狼さんの初恋





「三輪くん、お隣よろしくね」
「……あぁ」

 2年になって寒々しくなってきた11月。今まで話したことがないが、席替えをした隣の席の女はどこか姉に似た穏やかなやつだった。はじめこそろくに返事をしなかったが、それでも無視できなかったのは雰囲気が姉に似ていたのが原因だろう。

「防衛任務?」
「あぁ、ボーダーの仕事の一環だ」
「すごいね、いつも守ってくれてありがとう、三輪くん」

 俺が*のことで知っているのは性別と名前くらいだった。他人に興味のない俺がここまで話すのはボーダーのやつを除いて学校の中でも*くらい。特に馴れ合うつもりもないクラスだったが、*の隣は居心地が良かった。

「あ、そうだ、はい、これ」
「なんだこれは」
「昨日、午後から防衛任務でいなかったでしょ?古文と生物のノート、三輪くんがいない分のまとめてみたからぜひ使ってくれる?」
「……助かる、ありがとう」

 ルーズリーフ数枚にまとめられた丁寧な文字と見やすい色分け。成績は俺よりは低いがノートに至っては誰が見てもわかりやすいものだった。いつも授業に出れない分は三浦に借りていたが、隣の席になってから一週間後には*に見せてもらうようになった。

「バイトしているのか」
「うん、裏道にあるカフェなの。知る人ぞ知る、みたいな感じに惹かれて始めたの」
「裏道……?」
「大通りの一本隣の道だよ。人通りが少なくて静かなんだ〜」
「危ないんじゃないのか」
「平気だよ、そんな夜遅くまで働いてないからね」
「……そうか、」

 休日はバイトと趣味の機械いじり、好き嫌いはないが甘味が好き、最近拾った仔猫がようやく懐くようになった、球技は苦手だが運動は好き。名前と性別しか知らなかった*のことを前より格段に知るようになって、他愛もない無い内容を話す休み時間の10分はいつしか日常になっていった。俺から話しかけることは業務連絡くらいだったが、どんなことでも*は話しかけられたら嬉しそうに目を細めた。その表情は嫌いじゃなかった。

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:

「なぁ、秀次って彼女できたのか?」
「は?」

 ずる、と箸の間から落ちて汁を跳ねさせたうどん。かなり間抜けな顔をした自信があるが、米屋の発言に思わず固まった。

「最近お前が彼女できたってもっぱら噂になってんぞ」
「なんだそのくだらない話題は」
「あ、それ俺も聞いたことあるわ」

 米屋と出水と食堂で昼食をとるという少し前の俺なら考えられない出来事の最中、(余談だが俺を駄目元で誘ったらしい米屋と出水の間抜けな面はかなりひどかった)まさかの俺の話題に眉を顰めた。

「お前がかわいい女の子と話すようになってから雰囲気が柔らかくなったって三浦が喜んでだぜ?」
「くだらない。なんの話だ」
「なんだったっけなー名前、三浦に聞いたんだけどな」
「優しそうな女の子だよな?俺見たことある」
「……*とはそんな関係じゃない」
「そう、その子、*サン!」

 スッキリした、とカレーライスを頬張る米屋にジッと鋭い視線を向けた。なぜ俺と*がそんな噂をされなければならない。ひたすらくだらん。

「三輪が女子と喋るとか想像できねーわ」
「でも雰囲気柔らかくなったのはマジだよな」
「そんなことはない」
「いやいや、俺らの誘いに乗るとか初めてじゃん」

 昼休みは、*は他の女子と昼食をとっている。特にクラスにつるむ友達がいない俺は必然的に1人で食べることになる。今までそうしてきたし、これからもその予定だったが、休み時間に誰かといることに慣れてしまって昼休みが味気なく思えてきたのを隠せないようになってきた。

「……気の迷いだ、次はない」
「ふーん」
「なぁ、*サンってどんな子?」

 そんな出水の疑問に少しばかり頭に*を思い浮かべた。どんなやつか。あいつは簡単そうでよく理解できない複雑なやつだ。

「……よく笑うやつだ」
「それは見ればわかるって」
「なんかこー、部活とか、好きなこととかあんだろ」
「バイトをしているから部活はしていない。好きなこと……機械いじりは趣味だと言っていたな」
「へぇ、案外理系なんだ」
「頭は普通だがな」
「まぁ馬鹿じゃないって事で」

