エンドロールへみちづれ



「っ、おえっ、ゲホッ……、」

 そんな呻き声とともに聞こえたぴちゃ、という水音。手袋を忘れたと安易に取りに来た演習場の壁と隙間で、蹲っているのはよくよく見慣れた小柄なヒーロースーツ。

「……*…?」
「っ、は、え、轟くん……っ、?」

 顔面真っ青なのに口元が赤い。いや、それを拭う手も赤くて、恐る恐る視線を下ろせば真っ赤な水たまりができていた。何が起こってる、そういう視線を向けたのに*は苦笑いして、人差し指を立てて口元にあてた。

「しー、ね。内緒だよ」

 いや、それ、血だろ。なにしてんだよ、早くリカバリーガールのところに行かねえと、つかなんで、そんなことになってんだよ。

「あーあ、うまく隠してたのに」

 まるで隠していたおもちゃが見つかったような軽い口ぶりに頭が混乱した。腰にぶら下がってるポーチに手を突っ込み、ごそごそと探っては取り出したのは薬が3錠。それを慣れた手つきで開けて、口の中に放り込んだ*はそのままガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。

「ふぅ……」
「お前、それ、演習でなったのか……?」
「……ねぇ轟くん、今日放課後時間ある?」

 質問してるのは*なのに、肯定以外の返事を言わせない態度に思わず頷いた。ゴシゴシと服で口元を拭う*はどう見てもさっきまで真っ青な顔をして履いていたとは思えなくて。

「デートしよっか」

 少し顔が青白くて、それでいて血に濡れた*がさながら吸血鬼みたいで綺麗だなんて、俺の頭はおかしくなっちまったんじゃないかと思った。


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 ひらりと舞い落ちる桜に目を細めた。ついこの間最上級生になったばかりでもヒーロー科は変わらず演習、訓練、実践を忙しなくこなしながらハイレベルな授業。入学当初はまだ幼さの残る俺たちもずいぶんガタイもよくなって、日々ヒーローになるのだとようやく現実味を覚えてきた。そんな葉桜も散りかけの穏やかな日、俺はクラスメイトの女子と名所だとよく呼ばれていた緑の桜並木の下を緊張しながら歩いた。

「ねぇ、知ってる?桜の花びらって、秒速五センチメートルで落ちるんだって」
「……そうか」

 どこかの映画で聞いたことのあるようなセリフを嬉々として告げる*は、さっき演習場で見たやつと同一人物とは思えなくて。まるでさっきのが幻なのかと思うほど、*は普通だった。

「……なぁ、*、」
「ん?」

 数歩前を歩いていた*がくるりと振り返った。それと同時に捲き上る風が、地面に落ちた花びらを舞い上がらせる。やはり映画のワンシーンなのかもしれない。

「わぁ、すごい風だね」

 片手でスカートを抑えながら笑う*から視線を逸らした。これ以上見つめていたら何かが弾けそうな気がして怖かった。
 そして視線を外せば、聞きたかったことがやっと口からこぼれる。

「お前、あれ、なんだ」

 単語でしか言葉を出せなかった。それほどまでに頭が働いていなかったらしい。さっきから自分が自分でないようだ。

「気になる?」
「あんなの見せられたら、誰だって気になるだろ」
「まぁ、それもそうか」

 どく、どく、とゆっくり、強く心臓が脈打つ。生唾をごくりと飲んで次の言葉を待った。*は、やっぱりいつも通りだった。

「私、肺がやばいんだ」
「……なんで、」
「個性のせい。酸素操作だけど、体の酸素濃度とか、呼吸のリズムとか、いじくり回したせいで個性に体がついていけなくなったんだって」

 昔青山がそんなことを言っていた気がする。今はもう克服したが、個性に体が合ってないだとかなんとか。それにしたって*のはそんな簡単な話じゃないはずだ。

「……それ、いつ治るんだ」
「もうすぐ治るよ、だから心配しないで」
「嘘つくな」
「なんで嘘だと思ったの?」
「…………*が、嘘ついてる顔してたからだ」

 そんな俺の苦し紛れな返事に、*はケラケラと他人事のように笑った。

「私の嘘ついた顔、見たことないくせに」

 どうしようもなく苛立って、ムカついて、自然と奥歯を噛み締めた。ないけど、嘘だろ。どう見たって薬飲むまでの流れが慣れてたし、吐いてた場所だってちゃんと無数のカメラの死角だった。わかっててあそこにいただろ。ああすれば、誰にも見つからないって、知ってただろ。

「なんで轟くんが怒ってるのさ」
「*が嘘つくからだろ」
「私が嘘をついたところで轟くんに何か問題ある?」
「ある」
「へぇ、なに?」

 飄々とした態度でのらりくらりと躱されてる気がする。*は頭の回転が速いやつだ。周りもよく見てるから、いつも誰とでも当たり障りなく接することができるし、あの爆豪でさえも嫌な気にさせない。
 その逆で、嫌な気にさせない方法を知ってるから、どうしようもなく嫌な気になることもわかってる。

「……それは、」
「ねぇ、轟くん、」

 俺が答える前に、ぽろっと*がこぼした言葉に目を見開くしかなかった。は、と聞き返す俺に、*がクスッと笑ってまた口を開く。

「好きだよ、轟くん」

 風に煽られた木から一枚の花びらが横切った。もう*に頭ん中ぐちゃぐちゃにされて、少し目眩がする。

「お前……、なんで今なんだよ、」
「ベストタイミングじゃない?」
「んなわけねぇだろ」
「あれ、だめだった?」

 耐えきれなくなって、はぁぁ……とため息をつきながらしゃがみこむ。ガシガシと頭を掻いて顔をゆるゆると上げた。

「……何が望みだ」
「いやだなぁ、脅してるみたいじゃん」
「変わりねぇだろ」

 なんとなく、*が俺のことが好きなんて話はコソコソと聞いたことがあった。俺と*を隣にしようと他の女子が仕組んだりしてるのを見て、俺のことが好きなんだな、と他人事のように思っていたが、昔みたいにデリカシーなく突っ込んでおけば良かった。そうしてれば、こんな最悪のタイミングに告白されることなんてなかったのに。

「思い出が欲しいな、轟くんとの」
「……笑えねぇな、それ」
「笑ってもいいんだよ」
「*、死ぬのか?」

 肯定するなと考えながら、頭の隅で肯定なんだろうなと感じた。そしたら*は、またさっきと同じ顔で、「死なないよ」と答えた。嘘ついてる顔、もう二回目だぞ。



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