寂しい夜は一度きり





 三輪くんと気まずい雰囲気になってから数日が経った。学校でも会話がぎこちなくて、休み時間に話すこともなくなって、隣の席から目を逸らしてしまう。
あんなこと言わなきゃよかったと後悔するのはもう何回目だろう。

「*ちゃーん、もう上がって〜」
「え?まだ片付け、」
「いーからいーからっ」
「……はい、」

 変に優しい店長も悪いことをしたと思っているのか、賄いがいつもより少し豪華になっていたり、少し早めに帰らせてもらったり。気を遣われるとそれはそれで居心地が悪い。

 最近は運動着を忘れたり、消しゴムで消したノートが破けたり、お気に入りのペンのインクが中途半端なところで無くなって替えがなかったり。小さな不運を上げていったらきりがないここ最近は本当に厄日だ。カフェでのあの出来事からのことで、一つうまくいかないと何にもうまくいかないように思えた。

(ちょっと遠回りして帰ろっかな)

 気分転換はやっぱ必要だ。最近は切り替えができてないから本当にぐずぐず。よし、と意気込んで外に一歩出れば、少し風が強くてひどく寒かった。

(……さむ、)

 唯一の救いは空が綺麗なこと。キラキラと星が瞬いて、どんな空よりも素晴らしい!なんてことはなくていつも通りといえばいつも通りなんだけど、こんなことくらいしか喜べない。
 寒い夜というのはどうも心も寒くなっちゃって、いろんなことを思い浮かべてしまう。最近なんてあの人のことしか頭をよぎらないから困ってしまう。

『*』

 最近ろくに呼んでもらってないなぁ。名前呼ばれるの、好きなのに。やっぱ好きな人から呼ばれる名前はいつも特別だから。

「……気づいてよ、ばか。」

 私より頭いいけど。
 店から出てまだ温い手を冷やさないようにポケットに入れた。今日はコンビニでも寄ろうかな。あったかいチキンでも買って、お茶も買ってほこほこしたい気分だ。

「*」

 パッと左を見た。聞き間違えることのない声。赤いポストに寄りかかっているその人は、ずっと私の頭の中に居続けるその人と酷似している。

「……え、?」
「………………」

 その人は真っ黒の服に白のマフラーをなびかせ、恐る恐ると言ったように私に歩み寄った。

「……三輪くん、?」
「……あぁ。」

 なんで、どうして。
 いろんな疑問が頭に浮かんではパッと消える。くるくるといろんなことを思い浮かべてはパニックになった。でも恋する乙女とは単純なもので、会えた、声かけられた、名前呼んでもらえた、とムクムクと嬉しいって感情が湧き上がってくる。

「え、えっと、どうしたの、こんなところで」
「……送る」
「え?」
「暗いだろ、たまたま近く通ったから、家まで送る」

 にやける顔を必死に抑えているから、随分変な表情だろう。それにこんな時、普通は一回断ったりするのがセオリーなのだろうが、単純で馬鹿な私は欲のまま勢いよく答えた。

「あっ、ありがとう、うれしい!」

 一瞬目を見開いた三輪くん。しかしその後すぐに、ふ、と目を細めた。だめだ、この顔、すごく好きだからドキドキが止まらない。

:
:


「へぇ、三輪くんの家近いんだ」
「あぁ。本部からも近いしな」

 どうしよう。まさかあの三輪くんとバイト帰りに二人並んで帰れるなんて。学校から直接来たから制服なのが唯一の救いで、いつもはもっとラフな格好だから女子力がないなんて思われることがなくてよかった。

「*は少し遠いな」
「そうかな?小学生の時からこんな感じだったから特に何も思わないよ」
「…………この道を一人で歩くのは危険だろう」
「大丈夫大丈夫!すぐ隣の道は車の通り多いし!」

 もしかしなくても心配してくれているんだろう。最近まともに話せてなかった上に心配というオプション付きでもう今の幸せの反動がものすごい。嬉しすぎてわざと遠回りの道を選びたくなる。

 手を伸ばしたら届くけど、触れようとしなければ届かない距離。歩くたびに振れる手に視線が向いてしまうのを三輪くんは気づいているだろうか。なんで、私と遠い方の手はポケットの中なのに、近い方の手はポケットじゃないの?なんて偶然でしかない状況にも理由を求めてしまう。

「…………寒いね。」
「……そうだな」

 鼻から入って肺を満たした冷たい空気が口から蒸気となって出ていった。ふわりと浮いていく息が空に吸い込まれていくようだ。その蒸気に視線を向けていたら、パチ、と三輪くんの赤い瞳と目があった。

 ぶわ、と顔が熱くなる。

「こっ、ここここコンビニ行く!?そのっ、私お腹すいちゃって!!」
「あ、あぁ…、そうだな、行くか」

 首が取れるんじゃないかってほど勢いよく反対方向に顔を逸らした。グキ、と首の骨が音を立てたのは気のせいにしておく。

(三輪くんがっ、わたしのことっ、みてた……ッ!!)

 そりゃ見ることもあるだろうとは思うけども。けども……っ!!今パッと見たような感じしなかったし!!も、もしかしてちょっとの間見てた……?いやいやそれは自意識過剰……ハッ……もしかして顔に何かついてる……?

 ペタペタと顔を触ってみる。ご褒美でくれたスイーツの生クリームでもついてただろうか。

「*」
「はいっ」
「入らないのか?」
「え?あ、行く!行くます!」

 思わず変な言葉になってしまったが三輪くんはスルーしてくれた。ありがたい。自動ドアが開くと同時に流れる軽快な音楽。肌を生ぬるく包み込む暖房に、ほ、と息をつく。

「寒かったね」
「もう冬だからな」
「あったかいほうじ茶飲みたいなぁ」
「? 腹はすいてないのか?」

 キョトンと首を傾げる三輪くんはかわいいけどそれは言わないでもいいじゃないか。大食いに思われたらちょっと恥ずかしい。だって乙女だもん、好きな人には可愛らしく見られたい。

「…………肉まん買おっかな」
「俺はコーヒーだけにする」

 チキンは男らしすぎるからと思ったのに三輪くんは大人だった。お腹すいたなんて焦って言わなきゃ「ミルクティーにしよっかな」なんて可愛らしく言えたのに。でも言ったからには後に引けず、おずおずとホットのほうじ茶を片手に肉まんのショーケースに視線を向けた。

「貸せ」
「えっ、いやいやいいよこのくらい!むしろ私こそ払わせてよ!送ってもらってるのに!」
「ついでだ」
「いやいや、私バイトしてるし……!」
「俺もそこそこ稼ぎはある」

 そりゃただのアルバイターとボーダー(しかもA級というやばい人)じゃ稼ぎに天地の差があるだろう。でもそんな、いきなり奢ってもらうだなんて。

「や、やっぱいいよわああああっ」
「肉まんください」
「はいかしこまりましたー」

 サラッと手に持っているものを奪われてレジを通された。有無を言わせない行動に一人ワタワタと焦る。ショルダーバッグから取り出された真っ黒の財布からはよくCMで見るカードがでてきて、カードで、と財布から小銭を出す暇もなく清算されたそれに三輪くんが満足そうに私を見やった。なんという所業。そしてその顔はずるい。

「ごめん、その……ありがとう、うれしい」
「あぁ、気にするな」

 袋の中から缶コーヒーを取り出した三輪くんが袋ごと私にそれを手渡した。三輪くんが缶コーヒー一本に対して私はほうじ茶と肉まん。比率に偏りがある。

「いつもノートを貸してくれている礼だ」
「……じゃあ私も、授業中起こしてくれるのと勉強教えてくれるお礼させてね」
「これでチャラだ」
「ギブとテイクの差が激しいね」

