07

「え、あ、ドリンクとタオル、ですっ、」
「あ、どうも……」
「は、はいっ」

訝しげな目で見られたが今すぐ消えたくなる。黒沢先輩、知らない新入生が飛び込んで来て、いきなり選手一人一人に手渡しってハードル高すぎやしませんか。

「はいこれ、あの人。クリーム色の目が死にかけてる背が高い次二年の川西。渡して来て」
「は、はいっ!」

いろんな視線をチラチラ感じながら、言われた通り川西先輩にタオルとドリンクを持っていく。向こうも呼ばれたのを気づいたみたいで、少し視線を逸らしながら待ってくれた。

「あ、あの、川西先輩、」
「……ドーモ。」
「はいっ、」

渡したら勢いよく頭を下げて、ちょっとこけそうになりながらその場をそそくさと退散した。私が走る進路は部員の方々が気を遣って開けてくれる。申し訳ないしやっぱり緊張と羞恥心で死にたくなる。

「これ、さっき言ってた弁慶の獅音ね」
「獅音先輩、」
「はい、いってこーい」
「はいただいまっ」

受け取ってから獅音先輩の方を向けば、ちょいちょいと手招きをしてくれて慌てて駆け寄った。やっぱり優しいし名前かっこいい。

「ありがとうね、△さん」
「いえ、あの、獅音先輩、あの時はありがとうございました、」
「ここ来てくれて嬉しいなぁ、これからよろしく」
「はいっ、お願いします!」
「▽ちゃーん」
「はいすいませんッ!」
「引き止めてごめんな?頑張れ」
「いえっ、すいませんありがとうございます、失礼しますッ」

やっぱり優しい。おおらかに笑う獅音先輩に頭を下げて、また速やかに黒沢先輩のところへ向かった。他の部員からの視線は消えないから緊張は続いてるけど、知ってる先輩に声をかけてもらうと元気が出る。

「おかえり、これは若利ね。あ、隣に瀬見と天童もいるからついでによろしく」
「はいっ!」
「こっちだぞー」
「あ、はいっ!」

3人分のボトルとタオルを抱えて駆け寄れば、ありがとねー、とにこやかに笑う天童先輩。瀬見先輩もありがとうと頭を撫でてくれたので、恐縮です、と口元をニマニマさせた。

「瀬見先輩、天童先輩、うしわ…ッ、……牛島先輩……お久しぶりです」
「今ウシワカって言おうとしたでしょ?そうでしょ?」
「スイマセンッ」
「及川はウシワカって呼んでたもんねー!」
「そういや後輩だったな、あいつの」

くそう、この失態は及川さんのせいだ。そうに違いない。北一の男バレはもれなく全員牛島先輩のことをウシワカと呼ぶから、私ももれなくそうだった。今度から気をつけないと。

「うちに来たのだな」
「はい、約束、果たしに来ました」
「えー、なんか約束してたっけー?」
「ほら、あれだろ?バボちゃんのやつ」
「あっ、すっすいません、こんなところまで来てしまって、」
「持って来てくれたのか」
「あれよりは、綺麗にできました」

パチパチと目を瞬かせるウシワカは、心なしか嬉しそうだ。たぶん。表情にはほとんど出ないから憶測になるが、目がキラキラしている気がする。そんなにバボちゃんが好きなのだろうか。そうでなければ人が捨てようとしたものを貰ったりしないか。

「ねーねー、俺のは?」
「えっ」
「ないの?俺のバボちゃん」

ニヤニヤと口を歪めて首を(というより上半身全部を)傾げる天童先輩に、言葉が詰まってすぐに冷や汗がダラダラ流れた。約束したのはウシワカ、もとい牛島先輩だけだと思っていたけど、もしかしたらあそこにいた先輩方の分も必要だったのだろうか。

「っ、今度作って来ますスイマセンッ!!」
「あはは、冗談ダヨ」
「えっ」
「おい、後輩で遊ぶなよ天童」
「だってこの子なんか面白いんだもん」

もんって。もんって言いましたね。
天童先輩の発言、行動に振り回されていたら、牛島先輩が「バボちゃんはどこだ」と今欲しいというように催促してきた。

「ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか!?」
「なぜだ。持って来たのだろう?」
「今、その、部活中で、私も黒沢先輩から教えていただいていることがたくさんあるので、部活が終わるまで待ってもらっても、いいですか…?」

失礼のないようにと一つ一つ言葉を区切って説明すれば、納得したように牛島先輩が「そうか」と言った。良かった、今渡すなんてまだ心の準備ができていないから。

「またあとで、お渡ししますね」
「承知した」
「今度俺にも作ってね〜」
「了解致しましたッ」
「天童、」
「今度はマジだよん」

両手にピースを作ってクネクネ動く天童先輩に敬礼するようにお礼をすれば、ケラケラと笑った先輩が同じように敬礼した。自由だ。天童先輩は自由人なんだ。

「あ、早く行った方がいいんじゃない?」
「ッハイ!失礼しますっ!」

私の体をくるりと反転させるように両肩を掴んだ天童先輩。視線の先には黒沢先輩が「帰ってきてー」と手を振っている。
行かなきゃ、と走る第一歩を踏み出した瞬間、自分が靴下でフロアを歩いていたことをすっかり忘れてしまって片足がつるっと後方にずれた。

「ひぎゃッ…!?」

反射的にバランスを保とうと片手を床につけばなぜか反対の手は宙に放り出されて。滑った足は膝を床にぶつけてピタ、と体が止まった時には、自分の今のポーズがどこかの映画に出てくるのが頭のどこかで思った。

「ブーーッッ!!アイアンマンのポーズじゃん!っあっヒャヒャヒャッ、△さんサイコー!!」
「ブフッ…」
「大丈夫か、△」

背中で天童先輩が爆笑している声に、恐らく瀬見先輩……いや、コート内のかなりの人が吹き出したのがわかった。心配してくれているのは牛島先輩だけだったが、もう今は何をしても恥ずかしくて死にそうになる。私も思いました、どこかの広告で見たアイアンマンのポーズだと。けど、けど、……っ!!

「〜〜ッ大丈夫ですスイマセンッッ!!」

は、恥ずかしくて死ぬ!!
すぐさま立ち上がって細心の注意を払いながら黒沢先輩の元に駆け寄れば、笑いを隠せていない先輩がぽん、と私の頭を撫でた。もう無理だ、ギャラリーからも笑い声が聞こえる。恥ずか死にたい。今日1日でどんなボケを連発するんだ私。

この日を境に、私は密かに「アイアンマンちゃん」と呼ばれたのは墓まで持っていきたい事実である。
戻る - 捲る
目次
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -