幸せになるなら君がいい
「え?」
「あいつは何を企んでいるのかわからないだけでなく平気で女性に痴漢する変態だ。いつか*が傷つくかもしれない」
なんてボロカスなんだと思わず苦笑した。いい人そうに見えたけどなぁ、と三輪くんの注意か自分の直感かどっちを優先させようかと悩んでいたら、ピタリと三輪くんの足が止まる。
「……それでも好きだと言うなら、応援しないことも、ない」
その言葉に約5秒ほど思考が停止した。ん?と首を傾げたが三輪くんの言いたいことがよくわからない。
「……好き?」
「違うのか?」
「誰が、誰を?」
「*が、迅をだ」
「…………好きじゃないよ!?!?」
なになにいきなりどうしたのだ。状況が全くもって掴めない。私の手を掴んでいる三輪くんの手首をさらに上から掴んだ。きょとんと目をパチクリさせた三輪くんの表情が珍しくてかわいい……と言いたいことを忘れそうになったのを必死に思い出した。
「迅さんと知り合ったのついさっきだし、私はただの弟子だから!!」
「迅に弟子入りしたのか!?」
「えっ、そうだけど……」
「……やめておけ、あいつは人にものを教えられるような人間じゃない」
「でもプロフェッショナルって言ってたから大丈夫だよ」
「第一、*にそんなもの必要ないだろ」
「いる!すごくいるよ!」
「なぜ俺に聞かない」
「………………いやいや聞けないよ」
「そんなに俺は頼りないか?」
「頼りあるなしの話ではなくてですね……」
片思い相手に恋愛相談なんて狂気の沙汰ではない。そう言う内容の漫画は読んだことあるけど、小心者の私には到底そんな大胆なことはできない。漫画の中の恋する乙女は強い。
「……確かに迅はボーダーでも一位を争うほどだが、」
「おぉ!やっぱりすごいんだね!迅さん!」
「だが俺だってあいつに負けてない」
「……えっ、」
「だから、相談するなら俺にしろ。*には不要とは思うが、もしもの時のために護身術くらいは身に付けるのも悪くないだろう」
「私……刺されるの……?」
なんだかさっきから会話が噛み合ってる感じがしない。三輪くんもそう感じているのか、反応がいまいち鈍い。首を傾げてお互いにはてなを飛ばしあってはとりあえず自分の思うように返事をする。
それにしても三輪くん、恋愛に興味ないって言ってたけど、やっぱりたくさん経験あるんだ。あれか、モテすぎてもう良くなったとかそんなのかな。そりゃあ三輪くんだもん、かっこいいから、好きになる子は多いだろうし、よりどりみどりだろうし。
「…………」
「……*?」
なんだかちょぴっと、悲しくなった。烏滸がましい考えが頭の中を支配していたから余計に辛くなる。三輪くんが恋愛ごとに興味があったときに、好きになれてたらよかったのに。
「……やっぱり私の師匠は迅さんでいいや」
「……ッ、」
「気にかけてくれてありがとうね、三輪くん」
私はそんなに強くない。駆け引きなんてできるほど大人でもないし、恋愛経験だって悲しくなるくらいない。どうせ望みのない恋なら、全部全部無かったことにしたい。
なぜかひどく傷ついたような顔。なんでそんな顔、となんとなく気まずくなって視線を下げた。
「……そんなに迅がいいのか、?」
「まぁ……迅さんモテそうだし、」
「っそんなことが理由なのか!?」
「えぇっ、いや、だって経験豊富な方な色々アドバイスとか、」
「なんのアドバイスをもらうんだ!!モテる方法か!?」
「に、似たり寄ったりだけど、そんなに怒ること……?」
「*は何になりたいんだ!強いアタッカーじゃないのか!?」
目的を見失うな!となぜかよくわからない理由で怒る三輪くんに、頭が混乱したのはいうまでもない。あた……アタッカー?あれだよね、近距離から弧月とかスコーピオンとかレイガストで戦う人の総称だよね。
「……三輪くん、私が迅さんに弟子入りした理由って、アタッカーになるためだと思ってるの?」
