05
「よく入学できたねー、△サン」「がんばりましたっ、」
天童さんがニコニコ笑いかけてきた。一瞬胡散臭いと思ったのは心の奥深くにしまっておく。仮にも先輩に思っちゃいけない。
「俺も卒業生の蔵王亮介だ。まぁマネ一人で大変だろうが、こいつらをよろしくな」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「よし、じゃあとりあえず一通り教えるから付いてきて」
「はいっ!」
「挨拶はどうする?」
「最後でいいんじゃない?」
「わかった」
まさか、まさか。ウシワカにバボちゃんを渡して帰る予定だったのにもうマネとしてここにいられるなんて思いもしなかった。こんなことなら、もっとちゃんと用意してこればよかった。非常に悔やまれる。
早歩きで進む黒沢先輩の後を駆け足でついていきながら、カバンの中をごそごそと探った。ルーズリーフをなんとか取り出し、筆箱をカバンの中で開けてペンを取ればバラバラと底で散乱したのがわかった。手探りでとったものが三色ボールペンだったのは幸運だろう。
体育館中のいろんな視線を受けながら、ここが水道、ここに備品がある、テーピング類はここ、と早口で説明するのをグチャグチャのメモに書きながら一心不乱にペンを動かす。
正直、頭はあまりの情報量に追いついていない。
「あ、手に持ってる荷物はとりあえず女子更衣室に入れとこうか」
「はいっ!」
「…それ、バボちゃん?」
「あ……、」
紙袋の中を覗き込む先輩に、何にも言えなくなる。いきなり来たマネ志望のペーペーが、ジャパンに手作りバボちゃんの差し入れなんて生意気と思われただろうか。
「お前あん時の子だよな?」
「っ!あ、チョコの!」
「瀬見、知り合い?」
「はい、ていうか若利とか天童とかも会ったことあるんです」
「通りで天童が知り合いっぽい口ぶりだと思った」
チョコレートをくれた先輩は瀬見先輩と言うらしい。やはりセンター分けは変わってない。けどイケメンだ。
「もしかして、若利にバボちゃん渡しに来たのか?」
「え、えっと…」
「え?そうなの?どう言う関係?」
「まぁ、…色々あったんです」
「ふーん」
瀬見先輩の大雑把すぎる説明にまぁいっか、とバボちゃんが入った紙袋を女子更衣室に置いたあと、続きの説明を始めようとする黒沢先輩に慌ててついていく。とりあえず瀬見先輩には流れで頭を下げた。頑張れよ、と頭を撫でてくれたのはかなり力になる。嬉しい。及川さんとは違ったタイプのイケメンだし。
「3人以外で他に誰か知ってる人いるの?」
「え、えっとー…」
弁慶みたいな人と、背が低めの人、といっても伝わるだろうか、いや伝わらないだろう。でも他にどう説明すればいいのかわからない。
「べ、…弁慶みたいな、人、です…」
「あぁ、獅音ね」
「れおん!?」
「あいつでしょ?」
そういって指差した先にはまさしく弁慶こと獅音先輩が。まさかそんな洋風な名前だとは思わなかった。名前、めちゃくちゃかっこいいじゃないか。
「他には?」
「あ、あとは、「サッコォォォォイ!!!!」
ここ一番の大声に殴られたように頭がガンガンした。体を吹っ飛ばすような声の方向を向けば、あの時一緒にいた先輩が強烈なサーブを綺麗に拾っていた。す、すご。
「あの方、です」
「へぇ、山形か。会った人全員レギュラーだよ」
「……凄いですね…」
「うちでレギュラー張れるくらいだもんね」
ぽけー、と山形先輩を眺めた。みんな、すごい人だったんだ。そんな人たちの前でボロボロ泣いてご迷惑をおかけしたと思うと頭が上がらない。
「あとこれ、ね」
「はいっ、わ、わっ、!?」
ドサドサッ、と手の上に積まれた何冊もの本。よくよく見てみれば使い古されたいろんなノートとか、プロ直伝のテーピング方法!などがデカデカと書いてある本が軽く10冊近くあった。
「これ、頑張って覚えてね」
「は、はい!」
「今日だけは持って帰ってもいいよ。でも明日からはここに置いといてね。コピーはしてもいいから」
中学で二、三冊見ていたけど高校は比じゃない。覚えれるかな、頑張って私の記憶力。私も頑張るから。
とりあえず今日はお言葉に甘えてリュックの中にしまった。やることは山積みだ。そして今日言われたことはほとんど右から左へ抜けていった。復習もしないと大変だ。
「あとは備品が足りなくなったら、」
テキパキと説明してくれる黒沢先輩。できる女感がすごくて、私もいつかこの人みたいになれるかな、とほんのちょっとだけ心が踊った。それにはいくつもの試練を乗り越えなければダメな気がするけど。
「私、あと10日くらいしか来れないから、それまでに覚えてね」
「……ハイッ」
これは、寝る暇を惜しんでしなければならなそうだ。一瞬気が遠くなったのは気のせいだと思いたい。
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