廻り合いの運命





「今日のクリームシチューもなかなかおいしかったの、三輪くん食べたことある?」
「いや、ない」
「ナゲットもたまごサンドもついてるから結構食べ応えあるんだ〜」

 どうしたものか。昼にあいつらと話した話題が頭から離れない。*に、彼氏。そんなこと聞いたこともなければ気にしたこともなかった。いてなんら不思議ではない。*は落ち着いているが話せば明るく、いいやつだ。それに顔も整っている方だ。

「三輪くんも来てたね、食堂。ボーダーのお友達?」
「あぁ」
「光ちゃんも三浦くんもボーダーだからうちの学校結構多いよね、ボーダーの人」
「そうだな」

 別に、*に彼氏がいたところで俺には何も関係はない。*の自由だ。どうして自分がこんなにも気になっているのかわからない。気にすることなどないはずなのに。

「すごいなぁ、ボーダー。誰にでもできることじゃないだろうから本当にかっこいいね」
「そうか」

 聞くか、いや、さらっと聞けばいいし、さらっとだ。そんな大それた内容でもないだろう。もしいたとしても、俺には関係ないんだ。

「あー、えっと、ごめん、忙しかったよね、あの、ごめんね?」
「は?」

 突然謝り出した*に考えていたことが一気に消え去った。ふと自分の手元を見てみれば5限目に全然関係のない化学の教科書と歴史のノートが広がっていて、なぜか自分は三色ボールペンを握りしめていた。いや、なぜだ。

「私…、どうでもいいことつい話しちゃうんだよね〜!ごめんね、何か考え事してそうだったのにつらつら話しちゃって!」
「っいや、その、違うんだ、あの……悪い、*のせいじゃなくて、俺が、」
「いやいや、あはは…返事が曖昧なの気づいてたけど、三輪くんとお話しするの好きだからそのまま話しちゃった」

 なんてことをしたんだ俺は。訳のわからないノートを開いてペンまで握って、*のことを考えていたとはいえろくに返事もしていなかった。そのせいか会話の内容もほとんど覚えていない。本当に何をしているんだ、俺は。

「……すまない、その……*に彼氏がいるのかどうかが気になっていて、話に集中できていなかった」
「へ?」
「気を遣わせて悪い、さっさと聞けば良かったんだが、」
「あ、え、あの、彼氏?私に?なんでそんなこと気になったの……?」
「昼間にいたボーダーのやつが聞いてきたんだ。そう言えばそんな話*としたことないと思ってな」
「へ、へぇ〜、そう、なんだ……」
「あぁ、悪い」
「…………三輪くんは、いてほしい、?」

 突然の返しに下がっていた視線がふと上がって、*の目を見た。何やらいつもより顔が赤い。どこか焦っているようで、質問の意図がわからなくて、反射的に「は?」と返してしまった。

「な、なーんてね!いないよ彼氏なんて!」
「そ、うか、いないのか、」
「うん……意外?」
「あぁ。いてもおかしくないと思っていた」

 そのことに、俺はどういう感情を向ければ正解なのだろうか。嬉しいのか、そうでないのか、どうでもいいことの割にはいろんな感情がめぐりめぐる。そうか、いないのか。

「三輪くんは、いるの?彼女。」
「いない」
「そ、そっか〜、いないんだ、……ボーダー、結構かわいい子多そうだから、意外だね」
「そういうことに興味がないからな」
「…………そっか、忙しいもんね、三輪くん」

 なぜか最後の言葉につっかかりを感じたが、疑問をぶつける前に5限目が始まるチャイムが鳴り響いた。恋愛なんて興味ない。そういった自分の言葉はまるで自分に言い聞かせるように思えた。

:
:

 隣の席になった三輪くんは、最初は怖いイメージしかなかった。ここでいう最初っていうのは、同じクラスになってからのこと。たまに騒いでる男子を睨んだりしてたし、誰とも仲良くなろうとしない一匹狼みたいなところが私は苦手だった。

 でも五月、私が三輪くんの斜め後ろの席になってから何日かたった頃の話。ちょうどいい気候で、みんながお腹いっぱいの5限目、現代文のやさしいおじいちゃん先生の心地いい声にクラスのほとんどが眠っていて、私も眠いなぁと目をこすっていた時、おじいちゃん先生の昔の武勇伝を聞いていた三輪くんが、ふと口角を上げたのだ。
 確かに穏やかなおじいちゃん先生が元ヤンで好きな子に告白するのにラブレターを書いて下駄箱に入れたら間違えてライバルの下駄箱でそのまま俺も好きだと言われたという訳のわからない内容で面白かったが、それでもその時初めて三輪くんの笑顔を見たのだ。

(……そんな顔で、笑うんだ、)

 初めて見た笑顔に私は釘付けになった。目つきは鋭いけど、顔は整っている三輪くん。かっこいい、と素直に思った。思えば、私の密かな想いはここがスタート地点だったような気がする。

