幸せになるなら君がいい





「よ、*ちゃん」
「東さん!おひさしぶりです!」
「半分持つよ」
「いや、でも……、」
「俺もあっちに用があるからさ」
「う……ではお言葉に甘えて……ってえ、あ、ちょ、それ半分どころか9割です東さん……っ!!」

 晴れてボーダーエンジニア見習いとして勤めることになったは良いが、トリオンやらトリガーやらとわからない次元のことをポンポン教え込まれ、あれ持ってきて持って行ってとボーダー内を駆け巡り、つい先日入隊したばかりなのにいろんな人に目にかけてもらえるようになった。荒船先輩とかもよく筋トレだと荷物を持ってくれるし、テレビで観てた嵐山さんはテレビで観た時よりキラキラしてた。

「少しは慣れたか?」
「人間関係は少し慣れましたが……なかなか難しい単語が多くて、まだまだです」
「はは、わからないことがあったらいつでも聞きに来ていいからな」
「はい!ありがとうございます!」
「クラのとこのバイトはやめたんだっけ?」
「うぅ……すごく迷ったんですが、店長が背中を後押ししてくれて……ちょうど別の子がバイト希望で行ってたので入れ替わりという形になりました」
「クラも癒しがなくなって悲しいだろうなぁ」
「そんな大それたことないですよ、あの店長ですし」

 のんびりまったりとお話ししながら背の大きい東さんを見上げて足を動かす。ファイルの大部分を持ってくれたおかげですごく肩が軽い。男の人だなぁ、かっこいいなぁ、と見つめていたら、ぱちっと視線がぶつかった。

「俺の顔、何かついてた?」
「っえ!あ、すいませんジロジロと、えっと、その……かっこいいなぁ、と、」
「はは、ありがとう。*ちゃんみたいな可愛い子に言われると嬉しいよ」

 ぼぼぼっと顔が熱くなる。うわ、絶対今顔真っ赤だ。見てたことをバレたのにも、可愛いと言われたことにも恥ずかしくなってバッと首を下に向けた。

「東さん」

 ふと、聞いたことのない声が耳をくすぐった。ふと視線を上げれば、そこにいたのはスーツ姿で顔の整った、少し怖そうな雰囲気の男の人。誰だろう、初めて見た。

「おお、二宮か。お疲れさん。どうかしたのか?」
「いえ、たまたま見かけたので。……あの、そいつ、」

 じろ、と鋭い目が私を見た。びく、と肩を震わせて背筋が伸びる。こ、これはもしや東さんなんかと並んでるちんちくりんは誰だというアレだろうか。

「は、はじめまして、私、あの、え、エンジニア見習いの**と申します」
「……二宮だ」
「そ。この子が例の子だ」

 素っ気ない感じはデフォルトなんだろう。慣れるしかない。しかし東さんのいう「例の子」というのはどの「例」なのだろうか。開発室で大泣きして駄々こねたやばいやつと認識されていたらどうしよう。

「秀次の彼女か」
「………………違います」

 秀次、という単語が三輪くんだと思いつくのに時間がかかった。びっくりした。初対面の人みんなそう言っていくけどこんなの三輪くんが聞いたらものすごく怒っちゃうよ。そうなれたらいいなぁと思う希望ですら今はないのに。(希望がなさすぎてほぼ諦めている)

「三輪くんはクラスメイトです」
「? 加古が秀次に彼女ができたと言っていたが」
「よ、く言われますが、その、……三輪くんは、私なんかは眼中にないので……」
「とりあえず、今は*ちゃんの片思いって設定だ」
「え、あ、な、なんで言っちゃうんですか東さんっ」

 知らない単語がまた出てきたが、いつもこの話題になるといろんな意味でドキドキする。残念なことだが、私が三輪くんに片思いしているということもボーダー内に広まっている。間接的に三輪くんに伝わりませんようにと毎日願うばかりだ。