「それ以外に何がある!!」
「…………………………違うよ!?!?」
そんなわけないじゃん、と大声を出した私に今度は三輪くんが戸惑った。なんのためにエンジニアになったのだ。そもそもこの運動神経でアタッカーになれるはずもないだろうに、三輪くんは何を言ってるのだ。
「な、ち、違うのか……?」
「なんか話が噛み合わないと思ってたけど……せっかくエンジニアにならせてくれたのにアタッカーに移行なんてそれはないよ……」
「ならばなんの師匠だ……?」
「………………恋愛」
「は?」
「恋愛の師匠。迅さん経験豊富なプロフェッショナルって自分で言ってたもん」
どこから話を戻せばいい。いや最初からか。ここまで話が噛み合わなかったなんてどんなコントだ。あぁ、もう、めちゃくちゃ焦ったし変にシリアスな空気になったじゃないか。
「れん、あい……」
「……迅さんがボーダーの一、二を争うって言うのは……アタッカーの話だよね、」
「そ、そうだ、あぁ……。」
「……三輪くん、恋愛事に慣れてるの……?」
「ッそんなわけないだろう!!」
ぼぼぼっと顔を真っ赤にさせた三輪くん。そんな三輪くんを見るのは新鮮で、なんだか可愛らしくて、新しい表情を見れた気がした。そして否定の言葉に、ほ…、と私が一番安心した。そしてまた時間が止まる。
「そんなくだらないもの興味などない!!」
たった一文に息が詰まった。ガツン、と何かで殴られたような衝撃に、足元から崩れるような感覚になって。
「だ、男女の関係などそんな時間の無駄になるものはない!愛だの恋だの俺にはわからんがそんな感情必要もない!それに、」
早口でまくしたてるような口調に頭がふらふらして、泣きそうになって。わかってた、わかってたけど、それを受け入れられるほど私は大人じゃない。目の前の三輪くんがどんどん歪んで見えて、心にどす黒い靄が広がるようで。
「だいたい、その、そんなことしたって何にもならないだろ、別に、他人とどうにかなるなんて、そんなことチャラチャラしたような奴が自分の欲求を満たすためのくだらない行為で、」
「くだらなくなんかないよ」
まだ何も言ってないのに、また振られた。私の大事な想いが踏みにじられたような気がした。この前、協力してくれるって言ってくれた三輪くんは、本当は何がしたかったんだろう。ぐ、と奥歯を噛み締めて掌を握る手に力がこもって。
「……そしたら、私の恋は三輪くんにはくだらなくて無駄なものに見えるんだね、チャラチャラした自分の欲求を満たすための行為だって思ってるんだね」
「っ、いや、それは、」
「恋愛ってそんな軽いものじゃないよ。もっと重くて、ドロドロしてて、きゅんってしたり、ちょっとのことで傷ついて面倒だったりするけど……でも、」
好きな人にこんなこと言ったら、嫌われるかもしれない。好きな人の嫌いなものなのに、なんでこんな説教じみたこと言ってるんだろう、私は。
「好きになっちゃったんだもん、面倒だってわかってるけど、それでも、その人の特別になりたくて仕方ないの」
「ち、ちがうんだ、*、」
「……この前、私に協力してくれるって言ってくれたの、くだらないって本当は心の中で笑ってたの……?」
そんなことないってわかってるけど、でも三輪くんの言葉を聞いてたらそうとしか思えなくて。ズキズキと心臓が痛い。苦しい。望みなんてないけど、頑張ろうって思ってたのが全部全部消えてしまいそうで。
「違う!!あれは本気で、」
「くだらないなんて、言わないで。その言葉で傷つく人がいるから」
否定した三輪くんの言葉がわたしには届かなくて、自分の言いたいことが勝手に口から滑り落ちた。開けてる目がうるうると水分で歪んで、ぱち、と、一回瞬きをしたらまつ毛が濡れて視界をぼかした。
「……ごめん、行くね」
「ッ*……、」
三輪くんの顔なんて見れなくて、そのまま背中を向けて早歩きでその場を去った。