「三輪くん、お隣よろしくね」
「……あぁ」

 それから、隣の席になった。廊下側の一番後ろの席で、隣は三輪くん。席の関係で私の話し相手は三輪くんしかいなかった。怖かったけど、思い切って話してみれば三輪くんはいろんな話にちゃんと返事をしてくれた。思いっきり笑うなんてそんなことはなかったけど、でもまた穏やかな表情で私を見るのがいつしか好きになっていった。

「昨日、午後から防衛任務でいなかったでしょ?古文と生物のノート、三輪くんがいない分のまとめてみたからぜひ使ってくれる?」
「……助かる、ありがとう」

 いつも眠たくなる授業。だけど三輪くんのためになるなら、と思って頑張って起きて、帰ったらちゃんといつもの何倍も綺麗にルーズリーフにまとめて、渡した。三浦くんに出れてない授業のノートを借りているのを知っていたから、どこかで借りようとするはず、そう思って先に渡した。

「起きろ、がんばるんだ、*」
「う、うん……、」

 寝顔を見られるなんて恥ずかしくて死んじゃいそうだったけど、起こしてくれた時にわたしにしか聞こえない小声でそんなことを言って、わずかに笑うその顔がかっこよくて何回か寝たふりをした。その度に三輪くんはわたしをつついて起こしてくれた。その指先が、ひどく甘かったからやめられなくて。

「見てみて、うちのにゃんこ、かわいいでしょ」
「…………随分ふてぶてしい顔だな」
「三輪くんの感想素直でいいね。うん。」

 少しでも話すきっかけが欲しい。三輪くんのためにできることをなんでもいいからしたい。休み時間にいっぱい話しかけたし、本当はお昼だって一緒に食べたいけどそれは勇気が出ない。だから、お昼に三輪くんを見つけれた今日がすごく嬉しかった。
 だけど。

「そういうことに興味がないからな」

 上の空で私の話をあまり聞いてなくてしょげてたのより、ずっとずっと心にぐさっとくる言葉。彼女になれるなんてそんな烏滸がましいこと思ってなんかなかった。だけど、だけどさ、少しくらい夢見たって、妄想くらいって思ってた矢先のことだったから。

「…………そっか、忙しいもんね、三輪くん」

 何かあったわけでもないのに、失恋したような気分。脈なしとはまさにこのことか、と授業を聞き流しながら小さく苦笑した。そっか、そっか。

(私の恋、終わったなー。)

 どっぷりとハマる前でよかった。告白するつもりなんてなかったから何も変わることなんてないけど、まぁ気持ちの問題。業務連絡でも向こうから話しかけられたら嬉しくなったり、ノートのお礼だってわざわざコンビニで買ってきたようなお菓子をくれるのにときめいたりするのも、やっぱり私の心の中にとどめておくだけでよかった。告白したところで、関係が崩れるだけだった。だから、良かったんだ。ナイス臆病だよ、わたし。

(……わたしに彼氏がいるのか気になって話すら聞けないなんて、そんな思わせぶりなこと言うの、ほんとずるい)

 視界に一ミリも入れないように、三輪くん側の腕を立てて頬杖をついて、廊下の向こうに広がる青空を見つめた。飛行機雲がボヤボヤとしている。鳥が呑気に飛んでいる。いいなぁ、わたしも、あんな風に自由になれたらいいのに。

 ツンツン。
 そんな時、いつも起こしてくれる指先の感覚が左腕を刺激した。寝てもないのになんで、とびっくりしてすぐさま三輪くんを見れば、その視線は机に向かっていて、指先が切り離されたノートの切れ端を突いていた。

『何か悩みごとか?』

 なんで、こんなことを聞いてきたんだろう。三輪くんは真面目だからきちんと授業は聞くタイプだ。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
 混乱で返事ができない私を見かねたのか、切れ端に続きを書き始めた三輪くん。私はそれを眺めるしかできなかった。

『ため息ついてた』

 ずるい。ずるいよ三輪くん。そんなやさしいことして、ハマらせるようなことして、人がせっかく諦めようとしているのに。ずるいよ、こんなの、もっと好きになっちゃうよ。

『この和訳、わからないなぁって思って』

 あながち間違いではないことを自分のノートの端に書き記した。三輪くんほど成績優秀じゃないから先生が「少し難しいぞ」と言ったのはよく理解できなくて。だから、ため息をついてることにした。

『彼は一匹狼だったので、彼女の思いに気づけなかった。しかし彼は彼女のことをなんとも思っていなかったので、彼は気づかないままだった。』

 は、と息を飲んだ。グサグサと心臓にナイフが刺さるような痛み。恋愛小説の和訳が今回の授業だ。一匹狼の男の子とその子に想いを寄せる女の子。まるで私達じゃないか。

『これでいけるか?』

 英文にすら言われちゃうなんて、今日はやっぱりついてないのかもしれない。

『ありがとう、助かるー!』

 お願いだからこっちを見ないでね、三輪くん。今わたし、書いた言葉みたいな表情できる自信がないから。
 顔を見せないためにメモを食い入るように見て、ノートに書き写した。三輪くんはもう授業を聞き始めていた。

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