「秀次が好きなのか」
「へっ、う、あ、その、えっと……、」
「はっきりしろ。中途半端は嫌いだ」
「っ、は、はい、好きです……、」
「二宮、言い方」

 なんでだろう、この人すごく怖い。品定めされているような感覚にゾッと背筋が凍る。どうしよう。秀次って呼んでるあたり、三輪くんとも仲が良さそうだし、あんまり邪険にはできないなぁ……ボーダーの先輩だし……。

「どこにだ」
「へっ」
「秀次のどこに惚れた」

 な、なんでそんなことを初対面の人に言わなきゃダメなのか……。しかも苦手意識のある人に。

「えっと……その、やさしい、ところとか、です……」
「優しいだと……?」

 当たり障りないことしか言えなかったし、あまりこんな閑散とした廊下で言いたくもなかった。なんでこの人は食いつくんだろうか。やっぱり俺の秀次をこんな何処の馬の骨かもわからないような女にとか思ってるのだろうか。

「秀次に何かされたのか」
「まぁ、その、いろいろ……」
「いろいろってなんだ」
「……バレッタ、プレゼントしてくれたり、夜送ってくれたり、です……」
「秀次がプレゼントだと……?どんなバレッタだ?」

 待って、なんでこの人こんなに聞いてくるの?噛み付くような勢いが違う意味で怖い。なんでなんでと一人焦っていたら、はは、と場違いにも笑った東さん。

「二宮、秀次の恋バナがしたいなら別の機会を設けたらどうだ?」
「秀次が気にかけている子ですよ、気にもなります」
「楽しそうなお前は久しぶりだよ」
「あとで秀次のところにも行く予定です」

 なんなんだこの人。楽しそうだと……?え?もしかして私遊ばれてたの?あれが恋バナ?尋問じゃなくて?

「変なこと言ってやるなよ、本人たちのペースがあるんだから」
「変なことなんてしません」
「口が滑っても*ちゃんが秀次のことを好いてるなんて言うなよ?」
「なっ、ぜ、絶対言わないでくださいね!?」
「言うわけないだろ」

 自信満々に言うが逆に怖い。本当にそれだけはやめてほしい。つい言ってしまいそうな二宮さんにお願いですからねと再三言った。

:
:

「あれ?噂の*さん?」
「え?」

 俺は行く、と勝手に来て勝手に去っていった二宮さんと、届け先まで荷物運びを手伝ってくださった後にペコペコお礼を述べて別れた東さん。三輪くんはボーダーでは顔が広いんだなぁと一人感動していたら、私の名前がいきなり呼ばれた。ふと後ろを振り返れば、サングラスを首にぶら下げた髪色の明るい男の人が。どことなく髪型が嵐山さんに似ているその人はニコニコと人の良さそうな顔で私に近づいてきた。

「いやぁ、やっと会えたよ*さん」
「あ、あの、どちら様ですか……?」
「初めましてだな、俺は実力派エリートの迅悠一、よろしくな**さん」
「はぁ……、よろしくお願いします」

 どうして私の名前を……?と頭をひねったが答えは出て来ず。まぁあれだけすごい形相で本部を駆け巡っているのだから知っていてもおかしくはないだろう。

「三輪がお姫様抱っこで連れてきた女の子ってかなり有名だからね、*さん」
「っ!? な、なんでそれを……っ!?」
「目立ってたからねぇ、あの光景。赤面する三輪とか初めて見たよ」

 はっはっは、と笑う迅さんに顔の熱はこもる一方だ。うわぁ、うわぁ、とほっぺたを押さえて視線を下に向けた。恥ずかしい。そんなに目立ってたのか、あの日。だめだ、穴があったら入りたい。

「でもまぁ、ボーダーに入ってくれてうれしいよ」
「か、なりわがままを言いましたが……」
「大丈夫大丈夫。きっといい未来になるよ」
「……そうなるといいです」

 まるでわかりきっているようなトーンにどこか安心する。迅さんは不思議な人だ。自分で実力派エリート言うのだから、相当すごい人なのかもしれない。

「ところで、三輪のことが好きって本当?」
「んぶフッ」

 げほっ、げほっ、といきなり振られた話題に思わずむせた。ニヤニヤ聞いてくる割には確信を持った言い方にな、な、とまたも頬が熱くなる。二宮さんといい迅さんと言い、なんでこんな初対面の人に私の恋が知られているのか。プライバシーとは?こんなデリケートな話題がどうしてこんなに広まっているんだ。

