砂糖三つと紅茶の香り





「屈め*!!!!」
「っ、」

 ガシャン……ッ!!!!

 叫び声に反射的に膝を折った。その瞬間すぐ隣の窓ガラスが砕け散り、見たこともない黒を基調とした服を着た人が姿を現した。

 ズドン、と腕を振りかぶっていた近界民ネイバーの目が真っ二つになる。剣を振りかぶったのは三輪くんではないだろうか。
 宙を舞った三輪くんが今度は銃を構えると、ドンドンと二発打ってはその場に沈み込む近界民ネイバー。その隙にまた剣を目に突き刺しては、それを最後に近界民ネイバーは動かなくなってしまった。

 まるでアクション映画のワンシーンみたいで、食い入るようにその光景を見つめた。息を切らして二匹の前に立つ三輪くんがヒーローにしか見えなくて。

「みわ、くん……、」

 出てきた声は掠れてて、さっきまで全然でなかった涙が今になって溢れて視界が歪む。

「っなぜ逃げてないんだ*!!」
「っう、ぇ、あ……、」

 ガツンと耳に飛び込んできた怒鳴り声。瞬きと同時にクリアになった視界が、怒っている三輪くんをはっきり写す。
 ズンズンと大股で私に近づいてきた三輪くん。目の前に来たかと思うと、いきなりしゃがんでガシッと両肩を強く掴んでは怒った目で私を睨みつけていた。

「うちの教室でもなんでもないだろう、なぜこんなところにいる!!」
「そ、の……逃げ遅れて、」
「途中で引き返した生徒がいると報告があった!!何をしているんだ!死ぬところだったんだぞ!?」
「ッごめ、なさ……っ、」

 怒られた。三輪くんに。ものすごく怒ってる。こんなに怒ってる三輪くん初めてだ。
 自分のしたことに後悔して、怒られて嫌われたと思ったらまた涙が視界を歪めてきて。ポタポタと制服を濡らす涙もそのままに、強く掴まれている肩がギリギリと痛みを訴えてきた。

「あと少し俺が遅ければ……ッ、」

 ほんの一瞬でも遅ければ、多分死んでた。でもどうしてか、死ぬことよりも三輪くんに嫌われる方がよっぽど怖くて、ひたすら呪文のようにごめんなさい、と繰り返した。その間も涙はポロポロこぼれて、しゃくり上げながら息がどんどん苦しくなる。

「おーい、大丈夫か?*サン」
「っ、え……、?」
「…………米屋。」
「そー怒ってやんなって秀次。*さんお前の声でビビってんだろ。あと肩掴みすぎ。*さん生身なんだから力加減考えろよ」
「っ、すまない、」

 パッと解放された肩。ジンジンと痛むそこはかなり強く掴まれていたらしい。でもそんなことよりやっぱり三輪くんに嫌われたと思ってしまって、手を煩わせてしまったことに申し訳なさしかなくて。またごめんなさいとつぶやいた。

「ほっぺた血ィ出てんじゃん、早く手当てしねーと傷残るぞ」
「!? す、すぐ手当てをするぞ!」
「わ、私は大丈夫だから、その、三輪くん、お仕事中でしょ……?そっち行っていいよ……その、ごめんなさい、」

 さっきの恐怖が治んなくて手が震える。でもこんな姿三輪くんに見られるのが耐えられなくて、口角をあげて歯を見せた。震えを止まらせようとバレッタを握る手を上から握りしめる。目の前の近界民ネイバーは倒れたのに、目の前にいるせいかまだ恐ろしい。

「馬鹿か、*の手当てが優先だ」
「ちょっと切っただけだから、だいじょうぶ」
「……そんな顔して何が大丈夫だ」
「ほ、ほんと!全然大したことじゃ、ないから、あはは……」

 これ以上嫌われたくない。邪魔したくない。そのことが一番怖い。あとで救急車とか来るかもしれないし、それを待てばいい。怪我なんていくらでも治る。けど嫌われちゃったら、もう直らない。

「あとで、救護班とか来るだろうし、私待てるから、だいじょうぶだよ」

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。だってもう助かったんだもん。だからだいじょうぶ。敵はもう来ないし、一人になったって平気だから、三輪くんのお仕事の邪魔しなくて済む。だからお願い三輪くん、これ以上嫌いにならないで。