 店員さんの「あざしたー」と適当な常套句を聞き流した頃には体が冬の空気に包まれてブルリと震えた。思わず「寒いっ」と肩を竦める。三輪くんも寒かったようで、コーヒーを持っていない手はポケットに差し込まれていた。

「あったかいね」
「そうだな」

 袋を手首に引っ掛けて両手でほうじ茶を包んだ。ペットボトルからじんわり伝わる熱にほっこりする。このまま帰るの、やだな。

「あ、の、三輪くん、」
「ん?」

 足を止めた私に不思議そうに振り返った三輪くん。「ん?」って、なに、やばい、殺傷能力がやばい。いつも以上に穏やかな三輪くんの表情にドキドキが止まらない。どうしよう、話さないと怪しまれるのに三輪くんがカッコ良すぎて言葉がうまく出てこない。

「どうかしたか、*」
「っえ、あ、あの、えっと、」
「何かあったのか?」

 好き。三輪くんが大好き。最初は怖かったけど、話したら全然優しくて、私のためを思って色々してくれるのほんとずるい。そんな顔、クラスメイトに見せたことないじゃん。なんで私だけなの。なんで迎えに来てくれたの。たまたま近く通ったって、この閑散とした脇道に三輪くんがなんの用があったの、家に帰るにしてもここまで来ないよね。ねぇ三輪くん、なんで。

「……あの、えっと……ちょ、と、そこの公園で話さない?」
「もう遅いだろ、早く帰ったほうがいい」
「そうだけど……なんか、もったいなくて」
「? もったいない?」
「……せっかく、三輪くんと夜に会えたから、……まだ帰りたくない」

 バレたかな、私の気持ち。は、と息を飲んだ三輪くんの声が聞こえた。このまま言ってしまおうか、そこまで考えたけど次の言葉が出てこない。

「わかった。少し話そう」

 そんな優しい顔するなんて、私勘違いしちゃうよ。恋愛に興味ないって言っておきながら、期待させるようなことばっかじゃん。ずるいよ、三輪くん。
 キューっと胸が締め付けられて息が苦しい。もっと触れたい、近くにいたい、三輪くんの特別になりたい。いろんな欲がむくむく出てきて止まらない。こんなによく深い人間だっけ、私。

:
:


「半分食べる?」
「……あぁ」

 トク、トク、と穏やかなリズムで心臓が脈打つ。ベンチに腰掛けて微妙に触れそうで触れない距離感がひどくもどかしかった。半分にちぎった肉まんの紙があるほうを手渡す。断面からふわふわと湯気が舞い上がっては食欲をそそった。

「いただきまーす」
「……す、」

 「す」って可愛すぎやしないか。そう言えば三輪くんと何かを食べるって初めてな気がする。いつもお昼は別だし、近くですら食べたことはない。そのせいかつい三輪くんをじっと見つめてしまった。

「……見られると食べづらい」
「スイマセンッ」

 どうしよう、ニヤケが止まらない。絶対今やばい顔してる。やばい。三輪くんが口開けた、うわ、食べた。三輪くんが肉まん食べた。
 ニヤニヤする口元を隠すために、ばく、と肉まんにかぶりつく。美味しいよりも三輪くんがかっこいい。三輪くんと一緒なんてどんな食べ物もプライスレスだ。

「ん、おいひーね」
「そうだな」
「冬の肉まんってなんでこんなに美味しいのかな」
「なら夏はアイスか?」
「ふふ、よくお分かりで」

 バイト終わり、疲れた体に食べ物はよく染みる。精一杯咀嚼しながらんぐんぐと少し冷めてきた肉まんを頬張った。きっと三輪くんもいるからテンションが上がってペースも上がっているのだろう。

「ん、ぐっ。っぷは、ごちそうさまでした」
「うまそうに食うんだな、*は」
「えっ、見てたの、?」
「あんな顔で食ってくれるなら驕りがいがあるもんだ」

 ゆるりと口角を上げて私と視線を絡ませる三輪くんの色気は私には計り知れない。恥ずかしさを通り越して見惚れてしまう。だめだ、心臓がキューっと締め付けられて苦しい。好きの気持ちが溢れて泣いてしまいそうになる。