「なっ、んでみなさんそれを知ってるんですか……っ!?」
「いやぁ、人の口に戸は立てられぬって言うよね?」
「プライバシーの侵害です!デリケートな恋する乙女なのに……!」
「告白とかしないの?」
「こッ告白ッ!?すすすすするわけないじゃないですか振られちゃうのに……っ!!」
「そうだなぁ〜今はタイミングじゃないもんなぁ〜」

 うんうんと他の人とは違う反応の迅さん。他の人はみんな揃って告白しちゃえと言うのに、迅さんはしないほうがいいと言う。振られるとわかっていても少しズキッとした。

「もっと知ってからの方がいいな、お互いに」
「……迅さんは恋愛のプロフェッショナルなんですか?」
「……うんうん。そう、俺数ある恋愛をしてきた恋愛のプロだから」

 キラン、と私の目が輝いたのは言うまでもない。

「迅さんっっ!!」
「うわっ、わかってたけどびっくりした……!」
「わ、私の師匠になってください……っ!!」
「うん、いいよ〜〜」
「っ本当ですかッ?!」
「もちろん。三輪のためでもあるしね」

 三輪くんの彼女になれるなんてそんなおこがましいこと思っていない。でも、少しでも特別になりたいな、とは思う。恋する乙女は面倒くさいのだ。でもそれが楽しくもある。
 迅さんの手をぎゅぅぅっと握りしめて、力強く「よろしくお願いします!」と言った。迅さんはケラケラ笑っている。

「*さんじゃよそよそしいから、*ちゃんって呼んでいい?」
「なんでもオーケーです!」

 はは、と笑った迅さんはポンポンと私の頭を撫でた。大きな手はとても心地いい。うれしい、これで相談相手ができた。最初は東さんに相談しようかと思っていたけどあの人はなんかもう大人すぎてこんな子どもの相談できなかったから。

 あまりの感動に再度ありがとうございますと崇めるように頭を下げた。迅さんはまだ私の頭を撫でている。なんかパワーをもらえそうだ。

「*!!」

 え、パワーをもらえた?と大好きな声に思わずそんなバカなことを考えた。いやいやだって。この声は紛れもなく私の大好きな三輪くんの声だ。

「みっ、みわく……ふべっ」
「大丈夫か*っ」

 少し息を切らして私の腕を引っ張った三輪くん。上体のバランスが崩れてそのまま三輪くんの胸元に激突してしまった。一体何が起こったのだ。私の思考回路は死んだ。

「迅に何もされてないか!?」
「おいおい……頭撫でてただけでしょーが……」
「黙れ、*に近づくな」

 私を守るかのように迅さんとの間に立った三輪くん。なんで?と頭にはてなマークが飛び交った。

「いいか*。迅は誰彼構わずセクハラするような危険な男だ。金輪際近づかない方がいい」
「えっ」
「いやいやちょっと三輪!?*ちゃんに何言ってるの!?」
「馴れ馴れしく名前で呼びやがって……」

 これはもしかしなくても、三輪くんと迅さんは仲が悪いのでは。いや、迅さんはそこまで邪険じゃないから、三輪くんが一方的に嫌っているような感じがする。まぁ合わなさそうだしね、真面目な三輪くんといい意味でゆるい迅さんは。

「行くぞ*」
「ひえっ」

 突然の右手首の熱。少し強引に引っ張られた腕がどんどん熱をはらんでいく。どう返事をすればいいかわからなくて、引っ張られた方向とは逆に顔を向けて、「迅さん、」と苦し紛れに呟けば、へらりと笑って私に手を振る迅さん。それと同時に右手首を握る三輪くんの手にぎゅ、と力が篭ったのはきっと気のせいじゃない。

Prev - Index - Next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -