知らないふりをしろ。わたしはここで何をしに来た?
『いい子だから、降りておいで、**』
寝ろ。寝るんだ。今ここで。狸寝入りなんて通用しない。全部隠すために、眠っちゃえばいいんだ。寝てて聞いてませんでしたって、そうすればいいんだ。
『**』
寝るときいつもどうしてる?ゆっくり息を吐いて、吸って、体の力を抜くんだ。
『少しお話をしましょう、ねぇ、**』
プツン、とここでわたしの意識は、過度な恐怖のお陰で途絶えてくれた。
バレている可能性が高いけど、あれから、寝ていて何も聞いていなかったということを押し切って何事もなかったかのように過ごした。だれかが出荷されると知った時も、できる限り笑顔でお見送りしたし、我慢できなかった時は泣きじゃくった。スコア順で出荷されることも知ったけど、たまにわざと間違えたり、逆に少し勉強していい点数を取ったりした。たまにいい点数を取っていれば、将来伸びる可能性に賭けて出荷はしないと思ったから。
それからいい点を取れるように隠れて勉強するために、レイに近づいた。レイのことが好きなフリをして、レイに近づいて彼が読んでる本を読み漁った。全部頭を良くするためだ。ママは何も言ってこなかったから、わざと恋する乙女なフリをして相談もした。
『引っ付いてくんなよ』
『……やだ。』
『ハァ……ウゼーんだよ、お前』
『………………』
『……俺から何を聞きたいわけ』
レイは、ママの協力者だ。わたしに探りを入れるよう言われてるかもしれない。ちゃんと、ちゃんと隠さないと。
『……レイの、』
『ん?』
『レイの、すきなたべもの、』
『…………別に、ない』
先に好きになったのは、レイだと思う。
「ボス、**さん。ただいま戻りました」
「! ハヤト、おつかれさま」
「……彼らは?」
「みなさん無事アジトへお連れしました」
「そうか……」
リーダーをここに、そう簡潔に述べたノーマンは、言葉の冷たさとは裏腹に、どこか嬉しそうな表情で。冷徹で残虐非道、カリスマ性を持ち合わせたノーマンは、わたし以外のみんなの前ではとてもクールを装っていて。再開した時はそれはもう驚いたものだ。
「エマ、来るね」
「レイもね」
「なんか緊張してきたから隠れとく」
「はは、なんだい、それは」
先に好きになったのはきっとレイ。でもその後すぐにわたしも好きになった。ドク、ドク、と心臓が緩やかに揺れる。ノーマンがよく座る机の下に身を屈めた。規則正しい階段を上がる音が聞こえる。ノック音が二回響く。
「ボス、お連れしました」
「入れ」
ガチャ、とドアが開いた。またドクンと心臓が鳴る。
「ご苦労。ハヤト、下がっていい」
「はい!」
そしてパタンと閉まったドア。緊張する。するけど、なんて心地のいい緊張なんだ。
「長かった。ようやく会えたね」
「ノーマン……」
あぁ、エマの声だ。優しくてあったかい、エマの声がする。懐かしい、何年振りだろう。エマが、すぐそこにいる。ぐずぐずと泣きじゃくるエマの声に耳を傾けながら、これ以上幸せなことなんてないんじゃないかと思うくらい幸福感に満たされた。
「レイも連れてきたよ」
「うまくいったんだね…!」
部屋の温度が高くなるのを感じた。ゆっくりゆっくり深呼吸をして、激しくなっていく心臓を落ち着かせた。空気が震える。ドンの声や、ノーマンを呼ぶ声が聞こえる。ノーマンが、レイの名前を呼ぶ音が聞こえた。
レイが、すぐそこにいる。会いたくて仕方ないのに、なぜか会うのがとてつもなく怖い。レイ。
「ああ……おかげでな」
レイ。
「生きててよかった…!」
レイの声が心に沁みて、ほんの少しだけ、目が潤んだ。もうこれ以上心がついていけそうにない。どうしよう、手が震える。レイに、触れたい。
「もう一人、スペシャルゲストがいるんだ」
「スペシャルゲスト?」
びくっ、と体が跳ねた。体育座りにしている体をぎゅう、と閉じ込めるように腕に力を入れた。この後出て行くのは酷じゃないか。先に出ておけばよかった。ちくしょう。
「ほら、隠れてないでおいで」
あぁ、もうわかったよ。打たれる覚悟で行ってやる。
ふん、と意気込んでその場で立ち上がろうとすれば、案の定ゴツンッ!と机に頭を強打した。
「ッ〜〜!!」
「つっ、机が動いた!」
「馬鹿、誰かいるんだろ」
トーマのお馬鹿が炸裂した後、スリスリと打った頭を撫でながら恐る恐る顔を覗かせた。真っ先に飛び込んできたのはエマの鮮やかなオレンジ色の髪の毛。それから、その隣にいる真っ黒な髪の毛。
「お、おひさし、ぶりです……」
「……え、?」
賑わってた部屋が一瞬で静まり返る。みんな、大きくなったんだなぁ。そんな親心に似た何かを感じては、ゆっくりとその場で立ち上がった。
「……**か…?」
「うそ、そんな……、」
「……久しぶり。生きててよかった、ドン、ギルダ。」
同期2人がその場で腰を抜かした。ギルダに至っては口元を押さえながらわなわなと震えている。
「**、コニーよりも前に出荷されて、」
「……私も、ノーマンと同じ。
エマが笑顔のような泣きそうな顔をしていて可笑しかった。それから、ゆっくりレイに向き合った。なんて言えばいいのかわからなくて、きゅ、とその場で口を噤んだ。
背、伸びてる。髪の毛も少し伸びたのかな。どうしよう、カッコよくなってる。好き。好きだ、やっぱり、何年経とうが、私はまたレイに恋しちゃうんだ。
「……レイ、」
「………………」
「あの、わたし、ッ……」
どん、と前からの強い衝撃に耐えきれず、尻餅をつく。ぎゅう、ぎゅう、とあの時よりもずっと強い力で抱きしめられて、うまく息ができない。
「れ、くるし、よ…」
「好きだ」
耳元で呟かれた言葉に、全部の思考が急停止する。耳から流れてくる甘い響きに息の仕方を忘れてしまった。
「ちゃんと、言ってなかっただろ」
「好きだ、**」
ヒュウ、と誰かが口笛を吹いた。ハウスの子たちはみんな固まってて、唯一ノーマンだけが笑ってた。
「ま、待ってレイっ、」
「あーー!!」
「ちゅーした!ちゅー!」
「れっれれれれれい!?!?」
「わぁ、あはは」
みんなが見てる前だというのにこの男は。諦めたようにふう、と一息吐いて、その頭を抱え込んだ。
「もう、ぜってー離さないからな」
「レイ……」
「ん?」
ちゅ、とわざとリップ音を鳴らして唇に再度触れた。キョトンとするレイの顔がなんだか可愛くて、自然と目が細まった。
「大好き」
生きててくれて、生まれてきてくれてありがとうと、何度も言いたいんだ。