 それから、*はどんなやつだろう。

「……好きなことに対してはよく喋るが基本聞き手に回ることが多いな」
「へぇー、なんかそんな感じするわ」
「感情の起伏は大きいわけじゃないが穏やかに笑っていることが多いから聞き上手だと思う」
「…………うん?」
「それから不器用そうに見えて手先が細かいようで歯車や配線を見たりするのが好きらしい、そのことになると楽しそうによく喋る。それからノートが見やすい。字が丁寧でわかりやすい色分けをしている。いつも貸してもらっているが俺のノートより見やすい上に授業中の教師の小さな発言でもメモを取っているからいい勉強にもなる。だがたまに授業中にうとうとしているから起こしてやると驚いたように肩を跳ねさせて恥ずかしそうに笑っているのはかわ、…………」

 は、と思考が止まった。待て、俺は今何を言っていたんだ。

「あー……うん、おっけー。お前の*さん愛はよく伝わったわ」
「………………」

 ドッと体温が上昇して汗が噴き出た。間抜けな面をしている出水が目に入らないくらいグルグルと羞恥心が体を駆け巡る。

「ま、て、俺は別に、その、お前らが*を知りたいと思って、」
「うん、よくわかった、起こした時に恥ずかしそうに笑う顔が可愛いんだろ?」
「〜〜っ、そこまで言っていない!!」
「ほとんど言ってたようなもんじゃん」

 ケラケラ笑う米屋。一方俺は顔の熱が冷めることを知らず、だらだらと顔から汗が垂れて気持ち悪い。本当に、俺は何を言っていたんだ。顔が熱い、頭が回らない。

「俺…お前がそんなに喋ってんの初めて見た……」
「だ、だからそれは、」
「お前がそこまで言う子なんだからいい子なんだろーな、*さん」
「…………隣にいて、嫌な気はしない、」

 こんな生ぬるい会話は生まれて初めてでむず痒い。考えないようにすればするほど頭の中が*だらけで、笑った*が頭の中に過ぎる。

「あ、*さん」
「!!」
「ブフッ!」
「反応はえーな!おい!」

 バッと後ろを振り返った。女友達2人とプレートを持って席を探している*が目に入り、「どこか空いてるかな」なんてまるでゲームでもしているかのような楽しい声色で笑っていた。*はどんなことでも楽しむやつだ。よく笑っている。
 早く食ってさっさとどけてやらないと。そう思って姿勢を元に戻してうどんを啜った。

「おぉ、かわいいじゃん」
「*サンて彼氏いるの?」
「知らん。俺には関係ないだろ」
「いやいや、好きな子の彼氏の有無は超重要事項じゃん」
「は?」
「え?」

 また手が止まる。思わず顔を上げて米屋を見れば、俺と同じようにカレーを食べる手が止まっていた。

「俺と*は友人だ、好きではない」
「いや、え?」
「……まじかよ、無自覚……?」

 こんなわかりやすいのに…?と怪訝な表情で眉間にしわを寄せる出水。何を言いたいのかさっぱりで思わず首を傾げた。

「お前、*さんが好きじゃねーの?」
「友人だと言ってるだろ、そんな感情持ち合わせていない」
「…………え、かわいいとか一緒にいるのが好きとかお前がただの女友達に抱く感情じゃないだろ普通」
「かわっ、そ、それは見た目がいいからであって誰でも思うだろ、それに嫌な気がしないだけで好きとは言ってない」

 フン、と言って器に入っている残りの汁を飲みほす。*たちは座る席を見つけたようで、俺の視界に入る位置に背中を向けて座っていた。

 今日は何を頼んだのだろうか。また5限目終わりの休み時間にでも今日食べたもののことを話すんだろうな。

「槍バカ隊員、視線の先に*さんを発見」
「よくやった弾バカ隊員。そして秀次の顔がいつになく緩んでいて俺怖い」
「なっ、そんなことない!」
「いや、鏡見て来い」
「その顔奈良坂たちにも見せてやりてーわ」
「〜〜っ、帰る!」
「おー、また飯食おーな」
「断る!!」

 「彼氏」と言う単語がやけに心に引っかかった。別になんてことない、俺には関係など全くない。しかしなぜだか嫌な気がした。

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