「…………そうか、じゃあ俺は行く。*も気をつけ、ぐッ!?」
「ば、おま、ほんっと馬鹿か!」

 スパンッ!といい音が鳴ったのは三輪くんの頭。米屋くん?という子が思いっきり三輪くんの頭を叩いたのだ。それもいきなり。あまりの状況についていけなくてぽかんと口を開けた。
 でも二人は何も喋らずに、三輪くんの顔は怒ってるし、米屋くんも顔をしかめている。まるで心の中で会話しているみたいに。……あ、三輪くんの顔が一気に赤くなった。え、なに、米屋くんがこっちに来た。そしたら米屋くんが私の前で片膝をついて。

「俺、D組の米屋陽介、よろしくな、*さん」
「え、あ、はい……B組の**です、」
「こんな初対面だけどごめんな?秀次がヘタレだからさ〜」
「……? あの、米屋く、」

 いきなり自己紹介と謝罪思えば、両腕をゆっくり私に伸ばしてきた米屋くん。なにされるかわからなくてキュッと身を固めた。米屋くんが怖いわけじゃないけど、なにをされるかわからないというのは存外恐怖が大きいらしい。

「っ、みわく、」
「グハァっ!」
「え、」

 えぇーーー……。
 さっきの倍返しと言わんばかりに三輪くんが米屋くんを蹴っ飛ばした。勢いがものすごかったらしく、米屋くんが後ろのロッカーに突っ込んではちょっぴりめり込んだ。仲悪いのかな、二人とも……。さっきから暴力の応酬がすごい。

「え、あの、大丈夫、米屋く……ん、」

 その瞬間、視界が真っ暗になる。頭が包み込まれて、額が固い何かにぶつかった。

「…………その……、大丈夫か、?」
「み、わ……くん、?」

 勘違いじゃなければ、目の前にいるのは三輪くんだ。でも待って欲しい、勘違いじゃなければ、私は三輪くんに頭を抱きしめられていることになる。……全然大丈夫じゃない。

「……なんだ、その、……怖かっただろう」

 ぽん、ぽん、とやさしく頭を撫でられた。あ、だめだ、これは。涙がまた溢れはじめた。ゆるりと伝わる頭への感触に、ほ、と息を吐いて、全身の力がくったり抜けた。

「っふ、ぅ…っヒック、」
「……あまり強がるな、辛い時は言ってくれ」
「ご、ごめんなさ、いっ、……っこ、こわくて、しんじゃうかとおもった、っ」

 そっと背中に回された手。それを拍子に気づけば三輪くんの服を掴んで小さな子供のようにえぐえぐと泣きじゃくった。三輪くんは何も言わずにゆっくり頭とか背中を撫でてくれた。その優しい手つきにまた涙が止まらなくて、怖かったぶんの涙が全部流れていく。本当にもう、どうしようもないほど安心して、好きな人の前で見せる顔をしていない。

「たすけて、くれて、ありがと、っ」
「……*が、無事で良かった」

 そんなにやさしくされるとほらまた、三輪くんのことが好きになる。死を目の当たりにして怖くて怖くて仕方なかったのに、三輪くんが助けてくれたから、やさしくしてくれたから、悪くないなんて思っちゃう私は本当にどうしようもないらしい。

「そろそろ落ち着いた?*さん」
「へっ、」

 突然の声にびっくりして、慌てて三輪くんを引き剥がせばニッコリいい笑顔を見せてきた米屋くん。待って待って、今なにをしていたの。私、三輪くんと抱き合って……。

「〜〜ッ!? あ、え、あのっ、」
「……そんな顔をこいつに見せるな」
「へっ、えっ!あ、みみみみみみわくんッ?!」
「ぶっは!そりゃねーだろ秀次〜」

 引き剥がしたかと思えばまた逆戻り。三輪くんが見せるなと言った顔は果たしてどれほど酷いものだったのだろうか。いやでも嬉しいけど恥ずかしいしなんかもう穴に埋まってしまいたいようなだめだ頭が混乱する。

「大丈夫か、*さん」
「ど、どうもはじめまして!」
「えっ、え、あの、えっ?」

 窓から入ってきたかと思えばいきなり挨拶をされて戸惑う。物静かそうな男の子と、メガネをかけた男の子。なにやらローブみたいなものを羽織っている二人が、颯爽と現れてはいきなり私の名前を言われて驚く。

「三輪の仲間の奈良坂だ、こっちは古寺。大変だったな、助けるのが遅くなってすまない」
「はいっ、いいえっ、はいっ、」
「いや、どっち?」

 あははと笑う米屋くんだがもう私はパニックでしかない。くるくると目の前が回り回るがそんなの御構い無しに四人は無言で顔を見合わせて表情を変えている。やっぱり心の中で会話をしているのだろうか。ボーダーのことはよくわからない。

「てな訳で、」
「え?」
「*さん、とりあえず本部に行くか」
「…………え??」

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