「……三輪くんは、やさしいね」

 好きな人フィルターはかかっていると思うけど、それでも三輪くんはやさしかった。私が勘違いしてしまうほどやさしいから、ちょっと悲しくもなる。
 与えられるものが多すぎて、どうお返しすればいいのかわからない。ものも、行動も、感情も、たくさんもらいすぎて溺れそうだ。

「……そう言われたのは、初めてだ」

 うそだぁ、と笑った。本当だ、とちょっとムッとされた。
 夜ってちょっと不思議。顔が見えないからかな、少しいつもより大胆になれる。いつもよりたくさんキュンキュンする。ちょっと自惚れた考えになって、それを言葉にしてみたくなる。

「じゃあ、三輪くんがやさしいの、知ってるの私だけでいいや」

 恋とは不思議なもので、ドロドロ醜い感情が泉のように湧き出てくる。それなのに私の言葉にちょっと目を見開いた三輪くんに優越感を覚えたり、本当に面倒くさい。

「……*は、変なやつだな」
「ふへへ、そうかな」
「やる」
「え?わ、」

 ぽす、と頭に当てられたのは小さめの可愛らしいラッピングがされた、手のひらサイズのもの。ん、と急かされるままに手を出せば、三輪くんがふんとそっぽを向いてしまった。

「え、な、なに、これ、」
「……この前、お前を怒らせただろう」
「……? いつのことかな、」
「…………覚えてないのか?*のバイト先でだ」
「……あ、帰り際の、」

 いや、あれは厳密に怒ったって言うか、いや怒ってたのかな、どちらかというと悲しいって感情も大きかったような、うーん、どうなんだろ……。

「怒ってなかったのか?」
「……よ、よくわかんない、」
「……はぁ、」
「ご、ごめん!これ、あの、あけていい……?」

 大きなため息をついたかと思えばその途端何も言わなくなった三輪くん。無言はきっと肯定だと思うけど、返事がなかったから少し戸惑ってしまう。どうしよう、いいのかな。

「……好きにしろ」

 ぶっきらぼうに告げられた言葉に唇が歪んだ。やばい、にやける。
 気持ち悪いであろう顔をそのままに、そーっとラッピングのテープを剥がした。焦る気持ちと慎重な行動に心臓がばくばくする。

「……っわ、かわいい、」

 手のひらに乗せられたそれは所々にレースや花柄が彩られたシンプルでかなり私好みのバレッタ。ぶわ、と心臓の奥から熱が湧き出るように顔が熱くなった。こんなかわいいの、三輪くんが私に。

「い、いいの?これ、もらって、」
「*に買ってきたものだ、貰ってくれないと俺が困る」
「ありがとう!」
「ッいきなりデカイ声をだすな…!」
「ごめん、あの、嬉しくてつい、!」

 壊さないようにそっと手で包んで胸に当てた。ドキドキしすぎて、嬉しすぎて頭がおかしくなりそう。好きな人からのいきなりのプレゼントも、私のために買ってきてくれた事実も、全部が全部信じられないくらい嬉しくて、夢なんじゃないかって思うほど。だめだ、ニヤケが止まらない。

「……趣味にあってよかった」
「ドストライクです……ッ!」

 バレッタを使いこなせるヘアアレンジのレパートリーはハーフアップくらいしか思いつかないが何が何でも使いこなしてみせる。帰ったら徹夜で練習だ、と一人意気込んでいたら、ふ、と私からではない笑い声が耳に飛び込んだ。

「わかりやすいな、*は」

 穏やかな顔で、三輪くんが私に笑いかけている。なにが、とか、好きなのがバレたの、とか色々考えたけど、その私の大好きな顔で見つめられたらもう三輪くんが好き以外なにも考えられなくなる。
 三輪くんはやさしいけど、やっぱりずるいや。

Prev - Index - Next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -